掌編SS。『オレンジ色の月』番外編
高校二年生のお正月


「正月、予定ある?」
ファーストフード店の小さなテーブルに向かいあい、飲んでいたコーラから口を離すと、俊介が不意に言った。
「ううん、別にないよ」
祐貴はかぶりを振った。
田舎へ帰る予定も、どこかへ行く予定も、何かをする予定もなかった。このままなら、テレビでも見ながらのんびり過ごすことになるのだろう、と思っていた。
「じゃあ、初詣に行かないか? いいとこ思いついたんだ」
俊介が顔をあげ、軽く笑う。
「いいよ」
祐貴に断る理由は無かった。

街はクリスマス色をまとっていた。寒空の中駅の改札を出るとケーキを売っていた。今日売れ残ったケーキたちはどうなるのだろう、その時祐貴はふと思った。 期間限定 のものはけっこう多い。その時を過ぎれば何の意味もなくなってしまう。
お正月も、ただ日が過ぎるだけなのに、何か別の意味を持っているようだ。電車も本数は少なくなるが終日運転される。ただ一秒過ぎるその時をみな固唾を飲ん で見守る。
「防寒だけはしっかりしろよ」
「あ、うん」
言われなくてもそれなりの用意はする。わざわざ言うところを見ると、普通では考えないようなところへ行くつもりなんだろうか、と思った。
「まさか、富士山へ上るとかは言わないだろ?」
それも楽しいかもしれないけれど、登山の経験はないから、冬は無理だろう。
「富士山よりいいところだよ。初日の出が見れるといいんだけどな」
俊介がその場所を思い浮かべるように、遠くを見る。
「どこかの山?」
「まあね。当日までのお楽しみ」
俊介はにやっと笑うと、ストローを口元を持っていった。


大晦日は夕方に駅で待ち合わせをした。前日はしっかり寝ておけ、と俊介に言われたのにうとうとしながら目が覚めてしまい、祐貴はあまり寝られなかった。 きっと一晩俊介と過ごせることに、気持ちが高ぶっていたのだと思う。クリスマスの晩に男二人はあやしいかもしれないけれど、年を明かすのは男二人でも許さ れるような気がした。
祐貴が駅につくと、俊介はもう来ていた。
俊介は脇に、大きな紙袋を置いていた。
「何?」
祐貴が中を覗くと、ダンボールや毛布やカイロや水筒と、みどりのたぬきが二つ入っていた。
「やっぱ、年越しそば食べたいだろ」
俊介が後ろから声をかけてくる。
「……そうだね。なんか、すごいな。楽しくなってきた」
振り返ると、俊介の顔がすぐ傍にあって、どきっとした。
「そりゃあ。良かった」
大好きな顔が笑う。自然に自分の口元も緩んだ。
早く行っても寒いだけだからと、駅前ファミリーレストランで食事をとって、時間を潰した。夕食を家でとっても良かったけれど、少しでも早く会いたかった。 俊介が示した時間も、同じ気持ちからでたのだと思いたかった。
空は真っ暗だった。月と、オリオン座が光っている。けれど、電灯やネオンにその光は負けている。
ファミリーレストランを出て、てっきり電車に乗るのだと思ったのに、改札へ行こうとした祐貴の手を俊介は引いた。
「こっち」
バスのロータリーの方へ引っ張る。
「あ、うん」
いいのかな、と繋いだ手を見ながら思ったけれど、振りほどきたくなかった。男女なら、眉間にしわを寄せる人がいるかもしれないけれど、その程度ですむ。学 校のやつに見られても、からかわれるぐらいでお終いだ。好きという気持ちは同じなはずなのに、相手が男だというだけで壁ができる。

