単調な日々が過ぎていく。
街では何かが起こっているかもしれない。けれど、自分が聞いた悲鳴 は別の世界で起こっていたことじゃないかと思えるほど、草原は平和だった。時々走りぬける動物を見る。それは、鹿で、祐人の姿を見ても関係なく走り去って いく。空を大きな羽を広げた鳥が飛ぶ。ここに自由に出入りできるのは羽を持つ鳥だけだとリナトは言ってい た。小さく旋回する鳥はそこに獲物がいることを示している。急降下した鳥はたぶん、獲物を捕まえたのだろう。どこかへ飛んでいってしまった。
穏やかな日々を暮らしながら、祐人は満たされないものを持て余していた。

「怒らないで、聞いて」
夕食の後、おやすみと言われる前に祐人は口にした。もうここ一週間ほどまともに寝ていない。
「何だ?」
顔をあげたリナトが目を細める。
祐人は視線を伏せると、手を伸ばしてリナトの腕を掴んだ。
「抱いて、欲しい」
疲れているのは分かっていた。それでも、身体は欲しがっていた。満足できるまでとは言わない。ただ抱きしめてくれて、触れていられるだけでもいいと思う。 抑えきれないほど、身体はリナトの肌を恋しがっていた。
「嫌だ、とお前は言っただろ?」
「え……」
いつ? 
「今、思えばあの時は、もうお前だったんだろ?」
「いつ?」
そう言葉に出しながら、祐人はリナトに初めて抱かれていたときのことを思いだした。
「強張っていた身体は雷に怯えているだけだと思っていたけれど、違ったんだろ?」
「あの時は……」
自分に何が起こったのかさえ分かっていなかった。
祐人は自分の腕で身体を抱きこんだ。
「ユーリが……欲しがっているのか?」
祐人がふっとあげた視線に、リナトは笑みをこぼした。
「ユーリも、お前ぐらい素直になればいいのに」
伸ばされたリナトの腕に祐人の頭は抱きこまれた。


指が身体の奥を探る。自分から望んだことなのに、身体は強張っていた。
明かりは落とされて、けれど、窓から月明かりが差し込んでいて、ぼんやりとした中でもリナトの顔は見えた。
「好きなやつはいるのか?」
祐人の肌に唇を落としながら、リナトが訊く。
「いた……けど」
もう終わらせなければいけない。相手に想いは通じない。
「いないのか」
「いない……わけじゃない」
まだ残る思いはある。顔を思い浮かべれば、胸に痛みが走る。
「どちらかじゃないのか?」
リナトが顔をあげて、祐人を見た。
「もう……んっ……忘れなきゃいけない」
リナトの指が快感に触れる。思わず握りこんだ手はシーツを掴んでいた。
「なぜ?」
「僕の気持ちは……向こうには迷惑なだけだから」
「想われて、迷惑なやつはいないだろ?」
「好きでもないやつに、好かれたら……迷惑だよ」
それも、男が男になんて、知られたら悪い噂の的になる。
「それは、自分の気持ちを相手に押し付けるからじゃないのか?」
「押し……付ける?」
「好きになって欲しい、キスしたい、抱きたい」
「あっ……ん……」
息があがってくる。リナトに特別な感情があるわけじゃない。けれど、与えられる刺激を身体は全て吸収する。そして、身体の奥から熱くなってくる。
背筋が汗ばんでくるのを感じる。息が苦しくて身体全てが鼓動する。
「好きなやつがいるなら、そいつに抱かれていると思えばいい」
リナトは指を抜き起き上がると、祐人の身体をひっくり返した。
祐人の腰に手をかけ、リナトの動きが止まった。
「……それは、女か?」
問いかけられて、うつ伏せのまま、祐人はかぶりを振った。
「それなら、ちょうどいい。俺はユーリだと思わせてもらうよ」
リナトが祐人の腰を抱えるようにして持ち上げる。
窄まりに押し当てられるものを感じる。それはそのまま埋め込まれた。異物感はあっても、痛みは無かった。男のものを受け入れることは痛みが伴う と、その手の本には書いてある。けれど、小さな頃から男を受け入れていただろうユーリの身体はそれに慣れているのかもしれない。
埋められたものに感じるのは快感だった。
「んん……」
祐人は枕を掴み、額を押し当てた。
――――遼平が、抱いてくれてる?
そう思え、とリナトは言った。
背中に触れる手は暖かく優しかった。そこが感じるのだと、分かっているようにすっと撫でてくる。身体はリナトの手の反応するように身じろぐ。
遼平――――そう頭の中で呟くと、遼平の後姿が浮かんだ。ゆっくりとこちらへ振り向き、笑みをこぼす。
『祐人』
そう呼ぶ遼平の声が頭の中に響く。実際の笑顔はもう見ることはできないかもしれない。けれど、思い浮かべる遼平は笑っていてくれる。
唇が背中を這う。そのひとつひとつが、身体の奥を熱くする。自然に腰が動いていた。
「焦らさないで……」
身体が待っていられないという。早く欲しいとねだる。
「ふっ……我が侭だな」
リナトの声に遼平の声が追いかけるように重なった。壁に落ちるリナトの影に遼平が重なる。
腰に手を添えられ、祐人はリナトに突き上げられた。
「うっ……っ」
身体が押し上げられ、突かれた先に快感が広がる。
――――遼平
リナトの言う通りだ。自分は遼平に望んでばかりいた。好きな人には想いを返して欲しいと思う。
ならば、思いを返してもらえなければ、人を好きになったことは無駄だったのだろうか。
それは違う気がする。漠然とした思いでしかないけれど、遼平を好きでいたことを無駄だとは思いたくない。

