ジュデはユキナ王妃について教えて欲しいと信用できる人に尋ねまわった。
マダム・チャウは何も教えてはくれなかった。「ジュデさまには関係のないことです」と。
マーティは何を訊いても、「次回に」とかわされた。
テリウスには「私はお会いしたことはございません」と返された。会ったことはなくても、知っていることはあると思う。けれど、それを引き出すことはできな
かった。
どんな方だったのか、どうされていたのか、と尋ねても『存じません』とテリウスは応えるだけで、マーティも何も教えてくれなかったと、事実、王妃がユキナ
という名前だったという事さえマーティの話ではでてこなかった、と言ってみても、それは伝えることがないからでしょう。と冷たく返された。
ディンのことを明かすわけにはいかない、とすれば王妃ユキナについての情報を集めるしかない。けれど、その情報すら集めること
はできない。それが、ジュデには情けなかった。
ただ、マダム・チャウは食事中に時々物語りを聞かせてくれた。ただの憶測に過ぎないが、それは王妃ユキナのことなのだろうか、とジュデは思った。
双子の姉妹が一人の人に思いを寄せるという物語はそのまま、ユキナとエリナを思いださせる。
物語です、とわざわざ前起きをしてマダム・チャウが話してくれたものは、嫉妬に狂った妹が姉を亡き者にしてしまうものだった。その妹に手を貸したのは、姉
妹の思い人の弟だという。優秀な兄に嫉妬していた弟は、いつか兄を苦しめてやろうと思っていた。兄の留守に弟と妹は手を結ぶ。姉の生を奪った二人はその亡
骸を隠し、何もなかったかのようにふるまう。しかし、兄の寵愛を受けられると思った妹の思惑に反して、兄は妹を受け入れず突然行方をくらましてしまった姉
をいつまでも探し続けているというものだった。
この物語が現実のものだというならば、国王は王妃ユキナが生きていると信じて今でも探しているのだろうか。
事実として、国王はエリナを妃として娘であるユキナにも恵まれている。
本当に物語なのかもしれない。けれど、ジュデには作り話とは思えなかった。
結局、ジュデがたどり着いた結論は、ユキナに全てを告げることだった。そして、ユキナに協力してもらう。血の繋がった兄がいると知ったら、ユキナは協力し
てくないだろうか。ユキナならば、ジュデよりもはるかに情報を集めることができるだろう。
それでも、マディバの人間にディンのことを話すことは躊躇われた。話をどこまで信用してくれるだろうか。
フェスは信じてくれた。けれど、それは、ディンとユキナのペンダントを見ていると事実があり、またユキナとは立場が違うからだ。幼いときからジュデと共に
育ち、信じられる関係がフェスとは既にあった。ユキナとは信頼しあえる間柄とは言えない。
フェスが王宮を去ってから既に二週間が過ぎていた。
ジュデは午後の休憩時間にユキナの部屋を訪ねた。扉を叩くと、ユキナの声が応えた。
「ジュデです。少しお話ができないでしょうか」
ジュデは扉の向こうへ話しかけた。
まもなく扉は開き、ユキナが顔を覗かせた。
「ジュデさま。珍しいですね」
ユキナが優しく微笑む。
ジュデがユキナの部屋を訪ねたのは初めてだった。
初めて訪れたユキナの部屋はジュデが今使っている部屋と同じ位の大きさを持っていた。ただし、そこに置かれているのは、テーブルと椅子だけで、奥の扉の先
に寝室はあるのだと思えた。テーブルの下に敷かれた絨毯は細かい模様が施され、足を踏み入れると、柔らかく、包み込んでくれるようだった。
