昼の空は蒼く太陽は光を放ち、夜の空は漆黒の中に無数の輝きを散りばめる。それは、誰かが監視するわけでもなく、誰かが指示するわけでもないのに、坦々と 繰り返される。決められた規則に従うように、坦々と。
ジュデの日常も、坦々と過ぎていく。
どきどきすることもなく、はっとすることもなく、悲しいこともなく、嬉しいこともなく。自国にいたときは、どこからあふれでてくるのかわからない気持ちが 心を満たしていたのに、今はあふれてくるものはなく穏やかだった。
少しづつ行動の幅が広がり、街へでることもあった。両脇を警備に守られてはいたが、街の様子は穏やかで、平和であることを感じた。
このまま、平和が続けば良いと思う。ジュデがユキナに言ったことは嘘ではない。
戦争がなければ、ディンが淋しい思いをすることはなかったとジュデは思っていた。それは、自分と出会えないことを意味していたけれど、ディンが幸せだと感 じればよいと思う。これほど、人を大切だと思える気持ちは、ディンに出会わなければ、きっと知ることはなかった。

ジュデにとって誰よりも大切だと思うディンが捜そうとしていた父親は、マディバの現国王なのだとマダム・チャウの話からジュデは確信を持った。けれど、確 証はない。ペンダントとて、ディンの母が国王から貰ったものだと証明することはできない。
知らない方が良いのだと言ったマダム・チャウから、最初に聞いた以上の話を聞くことはできなかった。講師のマーティに、それとなく話題をだしてみてもが大 雑把な話しか聞かせてもらえなかった。それも、酷く事務的に。
知らないのか、隠しているのか――――テリウスに訊けば何かわかるのかも知れない。
先代のユキナが王宮にいたとき、テリウスが王宮に勤めていたとは考えに くい。それほどの歳ではないだろうと思う。けれど、国王から多大な信頼をおいているのだろうと、事に触れ感じてしまうことに、テリウスは全てを知っている のかもしれないと思ってしまう。
国王から多大な信頼を受け、たぶん、ユキナは想いを寄せている。そんなテリウスは自分よりも次期王に相応しいのではないかとジュデは思っていた。
何も他国から呼び寄せることはない。近くに相応しい人がいる。
頭から離れない問いをジュデはテリウスにぶつけてみた。
「なぜ、あなたが国王候補ではないの?」
マディバで過ごす日々が長くなればなるほど、湧いてくる疑問。
「国王になるためには、貴族の高い位が必要です。私の家にその位はありません」
テリウスの答えは感情を持たない淡々としたものだった。
その気になれば、位などどうにもなるのではないかと思った。位を望むために、養子縁組をする。そんなことはエカティにもある。
「でも」
そう言ったジュデに、
「私は、あなたが次期国王として相応しいと思っています、ジュデさま。私だけではありません、国王さまも、マダム・チャウもマーティも。あなたとユキナさ まが新しい国を作ってくれると期待しています」
テリウスは真剣な瞳で諭すように返してきた。
その言葉に、ジュデは返す言葉がなかった。テリウスに国王になる気はなく、また、テリウスが人の言葉に動かされるとは思わなかった。

ジュデが次期国王になる。そう周りは認めている。けれど、それは皇太子がいないからだ。現国王に皇子がいないからだ。
息子がいるとなったらどうなるのだろう。ディンが名乗りをあげたら、どうなるのだろう。子供を生む前に、病死したとされる王妃が子供を生み、その子供が今 も生きているとなったら、どうなるのだろう。その疑問に対する答えはでない。

今日も空は蒼かった。
王宮の中庭で、ジュデはテリウスの剣を受けていた。
「はっ」
「えいっ」
剣を弾けされる音と、掛け声が中庭に響く。
エカティでは必要とされなかった、ディンと生きていく為にジュデが望んでやっていた剣と乗馬と野山を駆け回ることは、マディバに来て役にたった。
今が平和に見えるのは、襲い来るものがいないからだ。国の強さをみせつけることで相手を敬遠する。それは時折行われる軍隊の行進であったり、国中の兵を 集って行われる剣の大会であったり戦車競争であったりした。
ジュデはマディバへ来た年の秋、剣の大会で優勝をものにした。エカティの皇子だと相手が侮っていたのかもしれない。弱小国の、それも皇族が剣を使えたとし ても見せかけだと思ったのだろう。
ジュデの名は国中に知れ、憧憬を集めた。国民からジュデが認められたことでもあった。

今、ジュデの剣の相手はもっぱらテリウスが勤めていた。テリウスには敵わないとジュデは思う。全力で向かっても、テリウスは余裕を持っているように感じ た。たぶん、国内で一番剣がたつのはテリウスなのだろう。テリウスがでるというだけで、誰もがやる気を失うくらい。誰もがテリウスの力を認めている。そう ジュデは感じていた。

一瞬の隙をつき、テリウスの剣がジュデの喉元を襲う。息を吸い込んだまま、ジュデの身体は固まってしまった。少しでも動いてしまえば、突かれてしまう。そ んな位置に剣先がある。
すっと剣を引くと、テリウスは深く頭を下げた。
一般的には、ただが練習で喉元を狙ったりはしない。もし、思惑がはずれたときの結果に責任など取れないからだ。ほんの少しのずれで命を奪いかねない。それ をテリウスはやってのける。そんなきわどいところを狙っても、傷つけない自信がテリウスにはある。そして、それはテリウスが真剣にジュデに対していること を示す。暗殺者が狙うだろうところを、テリウスはついてくる。

テリウスの剣が引かれたことで、ジュデは大きく息を吐いた。テリウスが自分を傷つけることはしないと思っていても、背筋が凍り、額に汗が滲んでいた。
「すごいわ」
突然聞こえた声の方を向くと、ユキナが大きな目を更に大きくしてこちらを見ていた。
ジュデはユキナに言葉をかける気にはならなかった。まだ、剣先をつきつけられたときの動揺が残っている。テリウスもまた、言葉を失ったようにユキナを見て いた。
「本当の決闘かと思ってしまうくらいすごかったわ。声をかけることもできずに見入ってしまって……汗で手が濡れてしまったわ」
「ユキナさま、何かご用でしょうか」
テリウスがユキナに声をかけた。感情が高ぶっているように見えるユキナに対して、家臣としての冷静な声。ユキナは一瞬戸惑ったような表情を浮かべ、視線を 落とした。そして、ゆっくりと視線をあげる。
「ジュデさまに、お伝えしたいことがあってきたのです」
「僕に?」
ジュデの問いかけにユキナは頷いた。
ユキナが剣の練習を見にくることは今まで無かった。滅多にあることではなくても、剣が飛んでしまうこともある。危険の場所であることには違いない。冷たく 聞こえたテリウスの声は、そんな場所へ来たことへの非難を含んでいたのかもしれない。

「明日はジュデさまの誕生日なので、ささやかですがお祝いをしようと思いましたの。それで、ジュデさまに内緒で、エカティからジュデさまが喜びそうなもの を取 り寄せました。その荷が先ほど届いたのです。明日、ジュデさまを驚かそうと思ったのですが、マディバに用事があるという方がその荷と一緒にいらして、その 方がジュデさまの小さい頃からの 側仕え方だったと聞いたので、したいお話もあ――――」
「何処に?何処にいるの?その人は?」
ユキナの話を遮り、ジュデは叫んだ。
「え、あ、客室に通しました。今日一日泊まっていただいて――――」
「ありがとう。ユキナさま。テリウス、ありがとう」
言葉もそこそこに、ジュデはユキナとテリウスに頭を下げると、剣を筒に収めながら走った。ジュデの頭の中にはディンしかいなかった。

ディンが来てくれた。ジュデはそう思った。
いくつもある客室のどこにその人は居るのかを聞いている時間さえ勿体無く思えた。ひとつづつ当たっていけば良い。
少しでも早くディンに会いたかった。明日が誕生日と言われて、ここに来てからもう一年になるのだと思う。その間、一日たりとて忘れたことは無かった。もう 二度と会うことはないかもしれないと思いながら、記憶が薄れていくことは無かった。
ディンが会いたがっていた父親が見つかったと知らせることもできずにいた。ディンに会うことができるならば、それを伝えることができる。マディバの国王に 会わせることもできる。確証がない今、名乗りをあげることはできなくても、ディンが知れば、旅にはでないだろう。
一人でどこか遠くへ行ってしまうことだけはなくなる。
それに、ディンが望めば、マディバで仕官することもできないだろうか。きっと、ディンはテリウスとは互角の腕を持つ。それを示せば、できないことではない だろう。
もし、ディンがマディバに留まってくれたら、近くにいることができる。気持ちを告げることはできないかもしれない。
けれど、頭の中で思い描くことしかできないディンを、間近で触れて、感じることができる。それ以上、何を望めというのか。

中庭を走りぬけ、回廊を走り抜けた。汗が背筋を流れていく。額から浮いた汗が頬を伝うように流れる。それさえ、かまっていられなかった。兵士を避けるよう に門を抜け、客室をひとつづつノックする。声がしなくても、部屋を開けて確かめた。
ある部屋をノックした音に「はい」と答えた声が違和感を与えたけれど、そのままドアを開けた。
ディンと叫びそうになった声は喉元から消えていった。
「――――フェス」
部屋の中央にあるテーブルに座っていたフェスは、一瞬驚いたような顔をした後立ち上がりゆっくりと笑顔を作った。
「お久しぶりです。ジュデさま」

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