「ひろ……いやだ」
抵抗なんてできないのに、落ちていきたい気持ちを押し留めるものがまだほんの欠片残っている。寛樹の指でほぐされたそこは、ぴちゃぴちゃと音
をたて、確かに欲しがっているように思えた。息をしただけで、落ちてしまいそうな気さえする。
「二歳若きゃ、入れてるんだけどな」
寛樹は姿勢を変えると、緩く立ち上がっているものを握りこんできた。
「あっ、――――」
「もう、イきたいだろ?」
後ろに入れられた指はそのまま内側をかき回し、扱きあげられて、達也は唇を噛んだ。大声をあげてしまいそうだった。そんな声をだしたら、他人に聞かれてし
まう。それほど厚い壁じゃない。
快感なのか、苦しいのか、それもわからないくらいに揺らされて、体は奥に溜まっていくものを吐き出せる場所を求めるように駆け上っていく。
「ああっ」
思わず声が漏れていた。押さえつける腕がない体は弾けて仰け反り、天を仰いだ。今まで感じていた快楽がお子様のお遊びに思えた。
はぁはぁはぁ……
――――自分の息が宙に響く。
「よかっただろ?」
寛樹がにやっと笑うと、髪を梳くように撫でる。達也は思わず顔を背け、体も捻って背を向けた。寛樹の言うとおりであることが情けなかった。
「怒るなよ。初めての時が散々だったから入れられたくないってのは分かるけど、試してみてもいいって思わないか?」
耳元で囁かれて、背筋がぞくっとした。
達也は答えられなかった。嫌だと、今までなら言えたのに、それをためらう。
「だめ?」
言いながら、寛樹が後ろから腕を回して抱きしめてくる。押し付けてくる寛樹のものを感じた。
いやだ、とも、いいとも言えなかった。
「他にも理由があるんじゃないの?」
寛樹の手が肌を優しく撫でる。達也の体はぴくっと震えて、強張った。
「やっぱ、図星か」
寛樹がため息をつく。首筋に寛樹の熱い息を感じた。
何も言わなくても、寛樹には分かってしまう。寛樹の前ではそれほど自分は無防備になってしまう。ベッドの中でなら尚更。
寛樹を受け入れたら、考えられないような愉悦を与えられるのかもしれない。それを欲しがる気持ちもある。けれど、頭の片隅で反対する声もある。
たったひとつの思い出を上書きしていいのか?
忘れてしまっていいのか?
でも――――。
覚えていたから、なんなのだろう。
「お前、誰に義理立てしてんの?」
手が胸の突起を弄る。
「義理立てなんて……していないよ」
もう終わったことだ。終わる? いや、始まってもいない。たった一度だけ、あれは現実から弾かれた、隙間のような時間だった。
「じゃあ、なんでなんだよ」
答えられなかった。
たった一度、体に刻まれた思い出を持っていたいから?
それは、何のために?
