「行きましょうか」
ナオトがジュデに向かって言った。
「どこへ? 」
「部屋の中へ。やっと分かりました。テリウスの意図が」
「え?」
ジュデの疑問をよそに、ナオトは扉へ向かう。ジュデはナオトの後を追った。
扉をノックし、前で待つ。少し後で、扉を開けたのはランスだった。
「ナオトさま」
意外そうな声を出しながらも、表情はあまり驚いてはいなかった。
「私も話に加わらせていただけますか? 」
ナオトがランスに尋ねる。
「結構ですよ。お待ちしておりました」
まるで、ナオトが来ることを予想していたかのような言葉をランスは告げた。
部屋にナオトが入ると、あちらこちらから、歓声のような、ナオトを呼ぶ声が聞こえた。
ランスの後について、ナオトは部屋の中ほどへ行ったけれど、ジュデは入り口の隅に腰をおろした。ナオトに危険が及ぶことはないと、部屋の空気が告げていた
から。
部屋の中は数十人の人が円陣を組んで座っていた。
「先を続けてください」
ナオトはランスに告げると、中央近くに腰をおろした。
「ナオトさまを国王に押すべきです」
部屋のどこからか声があがる。その声は賛成の声に包まれた。
「静かに。ナオトさまがいらしてくださいましたので、ご本人からのご意見を聞くことにしてはどうでしょうか」
ランスが確認をとるかのように部屋の中を見回す。
意義なしの声が複数あがった。
「では、ナオトさまよろしいでしょうか」
「その前に、私はよく事情を知りません。なぜ、私を国王へと押されるのでしょうか? 」
ナオトがランスに向かって尋ねた。
「そうですね。ナオトさまには、みなの意見を聞いた後で、お伝えするつもりでした――――この村には、王弟陛下に反発する者が集まっております。国王を先
の王妃ユキナさまを、みな慕っております。その者たちが国王とユキナさまのお子であるナオトさまのことを知れば、あなたを国王にと望むことは自然ではない
でしょうか」
ナオトの事を知っている人たちがいた? ジュデは不思議に思った。
「そのことは、あなたが伝えたのですか?」
ナオトは質問を重ねた。
ナオトの立場が今王宮でどうなっているのかは分からない。ジェインから来たもののままなのか、皇太子として認めるのか、国からの通達は今まで通った街のど
こにも来ていないようだった。王弟陛下の件でさえ、噂話のひとつも聞くことがなかった。
「いいえ、ユキナさまに生き写しの方が私の家を訪ねてきたと、もしかすると、ユキナさまのお子様ではないかと、村の間で話が回り、私のところへやってきた
のです。」
ランスの言葉に、ナオトは驚きを表情に表した。
二十年以上も経った今、まだ王妃ユキナを待っている人たちがいた。
「しかし、私は皇太子として認められているわけでもなければ、国王としての教育を受けているわけではありません。相応しい人はいる――――」
「ユキナは国王さまのお子じゃない」
ナオトの言葉を遮るように、声があがる。
堅く閉ざされたはずの秘密でも、漏れることはある。反発していたというのならば、尚更だろう。
「ユキナは王族の血は継いでいます。問題はないと思いますが」
ナオトが告げる。
例えば、国王が子を生さなかった場合、地位を継ぐには王弟陛下になるはずだ。そして、その子供に。自分が継ぐはずのものを子供に譲ったとすれば、なんら問
題はないように見える。
「理屈ではありません。感情の問題です」
ランスがナオトに向かって言った。
ナオトは考えるように視線を落とした。部屋の人々は静かにナオトの言葉を待つ。
テリウスの意図が分かった、そうナオトは言った。
きっと国内各所にテリウスの配下の人間がいて、情報はテリウスに入るのだろう。王弟陛下に反発するものが集まる村。それが、テリウスの情報の中にないわけ
がない。わざわざ自分の父の名前を出して、ナオトに来るように促した。なぜ?
