二、三日おきにジュデはナオトの部屋を尋ねた。毎晩のように行きたい気持ちはある。けれど、回数が増えるほど見つかる危険は高まる。会いたくて、触れたく
てしかたなくなる限界まで、我慢した。
人目のあるところでは、ジュデはわざと視界からナオトを外した。自分に自信がない。きっと、笑いかけてしまう。見つめてしまう。それでは、気づかれてしま
う。それは自分だけでなく、ナオトまで危ぶませてしまう。この次何かがあったとき、とナオトは言った。この次があってはいけない。
だから、部屋で二人きりになると、ナオトを求めた。限りある時間しか残されていない。
触れるだけのキスじゃ物足りなくて、舌を絡めあい、身体を絡める。別の個体として分かれていることさえ、煩わしく思える。ひとつに溶けてしまえればいいの
に。そうすれば、別れることなどなくなるのに。
ナオトのぬくもりを感じることは安らぎを感じた。暖かさを感じた。けれど、それは、次第にジュデには苦痛になってきた。
ナオトを見上げたジュデの顔がゆがむ。ベッドから少し離れたところにある蜀台が小さな火を灯していた。オレンジの淡い光。その光に自分の顔が照らされてい
るのを感じる。
「どうしました?」
うかがうような視線をナオトがジュデに向ける。
「苦しい……」
身体の奥が疼く。何かを締め付けるようなそれは熱を持ち、身体の中をうねっている。
「ジュデさま」
ナオトのそんな声にも、疼きは高まる。
ジュデはナオトの服を握りしめた。どうして、こうなってしまうのか、どうしたら楽になれるのか、分からない。自分の身体なのに、思うようにならない。
「あっ」
ナオトの手がジュデの服のあわせからすべり込み、下半身に触れた。
「辛いのでしょう? 楽にしてさしあげます」
「あ、でも、んっ」
優しく包み込まれて、ジュデの身体が跳ねた。
「僕は、何もしてないのに」
言い訳のように口にした。刺激を与えれば、変化するそれは、性的に興奮するとそうなるのだと、教わった。子供を作るために、女性と交わるために、必要なこ
とだと。
自分で自分を慰める術は知っている。それも女性とスムーズに交わるためには必要なのだ、と教えられた。
けれど、今、自分の身体に起こっているそれが、教えられたこととは、違うように思える。人間には子供を授かる本能があり、女性を見るとそのために、性的に
興奮するのだと習った。
――――だって、ナオトはオトコだ
なぜ、こんなに気持ちが高ぶるのだろう。
ナオトの手が優しく動き、ジュデが抱えていた疼きは甘美へと変わっていく。
ジュデがナオトの方へ手を伸ばすと、今まで包んでいたものが急になくなって、ジュデの手を掴んだ。
「いけません。ジュデさま」
「なぜ? ナオトにも、してあげるよ」
気持ちよくなって欲しかっただけなのに。自分ではないナオトの手がとても気持ちよかったから。ナオトにも、そう思っただけなのに。
「ジュデさまが抱くのはユキナでなければいけません」
「でも」
少しだけ。望むことができるのは、今だけだから。
「これは、夢だと思ってください。ジュデさまは何もしない、ただ、感じるだけ。でなければ、もう触れることはいたしません」
「ずるいよ」
離れてしまった手を身体は待っている。早く欲しいと、催促する。
「いいですか?」
ナオトの問いに、ジュデは手を引くと、ナオトの首へまわした。
再び、感じたナオトの手に、目を閉じる。夢、だと言われたから。
「なぜ、なんだろう」
満たされた後で、ぽつんとジュデは呟いた。
「なにがですか?」
「ナオトは女じゃないのに、子供ができるわけじゃないのに、なんで、僕は、さっきみたいに――――」
ジュデは言いながらナオトの顔をうかがうように見た。さっきは苦しくて、どうにかなってしまいそうで、よく考えもしなかったけれど、恥ずかしいことなのか
もしれない。
「自然なことですよ」
ナオトは何でもないことのように答える。
「でも、ナオトはオトコだよ。必要ないでしょう?」
交わることなんてできないのだから。
「愛するものと繋がるためには、必要なことです」
繋がる?
「繋がることが、できるの?」
ひとつになることができる? オトコ同士でも?
