貰ったピザマンの味は分からなかった。
リンの姿は消えたきり、呼びかけてみても返事がない。
借金取りじゃあるまいし、契約書持ってトンヅラはないんじゃないの? と圭太は思った。
「どうしたんだよ」
酒井が声をかけてくる。
マンションの入り口で高沢と別れて、それから、自転車を走らせる気にはなれなくて、圭太はとぼとぼと自転車を押していた。
少し先に行った酒井は待っていてくれて、自転車を降りてくれて、並んで自転車を押しながら歩いていた。
太陽は落ちていて、ところどころある街路灯が明かりを落としていた。
酒井を見ると、額にくっきり浮かぶ模様がある。暗い中、それは黄緑色の光を放っていた。
ハートの両側に羽が付いていて、ハートの中には何か記号らしきものが書かれていた。
恥ずかしさと多少の凹みを感じた。
自分が好きなのは酒井だと自覚はしていた。けれど、それをはっきりと見せ付けられると複雑だと思う。
「高沢に何か用があったんじゃないの?」
答えなかった圭太に焦れたのか、酒井は続けた。
確かに用はあったけれど、それは一瞬で済んだ。
思いがけず酒井までいて、リンは高沢の額に現れると思っていた印が酒井の額にあったことを見たはずだ。それを知って姿を消したとすれば、いったいどうする
つもりなんだろうと思う。
まさか――強制執行?
どこにいるのか分からないリンを止めることはできない。
どうしよう。
それならば、いっそのこと今気持ちを告げてしまった方がいいんじゃないかと思えてきた。
今なら、酒井が本当にどう思ってくれているのか分かる。リンの手で天使の矢とやらを打たれてしまう前に――。
「あのさ」
圭太は立ち止まった。
絶対に告げることはないと思った言葉だった。
「何?」
酒井も合わせて止まってくれた。
いつも優しい。
その優しさを次の瞬間失ってしまうかもしれないことをしようとしていた。
「あのさ……」
次に続く言葉は喉元で止まってしまう。
「何だよ。相談があるのなら何でものるよ。だけど、俺でいいの? 高沢が良かったんじゃないの?」
優しさに胸がちくっと痛む。
「俺がいたから言えなかったのか?」
酒井が続けた言葉に、
「いや、違う」
圭太は咄嗟に否定していた。
「じゃあ、高沢のところへ戻る?」
「そうじゃないんだ」
後に引けなくなった。
「圭太」
呼ばれて心臓がどきっと跳ねる。
「あ……」
どうしても声がでない。
「そんなに深刻なこと? こんなところじゃなくて、どっか入る? それともうち来る?」
「ううん……」
どちらかといえば相応しい場所で、河沿いのサイクリングコースなんて陽が落ちてから歩く人はいない。明かりを灯す街灯にぶつかる虫の音と河のせせらぎくら
いしか聞こえる音は無かった。
「遠慮するなよ。誰にも言うなって言うなら守るよ?」
「うん」
信用していないわけじゃない。
圭太はゆっくりと深呼吸をした。
もう、きっとこんなチャンスはない。
「驚かないでくれよ」
「ああ」
「酒井のこと……」
胸が苦しくなった。圭太は喉をごくりと鳴らすと視線を伏せた。薄暗い中でも、見せるだろう酒井の反応が怖かった。
「好きなんだ……」
一気に言葉にした。言って、身体の力が抜けた。
――言っちゃったよ
少し後悔と、でもすっきりした気がした。
「俺?」
酒井のきょとんとした声が聞こえて、
「うん」
圭太は素直に頷いた。今更、言い訳をしても仕方ない。
ゆっくりと圭太が顔を上げると、
――え?
酒井の額に目が釘付けになった。
なんで?
さっきまであったはずの、天使マークが消えていた。
「圭太、それ本気で言ってる?」
訝しげな声を出し、
「いや、圭太が俺をからかおうとしてるって思ってる訳じゃないけど」
フォローまでしてくれる。
「うん。本気だよ」
頭から否定されなかったことに、ほっとした。
気持ち悪い、と言われて一刀両断されたらやっぱり辛い。
「俺も圭太のことは好きだけど……」
戸惑うような声を出す。
同じ好きでも種類が違うのだと瞬時に分かった。
「ありがと……」
優しさが嬉しくて、涙が出そうになった。
「いや、そんな……」
気を使わせているのが分かる。
しばらく言葉もなく、二人で突っ立っていた。
どうしたら、何を言ったらいいのか分からなかった。
突然、自転車のベルが聞こえて、小さなライトを点けた自転車が横を掠めるように通っていった。
その自転車を見送って。
「帰ろうか」
酒井が言う。
「うん」
ここで立ち尽くしていても仕方ない。
二人で並ぶように自転車を走らせ、
「じゃあな」
「うん」
いつものところで別れた。
家まで帰ってきて、圭太は大きく息を吐いた。
良かったのか悪かったのか告白したのも関わらず関係は変わらないらしい。
部屋に戻って、ベッドに腰を下ろすと
「ずるいよ」
突然リンの声がして、圭太が顔を上げると口を膨らませたリンがいた。