下手をすれば戦いを起こすだけだ。テリウスはそれを望んではいないはず。
ナオトは顔を上げると、辺りを見渡した。そして、一人の人物に視線を止めた。
「テリウスはどう言っていますか? 」
視線を止めた人物に向かって問いかける。
はっきりとした声ではない、ざわめきが部屋の中に溢れた。
「静かに」
ランスが叫ぶ。
テリウスに情報が入っているとすれば、テリウスの配下のものはいるはずだった。ナオトが来るだろうことは分かっているのだから、放っておくはずがない。
ナオトに指名された人物は驚いた表情をして、かぶりを振ったが、ナオトが視線も表情も変えないことに観念したように、立ち上がった。
部屋中が静まりかえる。
「テリウスさまは、ナオトさまのお手並みを拝見しよう、とおっしゃっておいででした」
お手並み拝見――――それは、国王の地位を奪還するつもりならば人を纏め上げて攻めてこい、ということなのだろうか。それとも、反発する人々を治めろとい
うことなのだろうか。
ナオトに国王になることの野望はない、それは、テリウスも知っているはずだ。だから、後者なのだろう、とジュデは思う。
けれど、なぜ、そんな挑発的な言葉を使うのか。それでは、ナオトに王宮に乗り込んできて欲しいように聞こえる。
ただ、テリウスの配下のものにナオトが声をかけると思っていたかどうかは、分からないけれど。
「分かりました。ここに居られる皆さんは私を支持してくださる、と思ってよろしいのでしょうか」
ナオトは見回しながら問いかける。
「もちろんです」
あちらこちらから、声がかかる。
「ここだけじゃない。レアンにも、カスロにも、同士はいるんだ」
小さな火種はどこにでもある。きっと、そういうことなのだろう。ユキナが国王のお子ではないと知る者は多いのかもしれない。不穏分子に直接狙われる可能性
もある。テリウスがユキナを守りたいと言ったのは、戦争だけじゃなく、国内にも狙うものはいると言うことだったのかもしれない。親への恨みを子供が継いで
しまう。王弟陛下にすれば、自業自得のことではあっても、ユキナには関
係ないことだ。
「では、私に付いてきてくださるというのなら、私はユキナを支持します」
部屋中が静まりかえった。
「なぜですか?」
あげられた声を合図に、ざわめきが起こる。
「静かに」
ランスが叫ぶと、部屋の中は一旦静まる。
「それでは、みなは納得はしないでしょう」
ランスが続けた。
ナオトは辺りを見回す。
「私はエカティで生まれました。身元を明かさない母には色々な噂があったと聞きます。優しい医師のもとで、生は受けても、母を亡くした私は母の後を追うほ
か道
はありませんでした。その時、私を救ってくださったのは、エカティの王妃であるラウハさまでした。ラウハさまは、たとえ親がどんな人間であったとしても子
供には何も罪はないと、私のことを慈しんでくださいました」
「しかし――――」
誰かがあげた声は、周りの者に止められた。
「ユキナに罪はありません。王統を守るのに相応しい人物だと思います」
そうナオトは、言い切った。
「それは、ナオトさまが恩を感じてエカティの皇子に地位を譲るということですか?」
部屋の中ほどであがった声に、部屋中の視線がジュデに集まった。ちらちらと感じる視線はあった。よそ者なのだから、仕方ないと流していたけれど、それだけ
ではなかったらしい。
旅
の途中、ユキナの婚礼に関しても何も話は聞かなかった。王弟陛下の件があり、他の事は全て止まっている
ようにも見えた。何も情報が流れていないならば、ユキナはジュデと婚礼をあげることになっていると思うのが普通だろう。
ジュデはナオトを見た。自分が今、何かを言うべきなのか迷っていた。
王宮に戻る意志はないこと、ユキナとの婚礼をあげる意志もないことを自分の口からだすことは、どうなのだろうか。
「エカティは私にとって大事な国であり、その皇子であるジュデさまも大切な方です。私はジュデさまのお人柄からマディバの国王になっていただくに相応しい
方だと思っておりますが、ジュデさまは辞退されました」
ジュデの視線の意味を理解したように、ナオトは言葉にする。
「それでは、国王は? 」
「ユキナさまは誰と?」
驚きの声が飛ぶ。
「ユキナが選んだ人と国を見守っていきたいと思います。きっと良い国を作ってくれるでしょう。そのことに協力はしても、反発する気持ちはありません。王弟
陛下は確かに、色々な悲しみを人々に与えたでしょう。先の戦争では王弟陛下の裏切りによりたくさんの命が失われたとも聞きました。私も母を失い、自分の命
も失いかけました。けれど、憎んでも恨んでも何も変わりま
せん。何も返ってきません。ならば、これから得られるだろう幸せを考えたほうがよいと、思いませんか? 国にとっても、私達にとっても」
諭すように、ゆっくりとナオトが言葉にする。
ナオトの言葉で空気が変わった、とジュデは思った。
「しかし、ナオトさま。あなたは国王という地位を捨てられるのですか? 何の未練もなく? 正統なお子でありながら」
かけられた言葉に、ナオトは一度視線を伏せ、それからジュデを見やった。
「未練はもとより、王統を継ぐ意志はありません。地位や権力よりも、大切なものが、私にはありますから」
ジュデをまっすぐ見ながら、ナオトが言う。
――――なんで、そんなに欲がないの?