ジュデの問いには答えず、ナオトはジュデに笑いかけると強く抱きこんだ。
ジュデはナオトの腕の中で、ひとつだけ悟った。たとえ、繋がることができたとしても、自分達にはできないことなんだ、と。繋がりたいと、身体が、心が思っ
ても、それを叶えることはきっとできない。
ジュデがナオトの胸を押すと、ナオトは抱き込んでいた腕を簡単に解く。
「これはいいのでしょう?」
ジュデはナオトに唇を重ねた。
愛を確認しあう行為なのだと教えられたそれだけは、絶対に譲りたくない。
「愛してる」
そう囁いて、また唇を重ねる。
少しでも深く、少しでも長く、そう思いながら。
ジュデを正式に婚約者としたいという伝令の答えがエカティから戻ったことをうけ、ユキナとの婚礼の日取りが国務会で決定した。出された案に反対する意見は
なく、ジュデの誕生日の二ヵ月後であるユキナの誕生日に、その日は決められた。
結婚が認められる十八歳に二人揃ってなる日、その日まで、あと三ヶ月しかなかった。
いつかは来るのだと、分かっていた。覚悟もできていたはずだった。なのに、心がつぶれそうになる。
――――変わらないよ
何も変わらない。ナオトはずっと傍にいてくれると、言った。手の届くところに。
そう繰り返しても、ジュデの心は晴れない。
触れ合う心地よさを知ってしまったから。心臓の鼓動が聞こえる位置が安らぐから。手を伸ばしたら届く位置なんて、まどろい。今手にしている安らぎを奪い
取ってしまう日など、来なければいい。
なのに、止まってしまえば良いと思う時間も、太陽も、変わることなく動いている。それに抗う方法はない。
「ナオトさまから、すぐにテラスに来ていただくように、と」
午後の休憩に、ジュデが詰め所にいたときだった。近寄ってきた兵士が、耳元で囁く。直ぐに頭を下げ、部屋を辞した兵士の顔を確認することはできなかった。
ナオトが自分を呼ぶことなど、あるはずも無かった。けれど、だからと言って、無視することもできなかった。
ナオトは自分の部屋のいるはずの時間だった。確かめる意味で、部屋に行ってみたけれど、ノックに答える音は無かった。
――――何か、あったのだろうか?
疑問はすぐに不安に変わる。
ジュデがマディバに来た頃は毎日、何回も訪れたテラスに、最近行くことは無かった。軍隊に入り時間が無くなったこともあったが、何より、以前はディンの面
影を追っていたのだから、今、その必要は無かった。実際に触れることができる、答えてくれる声がある。
回廊の突き当たりにあるテラスへと続く扉を開けると、その先には意外な人物が待っていた。
「ユキナさま?」
ユキナとテリウスとナオトが向かい合うように立っている。
「あなたは騙されていたのですよ。ジュデさま」
「は?」
話が飲み込めない。ナオトのことだろうか。正体がばれた?
「さあ、自分の正体を、この国に来た目的を、ジュデさまの前で告白するのです」
ナオトに向かい、ユキナが命ずる。
「ユキナさま。何度も申し上げております。私は何もはかりごとなど持っておりません」
ナオトがユキナに跪き答える。
「ユキナさま。ナオトさまはジェインからいらしたと紹介したはずです。交易証もお見せしたはずです。なぜ、このようなことをおっしゃるのですか?」
テリウスも、ナオトを補足する。
「テリウスは彼の味方なの? あなたも何か絡んでいたの? そんなことはないでしょう? 」
テリウスに向かい、ユキナが顔をゆがめた。
「ユキナさま、何があったのですか?」
ジュデがユキナに声をかけた。
「ナオトと名乗っているけれど、彼はジェインの国の者じゃない。それは、おじ様が調べてくださいました」
ユキナがおじ様というのは、王弟陛下のことだ。国王のことは嫌っているのに、ユキナのことは可愛がっている。ユキナの部屋へもよく訪れる。
王弟陛下の名前がでたところで、ジュデは言葉がでなくなった。テリウスをうかがうと小さくかぶりを振る。たぶん、テリウスも状況がよく分かっていないのだ
ろう。
「ジュデさまを操って、この国を乗っ取ろうとしているのは分かっているのです」
「ユキナさま、それは違う」
ユキナが言った言葉に、ジュデは思わず声がでた。
「何が違うのです。毎晩のように、ジュデさまがナオトの部屋を訪れているのは、分かっているのです。何をされていたのですか?」
そう聞かれて、答えられるはずもなかった。誰にも見つからないように、気をつけていたはずだった。