ただ、忘れたくないだけだ。傷つけることしかできなかった。そのことに罪の意識を持っている。
あの時はどうすればいいのか分からなかった。今だって分からない。
好きだという気持ちだけでは何も解決しない。そう思っていた。
ただの、そんな感傷的な気持ちだ。いつか忘れてしまうことだと思っていた。それを、まだ忘れられないだけだ。圭を見るまでは、残っているのは、罪の意識だ
けだと思っていた。けれど、それは違っていた。
「いいだろ? 達也。いいって言えよ。欲しいって言えよ。もうしたくないなんて絶対思わせないから」
後ろから体をこすり合わせ、手では胸の突起を弄り、唇が首筋を這う。
熱が冷めてきたはずの体が、簡単に熱くなっていく。さっきの快感をまだ覚えていた。
「もう少し……時間をくれよ」
達也は体を丸めて、手をぎゅっと握りこんだ。
今はまだ、きっと後悔する。罪の意識だけじゃなかった。胸の奥で、まだ思う気持ちが残っている。
寛樹の手が止まった。
「少しってどれくらい?」
「もう少し……」
どれだけ過ぎれば忘れられるのか、知ることができのならば、知りたいのは自分だ。
体を包んでいた腕が突然離れ、寛樹の大きなため息が聞こえた。
「無駄に年とっちゃったな」
つまらなそうに呟く声を達也は背中で聞いた。
恋人でもないくせに甘えている。それを寛樹は受け止めてくれる。それが分かっているのに答えられない自分がもどかしかった。
「俺、まだイってないんだけど」
諦めたような寛樹の声がした。
「どうすればいい?」
達也は寛樹に背中を向けたまま訊いた。動きたくないのが本音だった。
「口でやってよ。それなら、いいんだろ」
「ああ」
達也は気だるい体を起こした。振り返ると、大の字であお向けになっている寛樹と視線があう。呆れたような寛樹の視線に、達也は顔を伏せた。そして、そのま
ま体の向きを変え、萎えていた寛樹のものに手をかけた。
「今からでもいいって言えば? アルコール入っているから、そう簡単にはイかないよ」
寛樹が忠告のように言う。
「分かってるよ」
それが目的だったとは思わない。勢いでそのままやってしまうつもりだったのだろう、と今なら思う。それを寛樹はしなかった。
少し手で扱いてから、寛樹のものを口へ含んだ。扱きあげれば、それなりの反応は返してくれる。自分だけいい気持ちになれば良いと思っているわけではないか
ら、寛樹にも気持ち良くなって欲しいと思う。
一番良いのは、全てを預けてしまうことだと分かっている。そうしてしまえば、自分も楽になるんじゃないかと思う。思うだけの気持ちなど、あっても仕方ない
ような気もする。なのに、捨てきれない自分がいた。
そう簡単にはイかない、とは言っても、次第に寛樹の息が荒くなっていく。そして、頭を押さえつけて、腰を揺らす。深いため息をもらした寛樹のものが、口の
中で震えた。その後、感じた苦味を達也は飲み下した。そうすると、寛樹は喜んでくれる。せめてもの自分ができることだった。
体を寛樹の横に伸ばすと、達也は寛樹の上下する胸に額を寄せた。すぐに、頭へ回してくる腕がある。
「そんなモン飲むより……へたな意地をはるのをやめた方がいいんじゃないの?」
優しく頭を撫でる。
「もう少し……」
それしか言えなかった。
その日がいつ来るのか。本当に来るのかさえ分からない。
「もう少し、なんだな」
「ああ」
そうあって欲しいと思う。
「俺にはだめだと言って、あいつに許すってのは無しだぞ」
「あいつ?」
達也は顔をあげて寛樹を見た。
思い当たるやつはいる。けれど、それが寛樹が言うあいつだとは限らない。
「今度、お前の部屋に入ってくるやつだよ」
寛樹が眉をひそめる。
「ああ」
返事を返すと、また寛樹の胸に頭を落とした。一晩、肌をよせあっているのは、さすがに窮屈に感じても、人の肌を嫌だとは思わない。ほっとするところでもあ
る。
週明け、新入社員が戻ってくる。達也とグループは違うけれど、同じ部屋に一人配属されることが決まっていた。それが圭だと聞いたとき、達也は戸惑いを感じ
た。どうしてなのか、はっきり自分でも分からない。嫌なわけじゃない。けれど、喜ばしいわけでもない。新人が入ってくる、と、浮き足立っているような雰囲
気
が漂う中で、一人だけ取り残されているような気がした。
「男がいいやつなんていうのも、そうそういないだろ」
そうであって欲しい気持ちはあった。
世の中がそういうやつばかりになっても困る。
「だと、いいんだけどな」
ため息交じりに呟いた寛樹に達也は頭をぎゅっと抱きこまれた。
明日かあさってには、新入社員は寮に来るだろう。部屋も決まっていて、ネームプレートも張ってある。空き部屋だったちょうど下の部屋が圭の部屋に
なってい
た。
面影があるからといって、圭はゆうたろうじゃない。
「もし指向があったとしても、肌を重ねるのはお前がいいよ」
他のやつは考えられない。たった一人を除いては。
温かい肌と手の感触に、達也は意識が薄れていった。