同じ言葉を返してあげるよ。
ジュデは心の中で呟く。
ざわめきの中で、ジュデはナオトと想いは同じことを確認した。
でも、違うよね。とっても欲張りだ。
これだけ愛せる人にめぐり合えたこと、お互いにキモチを感じあえること、そして、傍にいて愛しむことができること、それを全部叶えるって、とても欲張り
で、とっても難しいことだよ、ね。
隠れた真実にも気づく。
ジュデとナオトはランスが薦めるまま、ハロスの村に留まることにした。
「ここなら、エカティが近いから良いでしょう?」
そうナオトはジュデに言った。
落ち着いたら、一度は両親を訪ねなければいけないだろう、とジュデは思った。きっと、心配しているだろう。
それと、テリウスの意図――――それがジュデにはよく分からなかった。
「テリウスは、なぜナオトにこの村へ来るように仕向けたのかな」
訊いたジュデに
「推測ですが」
とナオトはことわりを入れた。
「私を支持する人がいることを知らせようとしたのでしょう。私の気が変わり、王座を求めようとしたら、すぐに彼は引いたでしょうね。彼も玉座には執着はな
いでしょうから」
「でも、ユキナは?」
今更兄などいらないと言ったユキナは、簡単に諦めるとは思えない。
「さあ、テリウスと女王の座と、どちらが欲しいのでしょうね、彼女は。それは私にはわかりません」
ナオトはかぶりを振った。
たぶん、両方だよ、とジュデは思った。どちらも、と望んで、両方手に入れる。けれど、テリウスの気持ちは、全てが彼女のものになるわけではないだろう、
きっと。
王弟陛下の死去をうけ、ユキナの婚礼が延期になったことが国中に伝えられたのは、決められた婚礼の日まであと一ヶ月に迫ったときだった。
王弟陛下が事故により亡くなったこと。ジュデは体調不良により療養することになったため、ユキナとの婚約は破棄されたことが同時に発表された。王宮でのご
たごたは一切表には出なかった。
そのために、テリウスはどれほど動いたのだろう、そう思うとジュデは胸がちくんと痛んだ。
けれど、今更表に出ることはできない。今は遠くから願うことしかできない。
雲が流れていく。
冬に収穫する野菜の種まきが終わって、畑の隅に敷いた藁の上で、ジュデは仰向けに寝転んで空を見上げていた。
大きな雲から千切れたような小さな雲達がジュデの上を通っていく。
横から、ナオトが顔をうかがい、軽く触れるだけのキスをした。
「見つかったら、マズイんじゃないの?」
ナオトを国王にとまだ推す人はいるし、村にずっと居るおつもりなら嫁を、という人もいる。
「そうなったら、その時です」
優しい瞳を向けて、ナオトが笑う。
この笑顔をいつまでも見ていたいと、ジュデは思った。この空の下で。
Fin.