太陽はまだ高かった。けれど、この街を抜けると、次の街まではどの位かかるか分からない。今日中には着かないだろう。また、野宿することになる。
レアンドのところを出てから、既に半月ほどが経っていた。
街のはずれでジュデは馬を止めた。
後ろについていたナオトがあわてて、馬を止める。驚いた馬が一声啼いた。
「ジュデさま?」
馬から降りて、ナオトがジュデの横についた。
「今日は、宿に泊まっちゃだめ? 」
ジュデは馬の上からナオトに訊いた。
贅沢をしてはいけないとわかっている。レアンドは十分な資金を用意してくれたけれど、先のことは何も決まっていない。ハロスへ行くことが今の目的地ではあ るけれど、それは、人に会いに行くだけだ。
「それは結構ですが、雨が降るような様子もありませんし。なぜ急に」
「たまには、いいかなって」
どんなに安い宿でもかまわなかった。ううん、使われていない小屋でも。周りから遮断される空間が欲しかった。
森の中で、木の根元にナオトに抱かれながら眠るのも、嫌いじゃない。ナオトは触れてくれるし、触れることも許してくれた。けれど、もっとと望む自分がい る。
「今日は、ジュデさまの誕生日ですから、ささやかですが、お祝いをいたしましょう」
ナオトが言った。
「分かっていたんだ」
日付など忘れてしまいそうな日々なのに。

いつもより少し贅沢な食事をして、久しぶりに湯を浴びて、宿の部屋へ入った。
並んだベッドは二つ。
「どちらがよろしいですか?」
ナオトの声は落ち着いていた。ジュデの心臓は破裂しそうなくらいにばくばく言っているのに。
「ナオトは?」
「私はどちらでも」
「じゃあ、ナオトは左」
「わかりました」
ナオトは返事を返すと、左側のベッドへ歩いていき、荷物をベッドの脇に置いた。
ナオトの様子を見ながら、ジュデは右側のベッドの縁に腰掛けた。