俊介に付いていくと、祐貴がバスを待っているときによく見る、とある団地行きのバスに乗り込んだ。
「どこ行くの?」
「付いてくれば、わかるさ」
そりゃあそうなのだろう。けれど、山なんてあったっけ? そう思った。
バスに揺られて15分ほどで着いたバス停でバスを降りた。
神社入口。
それで、場所を特定できるのかというあまりに抽象的なバス停の名前だった。
俊介が先に行く。少しバス通りを歩き、脇道に入った。明るい昼間なら違うのかもしれないが、所々に立つ電灯の明かりしかない今、そこは見上げるような坂道 でどこまでも上っていくように見えた。
「幼稚園の遠足とか、小学校の何とかの研究とかで来たことがあるんだ」
俊介が少しだけ後ろを向いて話す。
少し坂をあがると、横の視界が広がって、何だろうと思って見ると、ブランコや滑り台がある普通の公園だった。
また少し上ると、脇に石でできた鳥居があった。その前で俊介は立ち止まった。
「ここだよ」
バス停の名前もそうだったし、確かに神社なのだろう。けれど、正月だというのに、屋台の一軒もでていない。鳥居をくぐると、その先に何段あるんだろうと思 われる石段が上に伸びていた。
これ、上るの?
そう思って躊躇した祐貴の手を俊介が掴んだ。
「行こう」
先を行こうとする。
「この道しかないのか?」
車でも行ける道がるはずだ。
「こっちの方が雰囲気あるじゃん」
確かにそうなんだけれど。
「荷物重いだろ。持つよ」
俊介が用意してくれた大きな紙袋は、それなりの重さがあるだろうと思う。それをもって。この石段はきつい気がした。
「大丈夫だよ」
俊介が笑って、荷物を肩にかつぐ。
「お前より鍛えてるし」
そう耳元で囁かれて、祐貴は言葉が無かった。
「ほら、行くぞ」
手を引っ張られ、自分まで荷物になってしまうと、祐貴は足を前に出した。
一段一段上っていく。階段を上る足音と、衣擦れの音しか聞こえなかった。
「二人きり? かな」
階段の両脇には木が植えられていた。ところどころに、やっと足元を照らす程度の薄暗い電灯があるだけだった。
「そう願いたいね」
俊介は前を向いたまま答える。胸がとくんと跳ねた。
二人きり?

永遠に続いているんじゃないか、と思えた石段にも終点があり、のぼり終えた先にあったのは小さな社だった。
周りを木々に囲まれ、ひっそりと佇んでいる。
社の前へ行くと、祐貴は鐘を鳴らした。がらんと濁った音が響く。手を合わせてから、何をお願いしたらいいのだろう、と祐貴は思った。
今が幸せだった。手の届くところに俊介がいる。
「こっちだよ」
俊介に言われて、合わせていた手を解いた。願いごとは明日までに考えておこう、そう思った。
俊介の後ろについて、社の裏へ回る。さすがに電灯もなくて、おそるおそる足を出す。少し明るくなった、と思ったら、木々の隙間があった。その先の視界が 開けていて、下を通る車道が見える。バスの中からそこだけ木が茂り森のように見えていたところなのかな、と思った。

「こっちが東だから、きっと太陽が見えるよ」
隣に立つ、俊介が言う。
「うん」
「海から上がるわけじゃないけどな」
「ううん。十分だよ」
どんな絶景よりも、俊介と二人でいる方が良い。
俊介はふっと笑うと、額にそっと唇で触れた。その感触に祐貴は心臓をぎゅっとつかまれたような気がした。それだけで、体の力が抜けて崩れていきそうにな る。
「地べたに座るんじゃ冷たいからな」
俊介は祐貴から離れると紙袋からダンボールを出し、石の土台の上に敷いて、腰を下ろした。
「毛布は一枚だぞ」
毛布を紙袋から出して広げる。俊介は毛布を自分にかけると、片手を広げた。
「祐貴、こいよ」
「……ん」
電灯の明かりが届かない社の裏は、誰も来るはずがないと思った。
俊介の腕の中へ入ると、毛布ですっぽり包まれる。その中に俊介の匂いを感じた。
「温かい……」
冷たい空気から遮断され、俊介のぬくもりを感じる。
「そうだな」
首筋に俊介の息を感じた。体から力が抜けていきそうになる。触れてきた唇に体の奥が熱くなった。


鐘を鳴らすと、やっぱりがらんと濁った音がした。
祐貴は手を合わせ、俊介がずっと傍にいてくれるように、と願った。
昨日は誰もいなかった境内にちらほらと人がやってくる。たぶん、近所の人なのだろう。
「帰るか」
俊介が紙袋を手に持つ。
「ん」
他人がいるのなら、ここにいる意味はない。
けれど、太陽が姿を見せるまでは、二人きりだった。特に話もしなかったけれど、人の目を気にせず、ただぬくもりを感じているだけで幸せだと思った。何度も キスをして、 何度も抱きしめあった。体のどこかは必ず触れていた。もう一度、唇に触れたかったな、と思う。でも、きっと、それは何度しても思うんだ。
除夜の鐘を聞きながら、年越しそばも食べた。二人だけでカウントダウンもした。空気が冷たくなっていって、触れる唇が冷たくなっても、二人だけでいられる この場を離れたくなかった。
空が明るくなるにつれて、まるで夢だったかのように現実へ引き戻された。

それでも、気持ちは変わらない。
――――好きだよ
大好きな横顔へ祐貴は心の中で呟いた。

Fin.

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