会社から徒歩十分の寮は親会社の持ち物で、同じグループとはいえ、違う会社の人間が半数以上いる。
その寮へ帰り、達也は部屋の鍵を開けようとして、その前にドアノブを回すとそれは抵抗もなく回った。
ドアを押し開くと、寛樹がベッドの上からこちらへ顔を向けた。
「お帰り」
ちゃっかり、ビールなんか飲んでいる。
「お前、部屋間違えてんじゃないの?」
バッグを机の上へ置くと、そのまま椅子に腰掛けた。六畳ほどの広さをもつ部屋に、名前だけのキッチンとユニットバスがついている。一階には食堂があり、日 曜 は休みで時間も限られてたけれど、自炊をしたくないときには便利だった。洗濯室には数台の洗濯機と乾燥機があり、一応大浴場なるものもある。部屋代も格安 だが、入居できるのは三年間と決められて い た。つまり、来年の四月にはでなければいけない。
スペアキーを渡しているとはいえ、このところ毎日のように、寛樹は達也の部屋に来ていた。以前は週に一、二回。週末が多かった。
「いや」
一旦言葉を止めると、寛樹は缶ビールを口元を持っていき、一口飲んだ。
「ここは、お前の部屋だろ」
質問の意味を分かっているだろうに、寛樹は悪びれもせずに答える。
「自分の部屋には帰らないのか?」
「帰るよ」
そう言って、また一口ビールを流し込み、「明日の朝にな」と、寛樹は独り言のように付け加えた。
このところ、一人で寝かせてもらえない。大きなベッドが入る部屋でもなければ、独身寮にダブルベッドは似合わない。シングルベッドに男二人はきつい。かと いって、余分な布団を置いているわけじゃないから、寝ようと思ったらベッドで寝るしかない。
「飯は?」
寛樹が聞く。
「ああ、会社で済ませてきた」
昼食時に予約すれば夕食を会社の食堂で取ることもできる。遅くなると分かっているときは、会社で夕食をとることにしていた。
「じゃあ、早くシャワー浴びてこいよ」
寛樹がユニットバスへ目線を送る。
「今日は、風呂にするよ。ぎりぎり間に合う時間だ」
ほんの少しの抵抗だった。
達也は棚からタオルと着替えを出すと、部屋をでた。ドアを背に小さくため息をつく。ここ最近、寛樹が酷く執着してくる。その理由はうすうす分かっていた。
自分が新入社員に興味を示したからだ。
そして、新入社員の配属先が決まった。本社での一ヶ月の研修を終え、来週には帰ってくる。


風呂には誰もいなかった。
最近はシャワーで済ますやつも多い。だからだろう、入浴時間も曜日も限られている。夜ゆっくり寝ることができないのだからと、達也は浴槽の中で体を伸ばし た。
「ふぅ……」
明日は休みだから、今晩は寝かせてもらえないかもしれないと思う。それを付き合えないと拒むことができないのは、達也に後ろ暗さがあるからだ。体だけの関 係とは言っても、情がないわけじゃない。触れ合う時間が長くなれば、情も深くなっていく。
本気で退きときなのかもしれない、と思う。
だからといって、寛樹が納得しそうな理由を探せなかった。
このところ、部屋に入り浸っていることも、嫌だと言えばやめるだろう。一年の付き合いになるが、今まで無理強いすることは何も無かった。そのことが、時に 心を重く する。自分で望んだことが、時に自分を縛り付ける。