「今日は、ゆっくりお休みください」
ベッドの脇に立ったまま、ナオトがジュデに笑いかける。
二人きりなのに? ゆっくり休むの? ジュデは不満に思う。

「それがナオトの分なの?」
自ら求めてくることなど無い。与えてくれるだけ。ジュデが願ったことを叶えてくれるだけ。
レアンドは自分の分の中で幸せを見つけようとしているとナオトは言った。それはそのまま、ナオトに当てはまるのではないか、とジュデはこのごろ思う。
「ジュデさま?」
ナオトが怪訝な表情をジュデに向ける。
ジュデは立ち上がると、ナオトの前まで行き、向かいあった。
「本当に、ナオトは僕が好き? 」
「なぜ、そんなことを」
「だって、いつも僕が望むばかりだ。ナオトが望むことなんてない」
「私は、ジュデさまのお傍にいられることが――――」
「それがナオトの分なの?」
ナオトの言葉を遮りジュデが口にした。
「どうしたのですか、急に」
「男同士でも、繋がることができるのでしょう? 」
ナオトが視線を伏せる。
「僕は繋がりたい、と思うよ。ナオトとひとつになりたい。もう、拒む理由はないのでしょう? 」
ジュデはナオトをうかがうように続けた。
ナオトは無言のままジュデの横をすり抜け、ベッドに腰をおろす。視線は伏せたまま、ジュデを見ようとはしなかった。
「ナオト」
ジュデはナオトの前に膝をついた。ナオトがゆっくりと顔をあげる。
「こんな生活は嫌だと思いませんか? 王宮へ戻ろうとか、エカティへ帰ろうとか思いませんか?」
「なぜ、そんなことを思うの? ナオトと一緒なのに」
「毎日、ベッドの上で寝られるわけではありません。食事も決まった時間に食べられるわけではありません。何より、これから先の生活の保障はありません」
「そんなの、かまわないよ。だって、落ち着くところを決めて働けばよいのでしょう」
「きれいな仕事につけるとは限りません」
「だって、誰かがやらなければいけないことでしょう?」
ナオトがジュデの頬に手を伸ばした。
「なぜ、そんなに欲がないのですか? 高貴なきれいな顔をされているのに。玉座に座られるのがとてもお似合いだと思うのに。そうすれば、全てあなたの思い のままになるのに」
「でも、そうしたら、ナオトはどこかへ行ってしまうのでしょう? 僕は玉座に座るよりも、ナオトのぬくもりを感じられる方がいいよ」
ナオトが小さくため息をつく。
「レアンドのところを出てから数日でジュデさまは音を上げられると思っていました。マディバの王宮へ戻ると言われないまでも、エカティへ帰ろうとおっしゃ ると思っておりました」
「なぜ、そんなこと思うの?ナオトと一緒に旅をしたいとはじめに言ったのは僕だよ。十八歳になったら、王籍を捨てるから、一緒に父上を探しに行こうと言っ たのを、忘れた? 」
「思うことと実際は違います。いくら野遊びが好きだったとは言っても、所詮遊びです。王宮へ戻れば、ベッドと暖かい食事が待っている。そんな生活をしてこ られたジュデさまが一緒に旅にでるとは言っても、実際無理だと思っていました」
「だから、ずっと遠回りをしていたの? 」
「――――知っていたのですか? 」
ナオトが目を細めた。
「なんとなく。地図の見方を知らなくても、それくらいは分かるよ。太陽と星の方角で」
ナオトの言うままに馬を走らせた。けれど、少し行っては後に戻る、そんな方向をたどっていたようにジュデは思った。ナオトには何か考えがあるのだろうと 思っていたから何も言わなかった。ナオトと一緒に居られるのだから、それだけで良いと思っていたから。けれど、ナオトが考えていたことは自分を諦めさせる ことだった?

「宿に泊まりたいと言われたので、エカティに帰りたいとおっしゃるのだと思っておりました」
マディバの王宮同様、ジュデがエカティに帰るということはナオトと離れることを意味している。公の場にでることができないナオトは、エカティの王宮に戻る ことを拒むだろう。
ジュデはナオトの言葉に目蓋が熱くなって、瞳が霞んできた。
「それが――――ナオトの望みなの? 僕は邪魔だったの? 」
「ジュデさま、私はジュデさまには幸せになって欲しいと――」
「僕はナオトと一緒に居たいってずっと言ってきたよ。ナオトが居てくれるなら、何もいらないって」
「でも、それは恵まれた生活の中でのことです」
涙がジュデの頬を伝う。傍にナオトが居るのに、悲しくてしかたなかった。好きだから傍にいたかった。何か役にたてることがあるのなら、何でもしたいと思っ た。けれど、自分が思うことは全て邪魔でしかない。自分が傍にいることは、迷惑にしかならないのだと、初めて実感した。

「わかった。僕は一人でエカティに帰るよ。それでいいでしょう。それで、ナオトは満足でしょう。でも、僕は幸せなんかじゃない」
ナオトに向かって言い捨てると、ジュデは自分のベッドにもぐりこんで頭まで布団を被った。
涙が後から後から流れてくる。小さい時から憧れていた。ナオトのようになりたい、と思っていた。それがいつからか、慕う気持ちに変わっていた。傍にいて、 触れられることで喜びも感じた。なのに、それは全て迷惑なことだったんだと思うと、悲しくて、悲しくて仕方無かった。
「ジュデさま」
ナオトの声が聞こえた。けれど、素直の答えることはジュデにはできなかった。
「ジュデさま」
もう一度ナオトが呼ぶ。
もう話なんて無い、と思う。せっかくの誕生日なのに、ナオトに抱いてもらおうと思っていたのに。こんな悲しい気持ちになるとは思っていなかった。
「ジュデさま」
そう呼んだナオトは、ジュデが頭から被っていた布団を肩のあたりまではがす。ジュデは反射的に壁へ向かって身体を捩った。
「ジュデさま」
もう一度呼ばれて、そう呼ばれることが、ジュデは悲しくなってきた。
「いつまで、『さま』なんてつけるの? ナオトはマディバ国王の正統なお子なんだから、僕より立場は上でしょう。ナオトさま」
「ジュデさま」
困ったような声を出しながら、ナオトがジュデの肩に触れた。
「そう呼ぶ限り返事はしない」
壁に向かってジュデは答えた。それに答えるように、ジュデの肩に触れていたナオトの手が離れた。軽くなった肩がジュデは悲しかった。嗚咽が出てくる。好き なのに、通じないことが悲しい。お互いが望むことに隔たりがある。傍にいたいと思うだけなのに、それを拒まれてしまう。

