遠くに東京タワーとそれを取り巻くビル群が見えた。
下に広がる地上よりも空の方が近い気がした。
窓辺に椅子に座り外を眺めながら、祐貴は何度目かわからないため息をついた。
携帯の蓋を開けしばらく眺め閉じる。そんな動作ももう飽きてきた。
四年の月日はそれなりに長かった。寂しさを抱えながらも充実した時間を過ごすことができたと思う。
そして、今、会いたい人がいた。

覚悟を決めてアドレス帳からメールアドレスを選び、
『会いたい』
それだけを打つと送信した。
夏に届いた季節外れの年賀状に書かれていたメールアドレスをずっと大事にしていた。
四年の月日は人をどんな風に変えているか分からない。
けれど、思う気持ちは別れたときそのまま心の中に住み着いていた。
突然送ったメールは無視されるかもしれない。
もう自分のことなど忘れられているかもしれない。
返事がなかったら諦めるしかない。それを覚悟した上で、自分は道を選んだはずだった。

しばらくして鳴った着信に祐貴は胸がどくんと跳ねた。
急いで蓋を開け、着信を開いた。
『祐貴? 今どこにいる?』
ただ二行足らずの文面に懐かしさを感じた。
ホテルの名前と部屋番号を打ちながら、ただそれだけなのに、指が震えて何度も打ち直した。
二人きりで会いたいと思って決めた場所だった。
今まで沈みこんでいた胸がどきどきと弾んでくる。
返事を送り、まだ胸の高鳴りが静まる前にその返信は来た。
『すぐ行くから、どこへも行くなよ』
それは嬉しい言葉で、
「ん」
祐貴は画面に向かって頷いていた。
画面が写す文字は段々と滲んでいった。



ずっと窓の外を眺めていた。
何をしたらいいのかどうしたらいいのか何も思いつかなかった。俊介がどこで何をしているのか分からなかったから、どれくらいで着くのかも分からなかった。
ただ、どくんどくんとうるさく鳴る心臓を宥めていることしか祐貴はできなかった。
聞こえたノックの音に、急いで席を立つと祐貴はドアを開けた。
そこには懐かしい顔があって、思わず頬が緩んだ。四年のブランクを感じないほど、懐かしさは直ぐに愛しさに変わる。
「……久しぶりだね」
出た声は震えていた。
別れがきっと辛いから家に帰ってきた時も会わなかった。
「お前は変わらないな」
俊介が目を細める。
「入れてくれないの?」
そう言われて、祐貴はあわてて体を引いた。
部屋に入ってきた俊介にドアノブを取られて、俊介はそのまま後ろ手でドアを閉めた。
「お前は俺のところに戻ってきたと思っていいんだよな」
確認してくる。
「ん」
祐貴は頷いた。
「僕の場所はまだある?」
祐貴が聞くと俊介はふっと笑って。
「どこがいい? 今ならどこでもお前の好きなところをやるよ」
言いながら手を伸ばしてくる。
その手を握って引き寄せて、
「全部」
そう答えた。
できるなら誰にも渡したくない。
「じゃあ、お前も全部俺のものだぞ」
「いいよ」
見つめあい、腕の中に抱き込まれて、戻ってきたのだと思った。

「スーツ、似合うね」
それが会わなかった月日を物語っているのか、俊介は酷く大人びて見えた。
「こんな堅苦しいものを着たくはないけどな」
「何かあった?」
もしかして?
「謝恩会、抜け出して来た」
――やっぱり
「卒業式、今日だったんだ」
知らなかった。
「それじゃなきゃ、こんなカッコしないさ」
「ごめん……今からでも戻る?」
声を聞いたら絶対に会いたくなる。だから、先に予定を聞くことはしなかった。
「いいさ。ちゃんと、感謝してきたよ」
唇に軽く触れてくる。
「お前の方が大事だ」
そのままぎゅっと抱きしめてくる。
祐貴も俊介の背中へ腕を回した。
「本当に……待っていてくれたんだね」
信じてはいたけれど。
「俺は待ってるって言っただろ?」
「ん、そうだった」
信じることは怖かった。
「覚悟はできてるんだよな?」
俊介に聞かれて、
「ん」
頷くと、祐貴は胸に額をこつんと付き合わせた。
望むものは今、腕の中にあった。
「でも、その前に食事を済ませよう?」
「いいけど」
なんだよ、というように俊介が笑う。
「昨日から何も食べてなくて、俊介の顔を見たらほっとしてお腹がすいた」
暖かいぬくもりを感じながら、この腕の中にいられる自分が愛しいと祐貴は思った。



