――どうしよう
高沢に変なことを言えば、それは全部酒井へ通じる。
「えっと……」
イリュージョンだって手品だって種は必ずあるわけで。
仕掛けられた人間は絶対に他人に話さないという誓約書を書かされるらしい。
今の高沢の立場がそれだ。ならば、高沢は種を知っていなければいけない。
けれど、その種が高沢には見えない。
「圭太?」
高沢が眉を寄せ怪訝そうな顔をする。

『ほら、契約しちゃえばいいじゃん。そうしたら、僕も圭太もハッピィになれるんだから』
天使という名の悪魔が囁いてくる。
――好きな人に望んでいるのは恋人なんていう関係じゃない。
圭太が心の中で呟くと。
『じゃあ、何さ』
リンが聞いてきた。
友達だよ――恋人なら別れがあるかもしれないけど、友達なら別れはない。
そう。
今の関係で満足していた。
『ホント?』
リンが疑わしそうに聞いてくる。
ホントだよ――そう言えたらいいのにと思いながら。
言葉は詰まった。
少しだけ、ほんの少しだけ、違うと思う気持ちがある。
『ほら、契約しちゃえよ』
リンがまるで足元を見たように言ってくる。
圭太は答えることができなかった。
「圭太、これはいったいどういうこと?」
高沢が追い詰めてくる。
『早く決めちゃえよ』
リンも急かしてくる。
気は焦るけれど、決断なんてできなかった。

『は、や、く』
リンの声がゆがんで聞こえた。
リン?
どうしたのだろうと思って顔を上げると、目の前の高沢の顔が膨張して歪んでいた。
「ちょ――」
圭太は思わず息を呑んで、身体は固まった。
まるで粘土のように、高沢の身体はぐにゃっと形を変えていく。
「リンっ?」
何が起こったのか分からなくて、でも、原因はリンにあると思った。
リン?
辺りを見回してもリンの姿は見つけられなくて。
「リン? どこ?」
けれど、リンを呼ぶことしかできない。
「こ・こ・だよ」
先半分は歪んだような声だったのに、それは急にリンのものになった。
変形した高沢の身体は人型に戻ってきていた。
「え?」
「まったく!」
目の前でリンが呆れた顔をする。
「これは、三回しか使えないし、五分しかもたないんだぞ」
――だから?
「最後の手段だったのに」
リンがぷうと頬を膨らませ、睨んできた。
そんなことは知ったことじゃない。

「じゃあ、いいよ」
圭太はこっちも最後の手段にでようと思った。リンに翻弄されるのはたくさんだと思った。
「僕の好きなやつを当ててみてよ。当たったら契約するよ。そのかわり外れたら手を引いてよね」
一か八かの賭けではあった。けれど、勝機は自分にあると確信していた。でなきゃ、こんなことは言わない。
「え、高沢俊一でしょ?」
リンがきょとんとした顔で言う。
「それがリンの答えだね」
やった、と圭太は心の中でガッツポーズをとった。
「え、違うの?」
「質問はなしだよ。高沢だね」
「ちょっと待ってよ!」
リンがあわてたように手を握ってくる。リンの手は柔らかくて男のものとは思えなかった。
「え、でもさ。それじゃ、圭太が好きなように答えを操れるじゃん」
リンが不満そうに口を尖らせた。
「もう、いい加減諦めてよ」
うんざりしていた。
「じゃあさ、一度契約すればいいんだよ。そうしたら、圭太が本当に好きな相手が分かるじゃん。僕が外れたら潔く諦めるよ」
――え?
「ホントに」
ちょっと光が見えてきた。でも、相手がリンだけに不安は残る。
「後で答えを変えたりしない?」
ちょっとリンを睨んだ。
「しない。しない。決着つけよう。武士に二言はない」
は? 武士?
ちょっとひっかかりを感じる言葉だなと思ったが、潔く諦めると言った方が勝っていた。
下手に機嫌を損ねて、もっと面倒になるのは嫌だと思った。
「分かった」
「じゃあ、これ」
リンが契約書なるものを出してくる。
一度手に取って。
「約束は守るよな」
リンに確認した。
「うん。モチロン!」
はっきりくっきり、返事は潔い。
それでも、手が止まった。
「ホントだよね」
「うん」
ゆっくりと大きくリンが頷く。
このままではリンは離れてくれそうにない。
――ええい!
勢いをつけて、圭太は名前を一気に書いた。
「これでいい?」
圭太が顔を上げると、リンがにっこりと笑う。
「契約成立おめでとう!」
「え?」
「ちょっと待てよ! 話が違うだろ?」
名前を書いてしまったことを、すごく、ひどく、まったく後悔した。
「なんで? これで高沢に天使マークがついていれば、いいんでしょ?」
「え、あ、うん」
確かにそうだ。
「今から確かめに行こう!」
まるで、ハイキングに行くみたいにリンははしゃいでいるように見えた。
「……いいけど」
少し不安になった。
もし、本気のお相手が高沢だったら?
そう思って、その考えを打ち消した。絶対そんなわけが無い。

自転車の二人乗りをして、高沢の家に行った。
で。
「なんて呼び出そう」
圭太はリンを見た。
「会いたくなって、って素直に言えば?」
当然と言ったように言ってくるリンは自分の答えに自信満々のようだった。
圭太はリンが少し可哀想になってきた。
これで、高沢に天使マークがついていなかったら、リンは落胆するだろう。
かと言って、ここは譲れない。
リンに相談しようと思った自分がバカだったなと思いながら、どうしようと思っていると。
「圭太?」
後ろから高沢の声がした。
「え?」
振り向くと、高沢と酒井が並んで立っていた。
――あ!
これが天使マークかと思うと、圭太は呆然とその印を見つめてしまった。
「ずいぶん鼻が利くんだな」
高沢が紙袋をかざす。肉まんのいい香りが漂ってきた。
「ピザマンかカレーマンか迷って二つ買ってきたんだ、だから、丁度三つあるよ。圭太もうち来る?」
高沢が聞いてくる。
「えっと……」
圭太が迷っていると、
「冷めたら美味しくなくなるだろ。行こうぜ」
酒井に押された。
「あ、うん」
頷きながら振り向いてリンを見ると、リンが今までいたはずのところにはいなかった。
あれっと思って、圭太が辺りを見回してもリンの姿は見えなかった。
――え?
名前を書いた契約書を持ったまま、リンの姿は消えていた。

back | prose list | next

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル