――――僕はずるいな
リナトの上で身体を揺らしながら、祐人は思った。
リナトが拒まないことを分かっていて、中途半端になってしまった遼平への告白の続きをリナトにしてしまった。
祐人の動きに合わせるようにリナトも小さく動く。リナトのものが粘膜を擦り奥を突き上げる。ただ、それだけのことなのに、なぜこんなに酔わされてしまうの だろう。祐人は上り詰めようとする気持ちを抑えられなかった。
「……いいのか?」
甘い空気をかき回すようにリナトが呟く。
「ん」
短く答えて、祐人は宙を仰いだ。完全に愉悦の中に取り込まれていた。
リナトの手が祐人のものを包み込む。
「いやだ……」
リナトの手を剥がそうと、祐人はリナトの手へ手をかけた。張り詰めたものは直接刺激を与えられたら、すぐ弾けてしまう。もう少し今の快感に浸っていたかっ た。
「っ……」
リナトが苦しげに声を漏らす。
「このままじゃ……俺の方が先に……っ、イきそうだ」
「いいよ……イって」
祐 人は深く息を吐いた。身体の奥が熱かった。リナトの手をきゅっと握ると、祐人は動きを早めた。リナトが祐人の手を握り返してくる、息が更に荒くなってい き、身体の内側を擦り上げるものも更に質量を増し、祐人の中をいっぱいいっぱいに満たす。感じてくれているのだと思うと、それが更に祐人の快感を呼んだ。
リナトが熱を吐き出すように深い息を漏らし、苦しげに身体を捩る。
「僕も……」
熱はすぐに弾けそうだった。両手をリナトの脇につき、本能が望むままに身体を揺らす。
一瞬、頭の中が真っ白になった。そして、次の瞬間自分の息遣いが頭の中で響く。全身から汗が噴出していた。つうっと汗が頬を一筋伝うと、忙しく上下するリ ナトの胸にぽたっと落ちた。

「リナト……」
祐人はリナトの頬に手で触れると、そっと撫でた。
「ん?」
呼べばリナトは答えてくれる。
祐人はリナトの胸にそっと頬を寄せた。規則正しい心臓の音が耳元で響く。身体も心も満たされていた。リナトの傍にいれば、これからもこれだけの安らぎをも らえることができる。ユーリに身体を返してしまったら、もう、どれだけ望んでも手に入れることはできない。
知らなければそれで済んでしまっただろうものを知ってしまったら失いたくなくなる。
アイラにはユーリに呼びかけて欲しいと言われた。
リナトもユーリへ伝えて欲しいと言う。
でも、ユーリに伝えるといってもどうしたらいいのか分からない。
できれば、このままでいたいと願う自分がいる。リナトが遼平なのだと知ってしまったら特に。
「好きなんだ」
祐人が呟くと、背中へ回される腕を感じた。優しくきゅっと抱きしめてくれる。
遼平は応えてくれない。でも、リナトは応えてくれる。
このぬくもりを感じていたい、そう祐人は思った。



人の欲望は無限だと、誰かが言っていたっけ。
祐人は空を見上げながら、そう思った。手に桑を持ち、畑を耕していく。サツマイモを掘った後には、大根の種をまく。同じものを植えてはいけないと、何かの 授業でも習った気がした。
二日ほど雨が降った。だから土が軟らかい。軟らかすぎて却って扱いにくいほどだった。それでも、晴れ間のある時にやらなければ進まない。やりなれていない 作業は楽だとはいわない。身体は辛い。だけど、それはいい。やったことを実感もできる。種を植えた後、いつ芽がでるだろうという楽しみもある。リナトは優 しい。傍にいるだけで、幸せな気持ちになれる。
けれど。
ユーリ――――そうリナトは祐人のことを呼ぶようになった。それを許したのは祐人だった。その時は当たり前のことだと思った。この身体はユーリのものだか ら。
なのに、ユーリと呼ばれることを苦痛に感じるようになってきていた。
確かに自分を見てくれているのに、ユーリと呼びながらこの人が見ているのは自分じゃない。それを仕方ないことだと、最初は思っていられた。キスしてくれ る、抱いてくれる。それだけで充分だと思っていた。
なのに。
どうして人には欲望なんてあるんだろう。

