窓の外には、満開の桜が見えた。
風が花びらを巻き上げ、白い風になる。それは、リンが消えていった風景に似ていた。
「無理することはないよ」
酒井が後ろから抱き込むようにして、耳元で囁く。
圭太は答えることを少し躊躇った。
カイが言った通り、あれからリンの姿を見ることは無かった。
「……そのために、来たんだろ」
圭太は回された酒井の手を掴んだ。
受験が終わり、進路が決まり、卒業旅行の名を借りて、二人だけでホテルに宿を取った。
「圭太……」
酒井の息を首筋に感じた。
何度か体を重ねようとしたことはあった。けれど、その度に尻込みしたのは圭太だった。酒井はいつも許してくれて、互いに慰めあうだけで済ませてきた。
「シャワー浴びてくるよ」
圭太は酒井の腕を取ると、振り返った。
「いいのか? 本当に」
酒井が顔を覗き込むようにする。
「遅すぎるって……リンはきっと苛ついてるよ」
契約が履行されたとき、記憶は失われるとリンは言っていた。
「でも、忘れたくないんだろ?」
「記憶は無くなっても、きっと、どこかで覚えてるよ」
魂の奥底で、もう思い出すことがなかったとしても。
リンに出会わなければ気持ちを告げることはなくて、きっと間違った道を歩いていた。リンの姿を見ていたから酒井の誤解を解くことは簡単で、あれから一年半
があっという間に過ぎた。
先にシャワーを浴びて、圭太は窓の外を見ながら酒井を待った。
食料や必要なものをあれこれ買い込んで、早めにホテルに入り、朝まで二人で過ごすつもりでいた。
最初、リンのことは嫌なやつだと思った。
なんでこんなやつに会ってしまったのだろうと思った。けれど、それは今、忘れたくない思い出に変わっていた。
「リン……」
風は相変わらず、桜の花びらを舞い上げている。
愛する人の元で、今はきっと幸せでいるだろうと思った。
「圭太」
呼ばれて振り向くと、バスローブをはおった酒井がベッドの横に立っていた。
『まだやってないの?』
そう言って、口を尖らすリンの顔が浮かんだ。
「お前のせいだよ……」
圭太が小さくぼやくと、酒井が怪訝そうな顔をする。
「何?」
「ううん」
圭太はゆっくりと近づくと、酒井の首に腕を回した。
「待たせちゃったね」
「ああ」
間髪いれずに酒井が答える。
押し倒されて、バスローブがはだけた。
「後悔しない?」
上から酒井が聞いてくる。
「ん」
一歩踏み出さないと、先には進めない。
触れてきた唇に目を閉じた。
お互いを確かめるようにキスを交わし、互いの体を確かめるように手を這わせた。互いのものを口に含むこともなんの抵抗もなく、熱くなる体は理性を手放して
高みに上ろうとする。
「このままじゃ……イっちゃうよ……」
口を離した酒井が荒い息をつく。
圭太も動きを止めた。
このままイってしまったらいつもと同じだ。
手を伸ばした酒井が鞄を開ける音がして、圭太は息を落ち着かせるように窓へ視線を向けた。
桜の花びらを巻き込んで白い風が舞っていた。それに、圭太はリンの面影を重ねた。
結ばれたら、記憶は失う。
「いい?」
酒井が上から覆いかぶさってくる。
「ん……」
圭太は酒井の背中へ腕を回した。
「泣くなよ?」
酒井が手を内股へ差し込んでくる。
「ん」
ぬるっとした感触がして、窄まりを撫でるようにされて、体はぴくっと震えた。
「……凌輔は、ずっと傍にいてくれるよね」
下の名前がすっと出てくるようになったのは、ここ最近のことだった。
「決まってるだろ」
撫でられたいたところに違和感を感じた。
「痛かったら、言えよ」
「ん……」
痛いのは体より心かもしれないと思った。リンの言ったことが本当なのか確かめることはできない。その時は忘れているはずだから。
「少しは俺を見ろよ」
酒井がくいとあごを上げる。
瞳の中にはずっと酒井の姿が映っているはずだった。
「ずっと見てるよ」
他にどこを見ろと言うのか。
「嘘だよ。ずっと遠くを見てるだろ? 戻れない過去を」
圭太はふっと笑いが出た。
ちゃんと知られている。
「もう、これからは凌輔だけだよ」
酒井を引き寄せて、肩口に顔をうずめた。
リンに最後に言いたいことがあった。
――ありがとう
今は感謝しかない。幸せであって欲しいと思った。
内側をかき回されて、温まったジェルがぴちゃぴちゃと音をたてる。引き抜かれた指の後にあてがわれるものを感じた。
「いいんだよな」
聞かれて。
「聞か……ないでよ」
文句を言った。
酒井がふっと笑って前髪を払うようにしたする。
「顔、よく見せて」
「やだよ」
お互い全てを見せ合っているのに、照れくさく感じた。
くっと入ってきたものに、体が仰け反る。
「大丈夫?」
「ん……」
気遣ってくれる優しさは相変わらずで、体の内側にその存在を感じて胸が熱くなってきた。
――まだ忘れてない
リンの顔が浮かんだ。
記憶を失うって言ったのは嘘?
あいつは最後の挨拶もせずに行ってしまった。
揺らされて、よく見せた不満げなリンの顔に桜吹雪が舞う。花びらが溢れてきて段々と頭の中が白くなっていく。
白い花吹雪の影で、誰かが霞んで見える。
――誰だっけ……
圭太は何か大切なことを忘れているような気がした。
体の奥から溢れていく熱は思考を溶かしていき、心も温かくなっていく。
「いい?」
腰を突き上げながら、酒井が聞いてくる。
「ん……すごく……」
気持ち良くて――夢の中にいるみたいだった。
「りょ……」
触れたくて手を上げようとしたら、酒井が手を握ってくれた。
「いいね、その顔……」
「や……」
顔を背けると、
「もう、イきそ……」
耳元に囁かれて熱い息を感じた。
勃ちあがり震えているものを酒井の手で扱かれて、
「んっ……」
腰を突く動きを早められて、
「はぁっ……」
圭太自身も酒井に合わせて腰を揺らしていた。
「あ、りょ……」
堪えきれなくなって酒井に縋ろうとして、けれど、そんな間もなく圭太は酒井の手の中で熱を放っていた。
全身を温かいもので包みこまれたように、愉悦の中に沈み込んでいく。
掠れた視界の中で大きく息を吐いた酒井が大きく天を仰いだ。
確かな酒井の存在を圭太は中で感じていた。
崩れ落ちるように覆いかぶさってきた酒井が耳元で荒い息を吐く。体の中では自分の心臓の音と息遣いが響いていた。
ふと視線がいった窓の外、空はもう暗くなっていたのに白い花びらが風のように舞っているのが見えた。
Fin.