達也が部屋に戻ったとき、ベッドの脇に缶ビールの空き缶が二本並んでいた。その上、寛樹の手の中には缶ビールが握られていた。シャワーを浴びてこいと言っ たのだから、 抱くつもりなのだろう。抱く前に寛樹がアルコールを飲むことはあまり無かった。三本でそれほど酔うとも思わないが、ハイペースだとは思った。
「そんなに飲むなんて珍しいな」
タオルをハンガーに掛けながら、達也は寛樹へ声をかけた。
「そうか?」
気のない返事をする。上を向き、どこか遠くを見ているようだった。
達也はベッドの縁へ腰掛け寛樹を見やった。特に何もすることがない。すると、突然目の前に缶ビールを差し出された。
「何?」
達也は一度缶ビールに視線を向け、また視線を寛樹へ戻した。
「やるよ」
「いいよ」
達也はアルコールがあまり好きじゃない。夏の暑いときに、欲しいと思うこともあるが、今はそれほど暑いわけじゃない。春も半ば、ちょうど過ごしよいとき だ。
「オレはもういらないから、処分してくれよ」
寛樹は動く気がないらしい。
達也が缶を受け取ると、まだあるのかと思えるほど軽かった。これぐらい飲んじゃえよと思ったが、達也はそのまま口へ持っていった。くっと一気に流し込む。 風呂の 後だから水分を体は喜んだようだった。
ベッドの脇に置いてあった缶もあわせて持つと、キッチンへ行き隅においてあるゴミ袋へ放り込んだ。振り返ると寛樹と視線があった。
「サンキュ」
「ああ」
別にたいしたことでもない。
達也はカーテンを少し開き、明かりを落とすとにベッドへ戻り、寛樹の横へ体を滑り込ませた。すぐに、回してくる腕がある。
「明日は休みだろ」
言いながら寛樹が抱き込むようにして、Tシャツの下へ手を入れてくる。アルコールのせいかいつもより熱く感じた。
「そのために、片付けてきたんだ」
始めるまでにかかる準備もあるから、少し遅くなっても終わらせてしまった方がいいと思った。どうせ、次の日は休みだ。
「じゃあ、ゆっくりできるな」
「ああ」
互いに着ているものを脱がせあう。肌を重ねあい、足を絡めあい、唇を重ねあう。
恋人ではないのに、やっていることは愛を確かめあうといわれている行為だった。
唇が肌を這い、手は胸の突起を弄ぶ。与えられる刺激に体の奥から熱くなっていき、息があがっていく、それに寛樹は目を細め、口元を緩める。無防備な体を寛 樹は慈しんでくれる。

後ろからきゅっと体を抱きこまれ、寛樹の手が内股を滑る。その手が奥に触れた。
「やめ……」
体を捻って逃れようとしたのに、体は思うように動かなかった。逃れようとすることを、知っていて押さえ込んでくる。
「いいかげん、もういいんじゃないの?」
寛樹の手が窄まりを撫でる。
「入れないってことだっただろ」
最初に言ったことだ。
気持ちは求めない。入れるのはなし。
ずいぶんと自分勝手な条件をだしたものだ。それでいいと寛樹は言った。振られた後の勢いで、ただ慰めあうやつが欲しかったのだろうと思う。身近で趣味が 同じもの同士の利害は一致した。
「気持ちなんて変わるモンだろ」
手の動きは止まらない。逃げようとしても、しっかり押さえ込まれていて動けない。そもそも体に力が入らない。信じていたから、無防備でいた。
「……っ、変わら、ないよ」
「なんで、そんな断言できるんだ」
「少なくとも今は……だから――――」
声が喉元で消えていく。
「体の方が正直だよ」
寛樹が耳元で囁く。ふっとかかる熱い息に体が震えた。
「ほら、ひくひくしてる」
撫でていた手を止める。そのことに不満を感じた。寛樹の言うとおり、体は欲しがっているんだと達也は思った。持っていかれそうになる理性を離したくなく て、手に触れたシーツをきゅっと握った。
「離して……くれよ」
振り絞るように声を出した。今、受け入れてしまったら、きっと後悔する。ちゃんと頭が働いているときに、出した結論ならともかく、今は体だけでなく頭にも 力 が入らない。
「こんなに欲しがっているのに? 自分から開いていくぜ」
寛樹の指が縁をくるっと撫でる。達也は背筋に電気が走ったような気がした。
「ちょっ――――そんな締め付けるなよ。指がちぎれるだろ」
寛樹の指を巻き込んで締め付けてしまったらしい。いつもは触れられることもない場所に異物感を感じた。
「抜けよっ」
体は欲しがっていた。それをどうすることもできない。自分の意志とは関係なしに、体が寛樹の指を離そうとはしない。
「そんなに締め付けたら抜けないだろ。抜いて欲しかったら、力抜けよ」
寛樹の指が内側を撫でる。
「……っ、あ、やめ……」
弾けそうになる体は寛樹の腕にしっかり抱きとめられていて、くすぶった熱は体を更に熱くした。
「お前の体はそう言ってないぜ」
体の内側をさわさわと撫でられて、達也は落ちていこうとする意識を留めるだけで精一杯だった。
「ひろ……お願い、だから……」
やっとで出す声も掠れる。
「そんなに入れられるのが嫌だったら、痔の薬でもぬってもらってると思っとけよ」
「そんなこと……んっ」
思えるわけがない――――。
「あっ……」
寛樹が触れたところに、体がびくんと震えた。
「ここ?」
「あ、いや……やめ……」
言葉だけの抵抗しかできない。体は寛樹の指をねだるように動く。
「いいんだろ? 素直になれよ」
達也は握ったままのシーツをぎゅっと握りこんだ。
嫌だ、そう叫ぶ声は出なくて、力を失った体は寛樹の思うままだった。


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