「圭太」
呼ばれて顔を上げると高沢がいた。
「何?」
高沢までくすんで見えた。
「お前、酒井と喧嘩した?」
「……ううん」
「じゃあ、なんで二人して辛気臭い顔してんの?」
高沢が酒井を目で示す。
「え、別に、そんなことないよ」
圭太も酒井に視線を向けた。
確かに、いつもは一緒にはしゃいで、とまではいかないでも笑いながら話をしたりしていた。
けれど、今は何を話していいのか分からなかった。
「昨日の帰り、何かあったのか?」
聞かれて、
「別にっ」
咄嗟に否定していた。
いくら高沢でも答えられない。
憧れていて、尊敬してて、高沢の言うことならきっと全部信じてしまうだろうと思うやつだけれど、こればかりは話が別だ。
「そっか?」
高沢が訝しげな顔をする。
「うん」
圭太は机から英語の教科書と辞書を取り出した。
せめてものカモフラージュ。
それくらいしかできない。
昼休みは、どこへ行ったのか酒井の姿が見えなかった。
「ほんとに、何でもないのか?」
高沢が焼きそばパンをかじりながら聞いてくる。
「うん。どうしたんだろう」
答えながら、ばりばり避けられてるじゃんと悲しくなってきた。
弁当を口に運びながらも、味も分からなければ中身もなかなか減らなかった。
――だから言ったじゃん
圭太はリンの顔を思い浮かべた。
避けられるくらいなら友達の方が良かった。
放課後もしかり。
掃除当番を終えて帰ってくると、鞄はもうなくて、いつもは待っていてくれるだけに凹んでくる。
高沢は訝しげな顔を見せるだけで何も聞いてはこなかった。
きっと聞いても無駄だと思っただけだと思う。
ただ告白して振られただけなら、凹んでいればいい。けれど、少し事情が違う。
――これで、どうやって『やれ』って言うんだよ
期限は一週間と決められていた。
その後、リンは何をしてくるか分からない、本当に。
三日後、今日は塾が無い日のはずだと思ったのに、放課後酒井を捕まえることはできなかった。
「酒井にも聞いてみたんだけどさあ」
高沢が呆れたように言う。
「なんだって?」
自分ではとても聞けない。
「なんでもないって言うんだよなあ。なんか、俺、避けられてるみたいなんだけど」
「え?」
高沢まで?
「ピザまんかカレーまん、半分づつにしようって言ってたのを圭太にやっちゃったから拗ねてんのかなあ、でも、そんな様子なかったよなあ」
ぼやくように言う。
「それはないよ」
圭太はきっぱり否定した。
そんなけっちいやつじゃない。だいたい、自分が告白したことが原因であることはほぼ間違いないと思う。けれど、それでは、高沢まで避けられる意味は分から
ない。
ため息と共に、圭太は帰途につくしかなかった。
――どうしよう
そう思いながら時間は過ぎていく。避けられている状況は改善しなかった。
気持ちは焦るけれど、良い案は浮かばなくて、だいたい避けられている状況では何もできない。
リンと約束した一週間後の朝、圭太は覚悟を決めた。
朝いつもより早く行って駐輪場で待った。それが一番捕まえやすい。
駐輪場の入り口で待っていると、酒井は途中で自転車を降りると、押しながら近づいてくる。
「酒井」
名前を呼ぶと、圭太はできる限り頭を下げた。
何をするか分からないリンの手にゆだねるのは嫌だった。
「おはよ」
酒井は単なる挨拶をして、通り過ぎていこうとする。
「酒井」
腕を掴むと酒井が振り向いて悲しげな顔をした。
手の力が抜けそうになって、けれど、圭太は今しかないんだと思った。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
とにかく頼み込むしかない。
「もう少し時間くれないか」
酒井が視線を落とす。
それは考えてくれているということで。自分の都合だけなら、いくらでも考えていて欲しい。
でも。
「ごめん。時間がないんだ」
正確に一週間というなら、今日の夜にもそれは過ぎてしまう。
「じゃあ、放課後でいい?」
「あ、うん」
「じゃあ」
短い言葉と腕を離せよと言っているような酒井の視線に、圭太は大人しく腕を離した。
「放課後だよ」
確認するように圭太は後ろから声をかけたけれど、酒井の反応は無かった。
こんな調子で、愛を確かめる行為なんてものができるわけがない。じっさい、いつもとは違う酒井の冷たい対応に大事なところはしおしおしていた。
リンに理不尽だと抗議しても受け入れてくれるはずがない。
責任者をだせと叫んでみても、どこに居るのかさえ分からない。
「絶対あいつは天使なんかじゃないよ……」
できるのはぼそっと愚痴ることだけだった。
放課後。
不本意そうな顔をしながらも、酒井は教室にいてくれた。
ここで話をするわけにはいかない。
「うちに来てくれよ」
圭太は酒井の顔をうかがいながら聞いてみた。
頼み込んでOKしてくれるかどうかは分からないけれど、一応用意なんてものもしてみた。
「……分かった」
躊躇いがちに酒井は了承してくれた。
けれど、自分がしようとしていることなんて、考えもしないのだろうとは思っていた。
酒井の少し後ろを付くように、圭太は自転車を走らせた。
酒井の家の方が少し遠くて、一応通り道にはなる。来たことも何度もある。
酒井を先に部屋へ通し、飲み物なんぞを持って圭太は部屋へ戻り、部屋の前で一度立ち止まった。
――いいのか?
できればそんなことはしたくない。
けれど、いつどこから沸いてくるかわからないリンは脅威だった。