「ずるいのはどっちだよ」
圭太はほっとした。リンが自分のところにいる間は酒井は無事だ。
だいたい好きな人を当てられなかったら諦めると言ったのに、勝手に姿を消したのはリンだ。文句を言われる筋合いはない。
「どうやって説得しようか、考えてたのに」
リンは更に口を膨らます。
「諦めるって約束だっただろ?」
武士に二言はないと言った。
「ずるいよ。告白するなんて言ってなかっただろっ!」
質問には答えてくれなくて、今までもそうだったけれど、都合のいいことしか聞かないらしい。
「突然いなくなったくせにどうやって言うんだよ」
ずるいのは絶対リンだと思う。
「おかげで天使の矢が使えなくなったじゃないか!」
――は?
「そんなの、知らないよ」
ただ、天使マークは消えていた。あれを的にするのだとリンは言っていた。
「告白されちゃうと天使の矢の効力は消えちゃうんだよ。だから、ほら!」
リンが目の前で契約書を開いた。
――え?
書いた時は黒だった自分の名前が黄緑色に光っていた。
「これ……」
「有り得ないよっ!」
「どういうこと?」
そういえば、酒井の額にあったマークも黄緑色だった。
「天使マークがある間告白すれば、天使の矢の効力はなくなるんだよ」
「は?」
「だから、天使に対する報酬はなくなるんだ」
「報酬?」
「コインだよ。ただ働きになるってことだよ!」
「それって……」
「ああ、もうっ!」
「どういうこと?」
よく分からない。
「天使の姿が見えるってことは、好きだけど告白できないって子なんだ。だから、天使が少しの力を与えてやるんだよ。なのに、どうするんだよ!」
「そんなこと言われても……」
天使の事情なんて知らないし、結果が分かっていてしたことじゃない。
「ああ、もう!」
リンが頭をかきむしる。
「なんで、ただ働きなのに見守らなきゃならないんだよ」
――え?
「見守る?」
「そうだよ。こうなったら、さっさとやってもらうからね」
「は? 何を?」
「忘れた? 契約は何をもって履行されたとされるか」
「まさか?!」
「そう! 早く体の関係になってね」
「ええっ」
「明日から、がんばってよ!」
「ちょっと待ってよ。リン」
展開が早すぎる。だいたい、酒井からの返事だってちゃんともらっていない。酒井は好きだと言ってくれたけれど、あれは、友達という意味に取れた。
「協力は惜しまないよ」
リンがふっと笑う。
「何するんだよ」
「ひ・み・つ」
「やめてよ」
今までのリンの行動を見ても、とんでもないことをしでかしてくれるような気がする。
「じゃあ、一週間待つよ」
「そ、そんなの無理だよ」
「それ以上かかるっていうなら、こっちにも考えがある」
「ちょっと待ってよ」
「だから、一週間待つって言ってるじゃん」
「いや、だから、それじゃ――」
告白して、頭から否定されなかったことは幸いだと思う。だけど、これ以上酒井に嫌われるようなことはしたくない。
「じゃあ、一週間後にね」
「ちょ――」
声をかける間もなく、リンの姿は風のように消えていった。
「嘘だろ……」
一難さってまた一難とはよく言ったものだと思う。

けれど。
酒井と?
そう思ったら、体の奥が疼いた。
――有り得ない
頭を振って、妄想を振り払おうとしたけれど、もしも――そう思う。
あるのかな?
ハードルを一つ越えて、その先を望む自分がいた。
リンの手を借りずにと思ったのに、結局、手を借りたことになるのかな?
リンに矢を放たれる前にと思わなければ、告白なんてできなかった。
だけど、もうリンの手は借りたくない。
「結局――」
嫌われることになるのかもしれない。けれど、何をするか分からないリンに振り回されるのはたくさんだと思った。
「でも、どうやって?」
酒井は週に三回塾に行っているから、チャンスは四回しかなくて、今日は休みだったはずだから、明日明後日は塾があるはずだから、その次?
でも、酒井の貴重な時間を自分のために割いてもらうことも申し訳ない。
「もう……」
なんでこんなことになったんだ、と思った。
「リン?」
呼んでみても返事は無かった。
一週間後、それは遠くも近くにも感じた。


晴れ上がった空の下、暑くも寒くもないこの季節、自転車で走ることは爽快だった。
なのに、心にくすぶることがあると、空の色までくすんで見える。
自転車のペダルを押す足がなんとなく重い。
こんなに遠かったっけと、圭太は学校に着いたとき思った。
駐輪場から出てくる酒井の姿を見て、圭太は止まった。
いつもなら、横を元気よく通り抜け肩をばしんと叩いてやるのに、とてもそんな気にはなれなかった。
「あ、おはよ」
気づいたらしい酒井が声をかけてくれた。その声がいつもと違うように感じた。
「おはよ……」
とりあえず言葉を返し、なんかしみったれた挨拶だな、と思いながら先に続く言葉もなかった。
いつも何話してたんだろ。
そんなことが疑問になって浮かんでくる。
静かに交差して、酒井は校舎へ圭太は駐輪場へ向かった。
関係は変わらないのかと昨日は思ったけれど、それはやっぱり違ったんだな、と思った。
圭太が振り向くと小さくなっていく酒井が見える。
こんなことは今まで無かった。
早く置いてこいよ、と言って待っていてくれたはずだ。
体の関係?
そんなことは遥か遠くに感じた。

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