突き上げられる度に広がる快感は、頭の芯まで震えさせる。
自分の息遣いが響く。擦られているところは、ぴちゃぴちゃと温まった潤滑油がしめった音を響かせる。
「あ、ああっ」
遼平に抱かれたいと思った。夢の中では何度も抱かれた。
好きなんだ――――だから、今自分を突き上げるのは遼平だと思ってもいい、よね?
祐人はきゅっと手を拳に握ると、腰をリナトにあわせて揺らした。突かれるたびに、快感は深くなる。背後からリナトの熱い息遣いも感じた。
「ああっ、もう――――」
走る身体を止めることはできなかった。応えてくれるように、突き上げる動きが早くなる。
「ああ……っ」
身体の奥で弾けた熱は、身体中に広がっていく。
更に突き上げられて、最奥を突かれ、身体の中で震えるものを祐人は感じた。


身体は満たされて、気だるさを纏っていた。
ベッドの上で壁に背中を預け座るリナトの肩に、祐人は頭を寄せていた。触れていることが心地よかった。
「あなたがいなくなったら、きっとユーリは狂ってしまうよ」
触れていることの安堵感を自分の感情だとは思えない。それほど、リナトのことを知っているわけじゃない。
「それは俺の方だ」
リナトが祐人の頭を抱え込む。
愛されていると、言葉はなくても感じる。そして、きっとユーリも愛している。
「俺にはユーリしかいない」
愛しげにリナトが祐人の頭を撫でる。包み込まれる安堵感を感じながら、これは自分に対するものじゃないんだと祐人は思った。
身体だけを残し消えてしまった。その不可解な現象を理解しながら、リナトは今何を思っているのか祐人にはうかがい知れない。
「ユーリ……」
身体を抱きこまれながら、違う名を呼ばれる。
祐人には返す言葉は無かった。
「どうすれば、帰ってくるんだ」
「……雷」
ふと祐人の頭に情景が浮かぶ。あまりの眩しさに目を閉じてしまった光はたぶん雷だ。
「雷?」
リナトは怪訝そうに顔をあげた。
「あの時、僕は雷にうたれたのかもしれない……だからそのショックで……」
目を閉じた後、次に気づいた時にはここにいた。
「もう一度、雷にうたれたら、戻るかもしれない。そう言うのか?」
「うん。それしか……」
それしか、考えられない。
「駄目だ!」
リナトは祐人の肩を強く掴みながら、激しくかぶりを振った。
「そんな危険なことはできない。もし、だめだったら……もし、だめだったら取り返しがつかない」
「でも……」
他にどんな手段があると言うのだろう。
「帰りたいか?」
そう聞かれて祐人は即答ができなかった。
今、自分の身体はどうなっているのだろう。きっと、存在自体がいなくなったわけじゃない。身体が入れ替わっただけなら、ユーリはどうしただろう。何も分か らないはずだ。自分と同じように。
あの時、遼平の声を聞いた。
遼平なら、きっとユーリの力になってくれる。気持ちに気づいたはずなのに、雨の中遼平は追ってきてくれた。
「帰りたくないのか?」
リナトが怪訝そうな声を出す。
「……分からない」
それが正直な気持ちだった。
帰ったら待っているのは遼平の拒絶だろう。追ってはきてくれた。けれど、はぐらかされた告白は気持ちがないことの証明だ。
平凡な日常から離れた世界はどこか非現実で、夢を見ているようだ。そう思えるのはリナトの存在が大きいことは分かっている。守ってくれる、これはユーリの 身体だから。
「帰れば、もっと豊かな生活ができるだろ? 食べ物ひとつだって違うだろ? 」
「そうだね」
ここは電気が通ってないから冷蔵庫がない。肉も魚も干したものしかない。野菜も畑から取ってくるしかない。娯楽のひとつもない。単調な毎日が繰り返される だけだ。
「なのに、帰りたいとは思わないのか?」
リナトが祐人の顔を覗き込む。
「今は」
それしか答えられない。今は、祐人の身体に帰ることが怖い。あの時、消えたいと思ったのは事実だ。
「もし」
リナトは身体を起こすと、祐人を抱き寄せた。
「もし、どうしても帰りたくなっても、危険なことだけはしないでくれ」
続けながら更に強く抱きしめる。
「うん……約束するよ」
祐人は自分の腕をリナトの背中へ回した。
――――これは自分の身体じゃない。

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