「ユーリ」
ベッドの上でリナトが頭を撫でる。
「……何?」
祐人は答えることを一瞬ためらってしまった。
「何か欲しいものがあるか?」
欲しいもの? 答えたらくれるの? 祐人はそう心の中で呟いて、ふっと笑った。
「何だよ。笑ったりして」
リナトが不満そうな声を出す。
祐人――――そう不意に風のような声が頭の中を通り過ぎていった。時折頭の中を過っていくその声が今は自分を非難しているように祐人は感じた。
好きだと言ったくせに、そんなにすぐ変わってしまう気持ちだったんだ、そう遼平が言っているような気がした。
答えてくれなかったのに、信じてさえくれなかったのに、なのに、非難するなんて酷いよと思いながらも、祐人には抗議する先はない。
「特にないよ」
欲しいと言って手に入れられるもので、欲しいものはない。
「新しい市場が建ったんだ。あきるだろ、いつも同じものばかりじゃ」
触れるリナトの手は優しい。
「僕は……リナトがいればいい」
祐人はリナトの背中へ腕を回した。
「俺を食べるのか?」
「食べていい?」
祐人は背中に回していた手を滑らせると合わせから差し入れて、リナトの下腹部へ伸ばした。萎えているそれに、手を絡ませる。
前に祐人が何もしなくていいと言ったからか、ただ寄り添うように寝ていることも多くなった。触れている肌があればそれでも良かった。
けれど、せっかくもらえたチャンスだ。ゆっくり擦りあげるとリナトのそれは反応を返す。
「……して欲しいのか?」
「僕がしたいんだ」
祐人はリナトの腕から抜けて身体を起こすと、ためらうこともなくリナトのものを口に含んだ。触れていて一番安堵するそれを丁寧に舐めあげる。
リナトが大きく息を吐いた。
「ずるいだろ、お前だけ」
リナトの手が祐人の足に触れる。身体を丸めるようにして、リナトは祐人のものを手で優しく握り込んだ。リナトが身体を動かすから傷つけてしまうような気が して、祐人はリナトから口を離した。
「だめだよ。あっ――――」
一瞬の隙をつかれ祐人はリナトに足を引っ張られた。
「お前だけ、ずるいって言っただろ」
リナトが祐人のものを口に含む。
「あっ……」
初めてだった。手でされたことならあるけれど、その時は全然違う。湿った温かいものに包まれて、撫でるように擦られる。
「リナ……僕が……」
したいと言ったのに。
抗議の文句も途中で消えていった。
「こっちも欲しいんだろ?」
リナトは一旦口を離すと自分の指を舐めて、内股に手を入れ祐人の窄まりを優しくさする。
「ん――――……」
流されそうになっていく身体を祐人は息を深く吐いて諌めた。
されるばかりじゃなくて、リナトに感じて欲しい。
再び、リナトのものを口に含むと祐人はゆっくりと扱き始めた。下半身に与えられる刺激に身体が震えてしまう。くれる愉悦を返すように丁寧に扱く。甘い息が 二人を包む。ぴちゃぴちゃと湿った音が部屋へ響く。
「……ユーリ」
口を離したリナトが呼ぶ。
口がふさがっていることを幸いに、祐人は答えなかった。ただ、リナトに奉仕した。
「っ……ユーリっ」
呼ばれているのは分かっていても祐人は返事をしたくなかった。諦めたのか、リナトはまた祐人のものを口に含んだ。
吐き出しそうになる熱を我慢して我慢して、早くリナトをイかせたい、そう思いながら祐人はリナトのものを扱きあげた。なのに、嫌だと思うのに身体は言うこ とを聞かなくて、耐え切れなくなった熱は祐人の意思を無視して弾ける。あっ、と祐人が思ったときと口内に苦味を感じたのは、ほぼ同時だった。


「ユーリ」
少し身体を起こしてリナトが呼ぶ。
分かっていて、祐人は仰向けのまま天井を見上げていた。
息が落ち着かなくて声がだせない――――そんな言い訳を頭の中で用意していた。
「何拗ねてるんだ」
リナトが身体を起こし、祐人を見下ろす。
「拗ねてなんか、いないよ」
「じゃあ、なんで返事をしないんだ。さっきから」
「できなかったんだ」
「ユーリはそんなことは言わない」
「……そうだよ。僕はユーリじゃない」
現実が自分に覆いかぶさってくる。
祐人として生きてきた世界では与えられたものをただ受け入れる生活をしていた。テスト前に勉強するのが面倒だとか、冬に布団から出るのが嫌だ とか、嫌なことなんてそんなことぐらいだった。親から愛されないとか、慰め物にされるとか、自分の感情を押し殺して人に仕えるなんてことは想像もできな い。今だって、ユーリが作った環境に胡坐をかいている。