「ジュデ」
諦めたようなナオトの声がした。
「な、に?」
ジュデは背を向けたまま答えた。
「こちらを向いて」
その言葉に素直に答えるのは嫌だったけれど、さっき離れていった手が悲しくて、拒んだらナオトが行ってしまうかもしれないと思ったから、ジュデはしぶしぶ ナオトの方へ身体を返した。ナオトの顔を見た途端に、収まりかけていた涙がまた溢れだす。こらえたくて、唇をかみしめても、涙は止まらなかった。
ナオトの指が優しく涙を拭う。
「あなたの幸せを願うことがそんなにいけないことですか?」
ナオトの顔は涙で霞んでよく見えなかった。
「だって……幸せなんかじゃ、ない」
嗚咽が言葉を邪魔する。
「私は今、とても不安定な立場にいます。皇太子でありながら、皇太子だと名乗ることはできません」
「そんなの、分かってる」
「私に付いてくることが、あなたの幸せだとは、どうしても思えません」
「だから、エカティへ帰る、って言ったじゃないか」
また、ぼろぼろと涙が溢れてくる。
ナオトは小さくため息をついた。
「私が間違っているのでしょうか」
呟くように言ったナオトの言葉はジュデへの問いだとは思えなかった。
「あなたを欲しくないわけはありません」
ナオトの手がジュデの頬を撫でる。
「――――信じられないよ」
「では、信じていただきましょう。私も、もう限界です」
ナオトは反対のベッドの傍まで行き、荷物の中から、小瓶をひとつ出した。
「香油?」
ジュデはナオトに尋ねた。
「そうです。あなたを傷つけないために」
ナオトはジュデの服の中へ手を入れて着ているものを緩めた後、香油を取った手でジュデの身体を滑らせた。
「ナオト?」
目元にはキスを落とす。
「エカティであなたを抱くことをやめたのは、あなたを欲しがる自分がいたからです。あの頃、欲望を抑える自信はありませんでした」
ナオトの手がジュデの敏感な部分に触れる。
「ん……」
すぐに甘い疼きがジュデの身体に生まれる。ナオトはそのまま、奥のすぼまりへと手を伸ばした。
「ナオ、ト?」
ジュデはナオトの手を捕まえた。なぜ? 何をするの?
「繋がるのでしょう?」
ナオトは手を優しく動かしながら、ジュデの唇を塞いだ。
甘く優しい口付けと共に、身体の力は抜けていく。
――――ディン
もう、呼ばなくなったその人の名前を心の中で叫ぶ。
優しく慈しむように開かれた身体は、愛しい人を愉悦の中で受け入れた。


「連れて行ってくれるでしょう?」
愛しい人の腕の中でジュデは呟いた。
「もう、離すことはできません」
欲しい言葉は心の中で溶けていく。
身体をふたつに分けているのは変わらないのに、身体の奥で愛しい人の存在を感じた今、心は解け合っていくようにジュデは感じた。
この広い空の下ならどこか、二人で生きていけるところがきっとある。

――だから、そこまで行こう、ディン。


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