窓の外は暗く、間接照明をひとつつけただけの部屋は淡い光に包まれていた。
広いダブルベッドの上で、身体には何も身につけていない姿で向かいあっていた。裸体を見たのは初めてではなくて、見せることの恥ずかしさも無かったけれ ど、不安はあった。
「いいんだよな」
俊介が確認するように頬を撫でる。
「ん……まったく抵抗がないわけじゃないけど……俊介だから……」
ずっと待っていてくれた。そのことに報いることなんてないのかも知れないけれど、今自分にできるのは全てをその前に出すことしかない。
頬を撫でていた手が顎を引き寄せる。そのまま身体を委ねると唇を軽く重ねてきて、すぐに離れると、ベッドへ押し倒された。
上から俊介が見てくる。
「祐貴」
手が前髪をやさしく払う。
「もう離さないからな」
続けられた言葉に祐貴は胸が熱くなった。目蓋が熱くなって、視界が掠れていく。
「僕も――」
やっと搾り出した声を俊介が唇で塞いでくる。捕まえていたくて、祐貴は腕を俊介の首に回した。差し込まれた舌に口内を優しく撫でられて、身体が熱を持って いく。離れた唇は身体の線を辿るように啄ばんでいく。
身体全てが神経になってしまったように、俊介の手を唇を感じていた。
そのうち、俊介がサイドテーブルに手を伸ばすと二つ並んだジェルのうちのひとつを手に取った。
二人とも必要だと思ったものは同じらしい。同時に出して二人で笑った。確かめたいのは気持ちだけではなかった。
俊介がジェルを垂らした手を肌に滑らせて内股へ差し込む。その手で窄まりを撫でられて、祐貴は身体が跳ねた。
「あ……」
零れてしまった声に俊介が微笑む。
「もっとよく顔見せて」
そう言われたのに、言葉に逆らうように祐貴は顔を伏せていた。
「違うだろ」
俊介に無理やり上を向かされた。
「嫌いにならない?」
不安があった。
自分でも知らない自分を暴かれそうな気がした。
「なんで?」
言いながら手は動きをやめなくて、くちゅくちゅと湿った音がした。
「どんな顔しているか……自分でも分からなくて」
俊介にどう写っているのだろう。それは気掛かりだった。
「イけちゃうくらい、色っぽい顔してるよ……」
「そんな……っ」
息が洩れる。嬉しい反面恥ずかしさもあった。
けれど、そんな気持ちはお構い無しに、身体が熱くなっていって、意識はふわふわしてきて、そんな中で。
「んっ!」
撫でていた指が中へ入ってきて、そうなることを分かっていなかった訳じゃなのに声がでた。
「痛いか?」
「……ううん……大丈夫」
祐貴は小さくかぶりを振った。初めて感じた違和感に身体は強張っていた。俊介の指が内側を探る。優しく宥めるそれがある一点に触れると、祐貴は一瞬息が止 まっ た。
「祐貴?」
「あ、俊――」
突然襲ってきた快感に祐貴は思わず俊介にしがみついていた。
「ここがいいんだ」
俊介の手が容赦なく快感に触れる。
「んっ……あ、」
それは内側から理性をはがしていく。
何かに縋りたくて手に触れたシーツを掴んで、落ちていきそうな意識を持ちこたえていた。
くちゅくちゅと湿った音と荒い息遣いと淡い光と、その中で開かれた身体に俊介が入ってくる。
「祐貴……」
そう呼ぶ声は甘くて。
突き上げるものは熱くて。
自分が一番近いところにいることを感じていた。
絡めてくる手に全てを委ねると、愉悦は身体の端々まで浸潤していく。どうにかなってしまいそうなほど熱くなった身体ははけ口を求めていた。

熱を放った身体は怠惰で、けれど満たされていた。
突然強い力で抱きしめられて、祐貴は息が苦しくなった。それは程なく緩んでそっと頭を撫でる。
「もう、離さないからな」
頭の上から、優しい声が落ちてくる。もう何度そう言われたか分からなかった。
「ん」
二度と離れたくないと思っていた。離れるという事がどういう事か分かったからこそ、なおさら。
「もう、離れない。四月からは……勤務先も同じだし」
祐貴が言うと、突然周りの空気が固まったように思えた。
俊介は驚いた表情で見つめてくる。
「何だって? 」
「嫌だった? 」
そんなに驚かれるとは思わなかった。
「嫌だなんて言ってないだろ。お前、俺の就職先知ってたのか? 」
「……高校の書類が必要で学校へ行った時鵜杉に会って聞いた……」
それは偶然だったのだと思う。
「他に行きたいところがあったんじゃないのか?」
確かにちょっと畑違いで。
「俊介の傍に行きたくて、それしか考えられなかった」
少し遅れてしまった就職活動で、それでも内定をもらったときはこれも縁だと信じたかった。
「……俺は、裏切る、かもしれないぞ?」
瞳が覗き込んでくる。
そう思った時もあった。
けれど。
「いいんだ。傍にいられる限り……それがたとえ、今晩一晩だったとしても。一番大切なものが分かったから」
たとえその思いを受け入れてもらえなくても、自分は思っていられる。それが分かった。
「居てもいい?」
俊介に聞いた。
一番近いところに居たい。
「愚問だよ、祐貴」
「良かった」
それが、正しいのか間違っているのか、分からない。
出会ったのは、偶然なのか、必然なのか。そんな事は分かりはしない。分からなくてもいい。
他には何もいらないと思うほど。
ただ、心を奪われていた。今瞳に写るものに――。




Fin.





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