部屋に入ると、酒井はベッドの縁に凭れて天井を眺めていた。圭太は机の上に飲み物を載せたトレーを置くと、酒井に近づいて向かいあうように座った。
「話って何?」
声をかけてくる酒井にいつもの優しさはなかった。それは当然と言えば当然で、覚悟したはずなのに、心までしおしおしてくる。
でも。
「お願いがあるんだ」
圭太は正座して額を床につけた。
言いながら、なんでこんなことしてんだよ、と思う。
「突然、何だよ」
酒井の声が驚いていた。
絶対におかしい。こんなこと頼んでしてもらうもんじゃない。
でも。
「抱いて、くれ」
額を床につけたまま、圭太は言葉にした。
心臓がきゅっと締め付けられるような気がする。お互いの気持ちが合ってないのに、愛が成就されたことになんのか?
そんな風には思えないけれど、リン曰くそういうことらしい。
「……何言ってんだよ」
酒井の声が驚きから唖然に変わる。そりゃあそうだろうと思った。
「一応、色々準備はしておいた……酒井に頼むしかないんだっ」
この際気持ちは論点の外側にある。とにかく、『すれば』無罪放免になるらしい。
「なんだよ、それ……俺で慰めようっての?」
――え?
意外な答えに圭太が顔を上げると、酒井は目を細めた。
「本当は高沢がいいんだろ?」
「え?」
酒井は何か誤解したみたいだった。
「高沢には言えないから、俺で我慢するって?」
「ちが……」
あの時の目的は違った。
「俺なら、ほいほい乗ってくると思ったのか?」
「そんなこと思ってないよ」
「じゃあ、なんで突然そんなこと言い出すんだよ。100歩譲って圭太が男を好きだったとしてもどう見たって相手は高沢だろ?」
「え?」
「高沢の隣で嬉しそうな顔してるじゃないか。あの時だって、高沢の家に行こうとしたんだろ」
「そんな……」
否定はできなかった。
「他のやつが好きだって分かってて、抱けるわけないだろ」
「あ、だから、それは――」
リンが――そう言って通じるわけがなかった。酒井にリンは見えていない。
何を言ってもいい訳にしかならない気がした。
「お前がなんで突然そんなこと言出だしたのか知らないけど、そんなこと好きなやつに頼めよ」
酒井が顔を背けた。
「あ……」
何か歯車があっていない。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「ちょ――」
圭太が待ってくれと言うつもりだった言葉は喉元で消えていった。

「うわっ」
立ち上がろうとした酒井が、バランスを崩したようにベッドの上に倒れた。
「大丈夫っ?」
驚いて圭太が立ち上がると。
『生ぬるいんだよ』
突然、リンの声が聞こえた。
「リン?」
圭太が振り向くと、リンが腕組みをしながらこちらを睨んでいた。
『だめみたいだね。じゃあ、約束を履行させてもらうよ』
「ちょっと待ってよっ」
圭太が抗議の声をあげてみたけれど、リンの耳には届いていないようだった。
まだ時間はあったはずだ。
なのに。
「なん、なんだよっ!」
酒井の叫びに近い声に圭太が振り向くと、酒井の制服が剥ぎ取られていた。まるで、衣服が意志を持っているかのようにボタンが外れ服がめくれ剥がれていく。 当の酒井の体は洋服を剥いでいくのを助けるように動くのに、顔は引きつっていた。
「リン、やめてよ!」
圭太がリンに近づこうとすると、突然体は動かなくなった。
――え?
前に進みたいのに足がびくともしなくて、腕で勢いをつけて進もうとしても腕も動かない。
『ちょっと待ってなよ。手間を省いてあげるから』
リンの声が響く。
「圭太っ。なんなんだよ」
「あ……」
そんなことを聞かれても困る。天使の仕業だと言ったところで信じてはくれないだろう。
助けたくても、自分も自由を奪われていた。
「やめろよっ!」
叫び声も空しく、酒井は下着もすべてはがされベッドの上に大の字に転がされた。
「圭太っ」
たぶん、酒井が自分の意志で自由にできるのは頭だけなのだろうと思う。酒井の困惑げな表情に圭太は返す言葉がなかった。
「リン、やめてよ……」
自分の体も動かない。
けれど、圭太は自分の体がふっと軽くなったことを感じた。
『ほら、彼は圭太のものだよ。好きにしていいんだよ』
「圭太っ」
リンの声と酒井の声が交差した。
「圭太、助けてくれよっ」
きっと逃れようとしているのだろう。酒井の体がぴくっぴくっと小さく動く。
『往生際が悪いつか、うるさいね。黙らせようか』
「リンっ」
抗議の声をあげてみたけれど、
「んん……っ、ぅ……」
それは空しく、酒井は口の自由まで奪われたみたいだった。叫びたいのだろう、ぴくぴくと震えるだけの口元が切なかった。
「やめてよ……」
こんな状態で抱くも抱かれるもないもんだと思う。
圭太はベッドに近寄りケットで酒井を包むと後ろを向いた。
「やめてよ、リン」
言って聞いてくれるとは思えないけれど、他にどうすることもできない。
『なんだよ。ここまでお膳立てしてやったのに』
リンが不満げな声を出す。
「できるわけないよっ」
圭太は頭を振った。
襲ってまで手に入れたいとは思わない。こんな状態じゃ勃つもんも勃たない。
『じゃあ、させてあげるよ』
「え?」
圭太が顔を上げると、リンがにやっと笑った。
『後ろ向いて』
――え?