リナトが大きく息を吐いた。
「何が気に入らないんだ」
「何もないよ」
「じゃあ、なんでそんな不満そうな声を出すんだ」
「じゃあ、僕が元にいた世界へ帰りたいって言ったら、帰れるの? できないことを言ったところで仕方ないよ」
思ってもいないことが口からでた。
できないことを言っても仕方ない。
リナトが愛しているのはユーリだ。それは疑う余地なんてない。自分に優しいのは、愛してくれるのは、姿も声もユーリだからだ。
リナトは小さくかぶりを振った。
「それがお前の本心なのか?」
「そうだよ」
目の前の人は、自分を見ながら別の人を見ている。それはきっと何があっても変わらない。自分のことを見てもらうことはできない。
「お前、俺のことを好きだって言っただろ。あれは嘘だったのか?」
「だから……だから、帰りたくなることだってあるだろ」
「は?」
リナトが怪訝そうな声を出す。
「リナトはユーリしか見てない。僕はユーリじゃない、祐人だ」
言った後ですぐ、祐人は後悔した。時間を戻せるなら戻したい。言葉を取り戻せるなら取り戻したい。そう思っても全て後の祭りだ。
取り繕う言葉もなく、しばらく沈黙が流れた。
「いいんだ。リナトごめん」
リナトに八つ当たりしても、それこそ仕方ないことだ。リナトは今の状況を望んでいるわけじゃない。自分だけじゃない、リナトも、そしてユーリも、どこかで 狂ってしまった歯車のために、望まない状況に置かれている。

「祐人」
突然自分の名前を呼ばれて、祐人は身体が固まった。
初めてだった。嬉しいはずだった。好きな人が今始めて自分のことを認めてくれた。なのに、素直に喜べない自分がいた。何か正体の分からない違和感を胸の奥 で感じた。胸の奥で何かが燻る。
「最初は、お前を祐人と呼ぶことに抵抗があった。違うと分かっていながらどうしてもユーリだと思えた。だけど、このごろは思うよ。お前をユーリと呼ぶこと に抵抗を感じる。姿も声も同じなのに、やっぱりお前はユーリじゃない」
「あ……」
「お前のことは嫌いじゃない。嫌なやつなら、たとえ、身体がユーリのものでも抱いたりはしない。ユーリの身体を奪っていること自体が許せなくて殺してい た。そして、ユーリの後を追ったよ」
「そんな……」
「それができなかったのは、お前だからだ。祐人」
リナトの唇が祐人の頬に触れた。
「ユーリは、もう戻ってこないのかもしれない。そうならば、俺はお前と居たいと思う。ずるいかもしれない。俺がお前にユーリを見ていることは確かだ。それ が 許せないといわれても、俺にはどうすることもできない。本気でお前が帰りたいと望むなら……いいよ、お前の望む通りにしよう」
リナトが耳元で囁く。
「それって?」
望む通り?
「胸を一突きすれば、そんなに苦しむこともないだろう。酔わせてやるよ、祐人。お前がイった時、ひとおもいにやってやるよ。そうすれば、何も分からないう ちにお前の魂はユーリの身体から離れて自由になれるだろう? 元の世界へ帰ればいい」
「リ……リナトはどうするの?」
おそるおそる祐人は口にした。そんなことをすれば、ユーリはもう戻れない。
「俺のことは気にしなくていい。自分のことだ。好きなように処分するさ」
祐人は胸がきゅっと痛くなった。
「いやだ、リナト」
「でも、帰りたいんだろ?」
「僕が帰るときは、ユーリが戻ったときだ。そう約束したよ」
「変わらないものなんてない。気持ちもだってそうだ。約束なんて時に意味がなくなる」
「でも嫌だよ、リナト」
「でも、ユーリを待っていたらいつになるか……そんなときが来るのかさえ分からない」
いつか分からないその時を待つか、それとも、自分達の手で幕を降ろすか。
「待つよ」
それがいつになるか分からない。もしかすると、その時はこないかもしれない。それでも。
「それで、いいのか?」
リナトの問いかけに祐人は頷いた。
「リナトが好きだと言ったのも、本心からだよ」
好きな人を不幸にはしたくない。
「祐人」
リナトが抱きしめてくる。
自分を認めてくれることを望んでいたはずなのに、自分の名を呼ぶリナトの声に祐人は心の奥で何かひっかかるものを感じた。

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