「圭!」
達也は圭の肩を力いっぱい押した。
あの時のように流されてはいけないんだ。そう思った。
圭が驚いた顔をして達也を見下ろす。
「やめてくれと言っているだろっ!」
口に出してから、少し言い方がきつかったかもしれないと達也は思った。けれど、抑える余裕はなかった。
「ごめんなさい……」
圭が顔が歪む。
「怒らないで、嫌わないで……」
圭が達也の胸に額を落とす。温かい湿り気をTシャツを通して感じた。とっさに手は圭の頭に触れていた。
「どいてくれないか?」
達也がかけた言葉に、圭が額をつけたままかぶりを振る。
達也が圭の肩に手をかけて、圭をどかそうとすると圭は達也にしがみついてきた。
「いやだ」
圭の手が達也のTシャツを掴む。
「圭」
体重をかけられれば、体を捻ることさえ難しい。
「いやだ。どこにも行かないで」
圭が額を押し付けるようにかぶりを振る。
達也は小さくため息をついた。
「どこへも行かないから……どいてくれないか?」
達也はそっと圭の頭を撫でた。
圭がふっと顔をあげて、達也を見る。瞳が潤んでいて、ぼやけた瞳が小さく動く。
「本当だよ」
達也が続けると、圭は顔を伏せ達也の上からどいてベッドの縁へ腰掛けた。
「ごめんなさい……」
謝罪を言葉にする圭の背中が達也には震えているように見えた。
軽くなった体を達也は起こした。
「今日しかないと思ったんだ。小柴さんの傍にはいつも村瀬さんがいて……」
圭が続ける。
寛樹は圭を警戒していたのだから、思惑通りだったことになる。圭がどけと言われてもどきたくないと言うほど、自分に対して気持ちがあるとは思っていなかっ
た。
けれど、達也はその気持ちには答えられない。
「ごめん。俺には好きなやつがいるんだ」
はっきり言ったほうが良いと達也は思った。できるだけ早く。情が入ってしまえば、拒むことが難しくなる。
圭の気持ちを受け入れたら、きっと身代わりにしてしまう。だいたいそれを寛樹は許さないだろう。
「村瀬、さん?」
背中を向けたまま問い掛けてくる圭の声は掠れていた。
「違う。自分でも笑っちゃうような昔に好きだったやつのことが未だに忘れられないんだ」
思いを確認したのは圭に出会ったからだ。皮肉なものだと思った。
「……っ」
圭が嗚咽を零す。はっきり分かるほど背中が震えていた。
「ごめん。お前には答えてやれないよ」
圭を圭として見ることはきっとできない。
達也は起き上がると、圭の体へ腕を回した。答えてはやれない。だからといって、見放すこともできなかった。寛樹はもう帰っているだろうかと思う。直接、自
分の部屋へ帰っていることを願った。達也の部屋へ入れば、不審に思うだろう。鞄も携帯も机の上だ。会社から帰ってきていることは分かる。
達也は震える圭の背中をさすった。圭は嗚咽を零しながら、涙を落とす。ズボンに涙の染みが広がっていった。
達也はふっと意識が戻った。
ベッドにもたれるようにして、いつの間にか寝てしまったらしい。圭が達也に寄りかかるように寝息をたてていて、圭の頬には乾いた涙の跡があった。
時計を見ると夜中の一時を過ぎていた。もう寛樹は寝ているだろうと達也は思った。
このままの格好で寝ていたら疲れは取れないだろうと思う。明日は仕事がある。かと言って、寝ている圭を起こすことは
忍びなかった。
あふれる涙に終わりはないように思えた。お互い知り合ってまだ一ヶ月ちょっとだ。圭が自分のことを知ったのがいつだか分からない。けれど、大学時代の行い
を思えば良いうわさ
なんて無いように思えるのに、なぜそこまで思ってくれるのかは分からない。
せめて、電気だけは消そうと思い、自分にもたれかかる圭を少し押して、ベッドに寄りかからせようとした。それほど、無理に押したつもりは無かったのに、寝
息をたてていた圭がはっとするように目を開けた。
「……ごめん。起きちゃった?」
圭が無言でかぶりを振る。そして、気まずそうに顔を伏せた。
「部屋へ戻っても、いいかな」
もう日を越えている。これ以上起きていたら、明日に差し障りがある。
圭は顔をあげて、けれど、何も言わなかった。ただ、顔は達也の言葉を了承したようには取れなかった。いってしまうんですか? そう言っているような気がす
る。そ
れを口にするのは、
ためらうのだろう。
「もう寝た方がいいよ」
そう達也が言うと圭は小さく「はい」と答えて、顔を伏せた。
「ここにいるから」
部屋へ戻っても、気になって寝られないだろうと思った。
圭がはっとしてように顔をあげた。
「だから、安心して寝ていいよ」
一日くらいの徹夜ならなんとかなる。経験がないわけじゃない。体を横にすることはできなくても、ベッドにもたれかかってうとうとするくらいはできるだろ
う。
「……じゃあ、ベッドは小柴さんが使ってください」
「いいよ、俺はベッドにもたれて寝るから」
圭をどかして自分がベッドに寝ることなんてできない。
圭が強くかぶりを振った。きっと、言い分は曲げないのだろうと思った。夜は遅い、言い合っていても仕方がない。
「じゃあ、一緒に寝ようか」
幸か不幸か、二人寝は慣れていた。
「……いいんですか?」
圭が不安そうな顔をした。
「寝るんだよ」
また押し倒されてしまうのは困る。複雑そうな顔をして圭は頷いた。
「じゃあ、電気消すよ」
「あ、僕が」
圭が先に立ち上がる。圭は一番小さな明かりだけを残した。
達也が立ち上がると、ベッドの横で二人で見合ってしまった。
「先に入って」
「……はい」
小さな声で返事すると、圭はベッドの中に入って壁側へ寄った。待っているのは分かったから、達也も、ベッドへ体を滑りこませた。
圭がベッドの中で体を硬くしているのが分かった。
「おやすみ」
声をかけると、達也は圭に背中を向けた。
「おやすみなさい」
背中で圭の声を聞く。できるのはここまで、と達也は自分に言い聞かせた。
寛樹との関係を壊したくはない。そして、圭はゆうたろうじゃない。