自分の意志とは関係無しに、体が後ろを向く。
『まず、脱がなくっちゃね』
「ちょ――」
手が上着のボタンを外していく。
「リン、ちょっと待って!」
上着を落とすと、ネクタイに手をかけて、すっと引く。
「やだよ……」
やめたいのに、手が勝手に動いていく。自分の体はどこへ行ってしまったのか、体は別人のものになってしまったようだった。
Yシャツのボタンにも手をかけて、躊躇いのカケラもなく外していく。
「リンっ!」
『そんなに騒ぐと誰か来ちゃうかもよ。あ、そっか、やってるトコ見せたい?』
「り……」
声が出せなくなった。
手はもくもくと仕事をこなすかのようにボタンを外していく。Yシャツを下に落とすと、今度が足が一歩でた。
酒井が不安そうな顔で見ていた。
頭でいくら命令しても、体は思うようにならなくて、自分でかけたケットを外し、酒井の上に覆いかぶさる。
『男って便利だよね。両方できるもんね』
リンが暢気そうな声を出す。
圭太は何もできない自分が悔しかった。
「ごめん」
酒井を目の前にしてこんなことしか言えない。酒井は眉根を寄せ当惑していた。
「んっ……」
何かを言おうとする酒井の言葉はリンに奪われていた。
「ごめん……」
こんなことをしたいわけじゃない。なのに、手が酒井の肌に触れた。体は相変わらず自分の意志通りには動かなくて、でもそのくせ感触だけはあった。
首筋から下に向かって撫でていく。反応するように酒井ぴくぴくと体を震わせた。
『僕は優しいから、すぐ突っ込めなんて言わないよ。かわいがってあげてね』
リンが笑いながら言う。
――なんだよっ!
悪態は心の中でしかつけなかった。
本当に優しいのなら、こんなことさせるはずがない。
向かいあう二人の意志とは関係なしに、コトは行われていく。
胸の突起を摘むと、
「っ……」
酒井が顔を逸らせた。
罪悪感と共に、その仕草にぞくぞくする自分を圭太は感じた。
「ごめん……」
出る言葉は謝罪で、なのに手は酒井の体を這い回る。下腹部に触れると酒井が唇を噛み目を硬く閉じた。
『舐めてやれば?』
リンの声に従うように、手は酒井のものを掴んで、口は躊躇いもなくそれを含んでいた。
「んんっ……ん――」
抗議するような酒井の声が耳に届き、反応するように体がぴくっぴくっと波打つ。
――ごめん
口に頬張ったもので声は出すことができず、圭太は心の中で謝ることしかできなかった。
ぴちゃぴちゃと淫猥な音が耳の中に響く。
「んっ、んん……ん」
酒井の抗議は喘ぎにも聞こえ、口の中のものは質量を増していく。
『なんだ、ちゃんと感じてるじゃん。そろそろいいかな』
せせら笑うようにリンは言い、口は役目を果たしたかのように酒井のものを離した。
『何もなきゃ無理だろ』
リンがビンを渡してくれて、それを手は受け取っていた。
開けて、手に取って、酒井の奥に塗りつける。
「ちょっと待ってよ、リン……」
このままでは、本当にやってしまいそうだと思った。
ただ、圭太のものはいつもより多少大きくはなっていてもまだ使いものにはならなかった。
『情けないなあ』
リンは呆れたように言った。
圭太の手は自分のベルトを外すと、ジッパーを下ろし、中のものを取り出すと扱き始めた。
「嫌だよっ!」
叫びながら、手は自分を高めていく。
『ほらほら、大声出すと、誰か来ちゃうかもよ』
リンがいやらしげな声を出す。
抵抗なんてできずに、嫌だと思うのに、直接刺激を与えられたものはその質量を変えていく。
「リン、お願いだよ……」
縋れるのはリンしかいなかった。
「あと、一日だけでいいから待って……」
この状態で結ばれたって、不本意でしかない。
「一日?」
リンの不満げな声が聞こえた後、ばさっと羽の音が聞こえ、圭太は体の力が抜けたようにベッドに座りこんだ。

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