「何も言えないのでしょう――――テリウス、ナオトを縛り上げて。もうすぐおじ様もいらっしゃいます」
「ユキナさま、何かの間違えでは?」
テリウスがユキナへ言葉を返した。
「いいえ、いいえ。おじ様が調べてくださいました」
「それが、正しいという証拠はあるのですか?」
テリウスがユキナに問いただす。
「何が必要なのですか? 王弟陛下のお言葉ですよ」
「ですが」
「――――父は私の我が侭を色々聞いてくれましたが、一番の願いだけは叶えてくださいませんでした。その力があるのに。諦めるしかないのだと、そう思って
おりました。けれど、ナオトは身分を偽って王宮に侵入しました。そのような大罪を犯したものをあなたが捕らえれば、あなたの家
を再興することができるでしょう。身分さえ手に入れれば、そうすれば、この国をあなたと二人で盛り上げていくことができます。ですから、テリウス、早
――――」
ユキナの声が途切れると、身体が力を失って崩れた。それを、テリウスが支える。テリウスがユキナの意識を奪ったのだろうと、影であり直接は見えなくても、
ジュデは思った。
「取りあえず、ここから離れたほうが良い。回廊は王弟陛下の手が回っているだろう。少し高いが、飛び降りて、取りあえず、地下牢へ。たぶん、あそこが一番
安全だ。それからのことは後で」
テリウスがユキナを支えながら口にした。
「しかし、テリウス」
ナオトが反論する。
「時間はない。捕まってしまったら、どうにもならない。あなたが捕まれば、手をつくしたデリィも危ないと分かっているでしょう? だから、早く」
「――――すみません。後を、頼みます」
テ
リウスに向かってそう言うと、ナオトはジュデに一瞬笑顔を見せた。そして、テラスの端まで駆け寄り、手をかけて手すりを越えて飛び降りる。ジュデはナオト
を視線
で追っていた。ただ、視線で追っていたはずなのに、身体が自然に動いていた。自分がナオトを追えば、足手まといになる。そう思いながらも、身体は止まらな
い。まるで、引き寄せられるかのように、ジュデもテラスから飛び降りていた。
いつも、空ばかりを見上げていたから、ジュデはテラスの高さなど気にしたことは無かった。飛び降りて初めて、その高さを知った。樹木よりも高く、下は茂っ
た葉しか
目に入らない。土さえ見えない。先に飛び降りたナオトは、木の枝に手を伸ばしぶら下がった。このまま落ちたら、無事でいられるとは思えなかった。ジュデ
も、枝を捕まえようとしたけれど、その前にナオトの腕に抱きこまれて、思わずナオトにしがみついた。
ばきっと大きな音がした後、身体は地面へと落ちていった。地面へ落ちた後、転がり、木の根元にぶつかり止まった。
「大丈夫ですか? ジュデさま」
ナオトが身体を起こす。
「大丈夫だよ、ナオトが守ってくれたから」
抱きかかえるように、守ってくれたから。
「なんで、こんな無茶を。あなたは、残るべき――――」
「お小言は、後でいくらでも聞くから、急ごう」
ジュデは立ち上がって、土を払うとナオトに手を差し伸べた。ナオトはため息をこぼしながらも、ジュデの手をとった。
木々を抜けながら走る。
追ってが回ってきたら、終わりだ。そのまま切られてしまうかもしれない。簡単にやられない自信はある、けれど、数でこられたら、分からない。
地下牢の入り口は、やはり不気味な感じがした。
けれど、今はナオトと二人だから、そう思うとジュデは躊躇いもなく中へ足を踏み入れた。
暗闇に向かって歩いていく。それが、二人の未来を暗示しているのかもしれない、と思いながらも、今、歩みを止めることはできない。
「ジュデさま、足元を気をつけて」
小さな声でナオトが囁く。
二人だからいいや、とジュデは思った。たとえ、この先に何があろうと。
ゆっくりと奥へ進む。暗闇に慣れてきた目は、ぼんやりとあたりをうつした。ディンが入れられていた檻のドアは開いていた。捕らわれている人がいなければ、
鍵も必要のないものだ。全ての檻が開いているのかもしれなかった。
自ら罠に入っているのかもしれない、そんな気もする。けれど、今は、テリウスを信じるしかなかった。
檻の隅で肩を並べて腰を下ろした。生臭い匂いは変わらない。暗闇も変わらない。けれど、隣にナオトがいるだけで、ジュデは怖いとは思わなかった。
「ジュデさま」
ナオトが囁く。
「何?」
「なんで、こんなことをなさったのです。今からでも――――」
ナオトの言葉を遮るようにジュデは首へ腕を回すと、唇を重ねた。
