「え、あ、だって。恋人になったからってやるとは決まってないだろ」
今は酷く少なくなっているらしいが、結婚まで操を守る人もいるらしい。
「うん。早くて、即日。長いときは二年も待ったよ」
「はあ――」
言葉がなかった。
「まさか、リンはずっと付いて見てんの?」
「そんな無粋なことはしないよ」
リンがぶるぶるとかぶりを振る。
「待ってられないし、二年なんて。矢さえ放ってしまえばできることはないから、時々様子を見に行くだけ。後は次の契約者を物色したり、あんまり長いと大天 使のところへ行って新しい契約書貰ってきて次の仕事したり……」
「へえ――」
と感心しながら。
「いいの? こんなにべらべらしゃべっちゃって」
少し不安になった。
秘密を知られたと消されたら嫌だ。
「うん。どうせ、契約が履行されたり破棄された時点で、僕の記憶は消されるから」
「……ふーん」
ならば、契約をしなければ記憶はそのままなわけで、それにリンは気づいているのかな、と思う。
どちらにしても、リンからすれば絶対契約を取るつもりなんだろう。迷惑なことに――。
「で、サインして」
リンがにこっと笑う。

「だからぁ――」
話は永久ループだ。
「じゃあ、理由を教えてよ」
リンが不満顔をする。すごく譲歩しているんだぞ的な対応がふに落ちない。
きっと、理由を話すか契約するまで付きまとう気なんだろう。

圭太はふっと思ったことがあった。
「ねえ」
圭太がリンを呼ぶと、
「何? まだ知りたいことがあんの?」
リンがうんざりした顔をする。
「実は僕が本当に好きなのは女の子っていうのはありかな?」
もしかすると、誤解しているのかもしれない。
「それはないよ」
リンはきっぱり否定した。
「なんでさ」
ちょっと期待したのに。
「僕は女の子担当のはずだって言ったろ。つまり、僕と契約できる人間は男の子が好きだってことだよ」
「……なんにでも例外ってつきものじゃないの?」
かすかな望みをかけてみた。
「ないね」
それは三秒も待たずあっさりと打ちのめされた。
「まさか、相手が男だってことを拘ってんの? そんなのナンセンスだよ」
他人ごとだと思ってか、リンは軽く言ってくれる。
「世間の冷たい視線を知らないからそんなこと言えるんだよ」
それでも最近はよくなってきたのだろうとは思う。外国では結婚できるところもある。けれど、それはあくまでも外国での話しだ。

「男同士で一緒にいるだけで恋人だって思う? 街中でいちゃいちゃしなきゃいいだけでしょ」
「そりゃ……」
そう言われたらそうかな、なんて思ってくる。
「ここに名前をかくだけだよ。そうすれば、明日から圭太は好きな人の一番になれるんだよ」
「うーん」
一番というのは魅力的な言葉だった。
誰よりも一番上。テストの100点みたいなもんだ。それ以上は望めないほどの頂上。
だけど。
たとえ、一瞬は一番だったとしても。
「でも……」
どうしても契約する気にはなれなかった。
「何が不服さ。今の説明で100人中100人が落ちるよ」
リンがぷんぷんと言いたげに頬を膨らます。
いや、ここに一人いるのだから100人が100人にはならないと思うけど。
そんな重箱の隅をつつきながら。
石橋を三回叩いても渡らないだろうなと思える自分の用心深さに少し呆れていた。
一瞬が一時間になっても一週間になってもうんとは言わないと思う。
「ねえ、ものは相談だけど、天使の矢が当たったらこうなるっていう見本を見せてよ」
一番というのは魅力的だけど、あまりに抽象的すぎる。
「そりゃ、一番手っ取り早いのは圭太が契約してくれることだよ」
呆れるような答えに。
「それじゃあ意味がないだろっ!」
少し切れた。
「だって仕方ないだろ。圭太が僕のこと見ちゃうからフォーカスインされちゃってて、圭太以外の人には僕は見えないんだから探すにも探せないんだよ。他のや つ見つけるためには、大天使さまのところに行って保留シール貰ってこなきゃなんないんだから」
「保留シール?」
また新しいアイテムがでてきた。
「そうだよ。理由もちゃんと言わないともらえないし。大天使さまが納得できるものじゃなきゃいけないし。適当に理由をでっちあげようかとも思ったけど、そ れが知られたらやばいし……」
「なんで、そんなことになるの?」
嫌だってものを強制されても困る。それも天使に。
「天使の一存で、見なかったことにしないためだよ。一目見てこりゃだめだって思うこともあるだろ。とにかく結ばれてくれなきゃどうにもないんないんだから さ。万民に平等であるために、そう簡単に乗り換えできないようになってんの!」
「はあ――……」
感心するしかなかった。
「とりあえず、契約さえしてくれればいいんだよ。その後での破棄の方が楽なんだから」
「え? なんで?」
普通反対じゃないの?
「契約すると、大天使さまのところにある台帳に経緯が記されていくんだ。だから、大天使さまに報告に行かなくてもいいんだ。だからさあ、圭太が契約して、 すぐ破棄すればいいんだよ」

そんなことなら先にそう言えよ、と思いながら。
「破棄するときはリンが線引くんだろ?」
圭太の目の前でりんは契約破棄の線を引いていた。
「うん」
「じゃあ、僕が破棄してくれって言ったらすぐ破棄してくれんの?」
こういうことはちゃんと確認しておかなきゃいけない。
「うーん」
リンが難しい顔で腕組みをする。
「それは、時と場合によるかなあ――」
「なんでだよ」
確認してよかったと思う。
「面白そうだし――」
「はあ?」
「男同士って初めてなんだ。どうなんのか、ちょっと興味あるじゃん?」
そんな問いかけをされたら、こいつは自分たちをおもちゃにしようとしているとしか思えない。
「ぜーっったい、契約なんかしないっ!」
圭太は目の前でばさばさしている羽根をもぎ取りたくなってきた。


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