ユキナに薦められるまま、テーブルに向かいあって座った。ユキナと向かいあうと、ジュデはどうしてもペンダントへ視線が向いてしまう。今も、一瞬ペンダン
トに視線が止まってしまった。そのことに気づかれただろうか、とジュデは視線を伏せた。
「なにか重大なことなのでしょうか。ジュデさまが私の部屋へいらっしゃるなど……」
ユキナが不思議そうな声を出す。
そう、重大な――――とジュデは胸の中で応えた。
時間はないのだとユキナの部屋へ来たものの、ジュデはまだ迷っていた。ユキナに話してよいのかどうか、決心がつかずにいる。他に方法はない、考えられな
い。けれど、ユキナがジュデの話を受け入れてくれる自信はない。
「実は――――」
話かけてジュデは言葉を止めた。いきなり、ユキナに兄がいると言っても信じてはもらえないだろう。
突拍子もないことではなくて、身近な話から。
ユキナのペンダントの話から。
同じデザインのペンダントを見たことがあると言ったらユキナはどんな反応を見せるだろうか。
ユキナの反応を見ながら、話を進めていけば良い。好ましくない反応を見せたら、止めればよい。また、どうしたらいいかわからなくなるけれど、強引に話を進
めても良い結果が得られるとは思えない。
ジュデがユキナに視線を向け、口を開けようとした途端、通路から足音が聞こえてきた。厚い扉を通してでさえ、聞こえる音は通路には響いているだろう。誰か
が、急いで走ってくる。
ユキナは視線をジュデから扉へ向けた。
ユキナの部屋の奥には国王の居室がある。けれど、国王は謁見のため、居室にはいないはずだ。ならば、その足音はユキナの部屋へ向かっていると考えるのが自
然だった。
と、まもなく扉を激しく叩く音がする。
「ユキナさま」
扉の向こうからする声に、ユキナは返事をせず席を立った。足早に扉へ向かい、押し開ける。細く開けた扉の向こうに、跪く兵士の姿が見えた。
「何かあったのですか」
ジュデのところまで、やっと聞こえるほど小さな声でユキナは兵士に話しかけた。ユキナを見上げた兵士は立ち上がると、ユキナに耳打ちする。その兵士はジュ
デが見たことのある顔だった。確か、国王付きの兵士だったはずだ。
「わかりました」
ユキナがそう応えると兵士は腰を下げ、頭を下げる。ユキナはそのまま、扉を閉めた。
「何かあったのですか?」
突然ユキナの元に兵士が来ることもそうであれば、聞こえた足音は一刻をあらそっていたようにも思える。
ユキナはジュデには応えず、扉の前で床を見つめていた。
「ユキナさま?」
呼びかけたジュデに、ユキナはゆっくりと視線を上げた。
「ジュデさま、せっかく来ていただいたのですが、お話はまたの機会というわけにはいきませんか?それとも、緊急なことなのでしょうか」
緊急な、と訊かれるとジュデは答えに詰まる。
「――――分かりました。またの機会にいたします……何かあったのでしょうか?」
自分はまだマディバの国のものではない。そのことは何事にも深く立ち入ることを拒まれる。王妃ユキナの件もそうだ。けれど、今起こっていることならば、自
分にも関係ないわけじゃないとジュデは思った。次期国王にと言うのならば、知ることぐらいは許して欲しい。
ユキナは迷うように、ジュデをしばらく見つめていた。
「――――あなたが気にかけていた、もうひとつのペンダントが見つかったようですよ」
ゆっくりと、自分でも確かめるように言っているようなユキナの言葉がジュデには理解できなかった。
「え?」
もうひとつのペンダント、それが意味するのはディンが持っているものしか思いつかない。それが、見つかった?
「国王に謁見を申し出た者が、私と同じデザインのペンダントを差し出したそうです。『これにお心あたりがありますか?』と」
ジュデはユキナの言葉に頭から血が引いていった。身体の中が空になり冷たくなってくる。まさか――――。
「そ、それで?」
まさか、とは思う。ディンには確証をつかむまで待っていて欲しいと伝えてもらったはずだ。
「列席していた王弟陛下が反逆者として拘束するように指示したとのことです」
「反逆者として拘束?」
「たぶん――――地下牢に入れられるのでしょう」
「なぜ?」
なぜ、ディンが国王に謁見を申し出て、なぜ、心あたりがあるかと訊いただけのディンが反逆者にされなければいけないのだろう。
「お分かりになりませんか?」
「分からないよ」
ディンは待てなかったのかもしれない。確証をつかむという期限のない時間が。それでも、ディンは父親に会いたかっただけだ。だから、心あたりがあるか、と
いう言葉しか言わなかったんだ。もし、自分の立場を主張したかったのならば、国王の子供であると告げて、証拠としてペンダントを出したはずだ。
心あたりがあるかなんていう知らないと
応えられれば終わってしまう。そんな言葉を、野望があるのなら使うはずがない。
認めたくないのならば、心あたりはないと応えればいいだけのはずだ。反逆者として捕まえる必要なんてないはずだ。
「私と同じデザインのペンダントということは、先の王妃ユキナが持っていたものということです。それをどうやって手に入れたというのでしょうか」
「それは――――ユキナさまから受け継いだ、とか」
「いつ?誰が?」
「それは――――」
ディンがユキナの子供だと言ってしまうことは簡単だ。けれど、そう言葉にする気にはなれなかった。
「ユキナさまは流行病で亡くなられたということになっていますが、事実はよく分かっていないのです。王弟陛下と私の母がユキナさまのお見舞いに伺ったと
き、ユキナさまも側近達もみな亡くなっていたと聞きます。戦争中であったこともあり、そのことは伏せられました。王妃が何者かに襲われて命を奪われたので
は、兵士の士気にかかわるからです。何をたくらんでいるのかは分かりませんが、ユキナさまが身に着けていたペンダントを持っているということは、ユキナさ
まの最後に関わったということでしょう。その者が反逆者でなくて、何なのでしょうか」
――――違うっ
そうジュデ叫びそうになった。けれど、言葉を喉元で飲み込んだ。
「――――ユキナさまは身重だったと聞きます。もしかすると、亡くなる前に子供を生んでいて、その子供が生きていて会いに来たとは考えられないのですか?
命を奪うだけならば、ペンダントを持ち出す必要はないはずです」
これは、カケだった。ユキナが共感してくれれば、拘束されたというディンを助けることができるかもしれない。
ユキナは目を細め、少し考えるように視線を彷徨わせた。
「同じことでしょう」
「え?」
「今更、兄などいりません」
「それは……」
「今更、兄だと言われても、そう思うことはできないし。国のためにはなりません。同じことです」
「国のためにはならない?」
「証明することなんてできないでしょう。それに、今までどこで何をしてきたかわからない者を皇太子として誰が認めるのでしょう。この国を継ぐのは唯一国王
の血を継いでいる私です。ジュデさまにとっても、その方が良いのではないですか?」
「私は……」
ジュデは返す言葉が無かった。自分が望んでいることは違う。けれど、それは公に言葉にはできないことだ。
「では、もうこのお話はよろしいでしょうか。私の方でも、捕らわれたものについて調べたいのです。せっかくジュデさまがいらしてくれたのに、申し訳ありま
せんが」
ユキナは手を伸ばすと、扉に手をかけて開く。早く出ていって欲しいと表情が催促していた。ジュデにとっても、これ以上ユキナの部屋へいる必要はなかった。
ユキナが協力してくれることはないと、はっきり分かったから。
ユキナの部屋を出ると、そこは冷たい通路だった。高価な絨毯を敷かれているユキナの部屋とは違う。
ディンは地下牢に入れられるだろう、とユキナは言っていた。たぶん、そこはここより冷たい。
捕らわれたのはディンではない、ジュデはそう思いたかった。ディンがはっきりとした証拠がないまま、物事にぶつかるとは思えない。先を進みたくなるジュデ
を止めてきたのがディンだ。
確かめなければいけない、捕らわれたのがディンかどうか。
そして、もし、ディンだったら、どうすれば良いのだろう。
どう、できるのだろう。
ジュデの頭の中では焦りばかりが渦巻いていた。