けれど、それは、直ぐにナオトの手で離される。
「ジュデさま。ふざけている場合ではありませんっ」
小さいけれど厳しい声で、ナオトがジュデを叱る。
「ふざけてなんかいないよ。僕はもう離れるのは嫌だ」
「そんなことを言っている場合ではありません」
「ごめんね。僕がもっと注意していればよかったんだ。あ、何処で見られていたんだろう。僕は――――」
「ユキナさまの話は、出任せだと思います」
ナオトはきっぱりと言った。
「なんで、そう思うの?」
「王弟陛下が、ジェインに照会した動きはありません。ジュデさまの行動を監視していたということもありません。そんなことがあれば、ジュデさまが私の部屋
へ来ることを許したりはしません」
「なぜ、そうはっきり言えるの?」
「テリウスの情報は正確です」
「じゃあ、僕は自分で、認めてしまったことになるの?」
後悔で顔がゆがむ。
「知らなかったのですから仕方ありません。あれは、私を思っての言葉だと分かっています。ただ、王弟陛下がユキナを使うことまでは考えていませんでした。
王弟陛下にとっては、ユキナが女王として収まることが本意だと、思っておりましたので、今、下手に問題を起こしたくはないだろう、と思っていたのですが」
「それは、違ったってこと?」
「今となっては、そうですね。ユキナを思う親心からなのでしょうか」
「親?」
ユキナは国王と王妃エリナの間に生まれた子供のはずだ。
「ユキナは王弟陛下とエリナさまのお子です」
「え?」
なんでそんなことが――――。
「それとも、私の顔に怯えていたのか」
「え? なぜ? 」
「直接手を下したのではなくても、ご自分で消された私の母を思いだすのかもしれません。王弟陛下は私の顔を見るたびに、顔をゆがませておいででした」
「待って、ナオト。なんでそんなことになるの? 」
「これは憶測です。はっきりしたことなど、きっと分かりはしないでしょう」
「でも、ユキナが国王の子でないって?どうして?」
「ジュデさまにもお分かりでしょう? 国王が誰と寝室を共にしているかは」
「あ」
誰にも公言することはできないけれど、誰かが常に監視している。当たり前だ、事があってからでは遅いのだから。
「エリナさまは父の部屋へ呼ばれたことも、また父が尋ねたことも無かったと聞きました」
「でも、国王は認めたのでしょう。自分の娘だと」
そして、目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだと言われている。
「父の真意を知ることはできません。ただ、認めて受け入れることが国のためには良かったのだろうとは思います」
「国のため? 」
「そう考えることが、一番納得できます。今まで、王弟陛下が何をされても、我慢されてきました。それも全て、国のためだと思います。弟と争うことは、下手
をしたら内戦を起こすことになってしまいますから」
「でも、酷すぎるよ」
ディンも下手をすれば命を落としていた。何も悪いことをしていないのに。
「ですから、ジュデさまは、今からでもお戻りください」
「嫌だよ。ナオトを一人になんかできない。それに、僕も疑われているのでしょう。戻っても何もないわけじゃない。それに、この国に僕は必要な人間じゃな
い」
国を乗っ取る片棒をかつがされたことになっているし、ユキナが必要としているのはテリウスだ。
「国に戻されることになるかもしれません。今更、戻ることはお辛いかもしれませんが、この国にいるよりも、ジュデさまには過ごしやすいのではないでしょう
か」
「ディンが、ううん、ナオトがいないのに? 」
ついっと言葉がでた。
ナオトがいないのならば、何処でも同じだと思った。
「そう言ってくださるのは嬉しいのですが……」
ナオトが口を噤む。
「僕はもう離れないよ」
それは、ジュデの決意だった。
「ジュデさま」
「ナオトが行くところへ、僕は行く。ナオトと別れるくらいなら、この場で王弟陛下に刺されてしまって方が良いよ」
ただの思いつきだった。けれど、口に出しながら真実だと思う。
もう、離れたくない。危険にさらされると分かっているから尚の事。守れる自信はない、足手まといになるかもしれない、それでも。何もできないのは嫌だ。も
う、二度と冷たくなったディンを見たくはない。
少しの沈黙のあと、ナオトはジュデの背に腕を回し、抱き寄せた。
「それが、本心ですか? 」
ナオトがジュデの耳元で囁く。
「愛してるんだ」
ジュデはナオトの腕の中で呟いた。