祐貴が知らない女といた。
「今日は、もう終わり?」
美樹が祐貴に近寄り声をかけていたけれど、俊介は身体が強張って動けなかった。
祐貴が彼女なんて作ったら――そう美樹には言ったけれど、あの時点では絶対無いと思っていた。
なんだよ、と思う。
栗色のふわふわした髪の毛もくりんとした瞳もぷるんとした唇もひらひらしたスカートのかわい子ぶった服装も全部気に入らない。
こんなやつは祐貴には似合わないと思った。
「え、あ、そう」
はっきりしない祐貴の返事が微かに聞こえた。
「じゃあ、デート?」
そんなわけあるかっ――叫びたくなるようなこと美樹が聞いていた。
「そうなんですっ」
女が祐貴の腕に自分の腕を絡めるようにした。
祐貴は少し戸惑った顔をして、けれど、振り払うことはしなかった。
「どこに行くか、決まってるの?」
「いいえ、まだ。ね?」
女が祐貴を見上げる。
冗談じゃないぞ、と思った。
「じゃあ、一緒に行く? 映画を見に行こうと思ってるんだけど」
美樹の答えに、
は?
そんな話はしてないぞと思ったけれど。
「あ、いいなあ。見たい映画あるんですよ」
女は乗り気だった。
「じゃあ、そうしよう」
美樹がちらっと見てくる。
こっちが何も言わないうちに話は決まったらしい。美樹が戻ってきた。
「どうするつもりなんだよっ」
俊介は美樹の耳元で囁いた。だいたい今日は祐貴に見せ付けるだけのはずで、祐貴が通り過ぎて行ったらそこで解散だったはずだ。
「じゃあ、二人で行かせていいわけ?」
美樹が意味深な顔をする。
俊介は言葉が無かった。
ホームで電車を待っているときも、電車に乗ってからも、映画館へ行くまでも、俊介は祐貴を見ることができなかった。
――マジかよ
胸の中がもやもやした。
美樹は訳の分からない未柚という女と話をしていて、時々祐貴が何か答えていた。
声は耳に入ってきているはずなのに、言葉として頭の中で組み立てられなかった。
どこで知り合ってなんで付き合うことになったのか。
だいたいお前はそいつが好きなのか、と問い詰めたいけれど抑えていた。口を開けばきっと文句しかでない。だから黙って素知らぬ顔をしていた。
「何か希望ある?」
映画館のメニューを見ながら美樹が聞いてくる。
「ないよ」
俊介はぶっきらぼうに答えた。それが精一杯だった。別に映画が見たいとは思わない。できるなら、祐貴を引っ張って連れ出したい。
それを我慢しているのは、そんなことをしても何も変わらないだろうと思うからだ。また、リセット。最初からやり直し。けれど、祐貴のガードは硬くなる――
そんな気がした。
何の映画か分からないまま美樹が買ってきたチケットをもらい中に入ると、
「ポップコーン要る?」
美樹が聞いてくる。
祐貴の隣に女がいて、そいつが笑ってる。それだけでむしゃくしゃした。
「いいよっ!」
意図せず口調がきつくなり、美樹が眉を顰めた。
――あ
「ごめん……」
小さく呟いた。
悪いのは美樹じゃない。ただ、苛つく気持ちを持て余していた。
頭を振る祐貴を視界の端で捕らえて、祐貴もいらないと言ったのだろうと思った。
上映まで時間がある上映室内は人がまばらだった。
後ろから三番目の列で端から四人分の席を取っていた。
「どうやって座ろうか」
美樹がちらっと見上げてきて、その後未柚の方を向いた。
「あ、私たち奥でもいいですよ、ね」
未柚が祐貴を見る。
「いいよ、どこでも」
祐貴はそう言った後、
「ごめん、ちょっと……」
そう付け加えると、階段を下りて行った。入り口を出ていくところまでは見ていた。
けれど。
「じゃあ、座って待ってよ」
美樹が突付いてくる。
「ごめん。俺も」
俊介は後ろを見ずに、階段を下りて祐貴の後を追った。
自分の名前を呼ぶ美樹の声が聞こえた気がしたけれど、止まれなかった。
入り口を出て左右を見回して祐貴の姿を探すとトイレに入るところが見えた。後を追うことしか考えられなかった。
ドアを開けて、洗面台の前に立つ祐貴を見てほっとした自分を俊介は感じた。
ガラス越しに目があったけれど、それは一瞬で祐貴がすぐ避けるように視線を落とした。
追ってきたものの、姿を見つけてどうしたものかと俊介は思った。
「……ごめん……」
祐貴が消え入りそうな声で言う。
「お前、俺に謝るようなことをしたのか?」
言いながら俊介は祐貴に近づいた。
「そんなに俊介が怒るとは思わなかった……」
――怒る?
怒っているわけじゃない。
「じゃあ、俺がどう思うと思ってたわけ?」
目の前に祐貴の背中があって、大きく息をするように肩が揺れていた。
しばらく待っても祐貴の答えはなかった。
「俺の気持ちなんてどうでもいいと思ってたわけ?」
きっと祐貴の中で自分の優先順位は低いのだろうと思う。好きだって言っているのに、他の相手を進めてきたり、自分は他の女と出歩いたりしている。
「そうじゃないけど……」
搾り出すような声を出し、肩を落とす。
「でも、そういうことになっちゃうのかな……」
力のない声で続けて、ため息のような小さく息を吐いた。
「お前、俺のことどう思ってんの?」
そう何度聞いたか分からない。
「大切な……友達だと思ってる」
「お前は大切な友達の気持ちなんてどうでもいいんだ」
本心でそう思っているとは思わない。
けれど。
分かってくれないもどかしさと女と一緒に居たことの苛立ちが相まって言葉は止まらなかった。
「お前、俺と美樹にどんな残酷なことしてか、分かるか?」
美樹だから協力しようかなんて言ってくれるんだ、と俊介は思った。バカにしていると怒っても当然だと思う。
「残酷?」
祐貴が不思議そうな声を出す。
「別れるなんてことあんまりしたいことじゃないだろ? それを俺達は必要もないのにもう一度やらなきゃいけなくなった、それをお前は酷いことだと思わない
わけ?」
「あ、でも、彼女はおかげさまでって……」
祐貴が驚いたように振り向いた。
「俺の気持ちがそう簡単に変わると思ったのか?」
俊介は祐貴を押さえるように腕を掴んだ。
驚きで見開かれた祐貴の瞳に自分が写っていた。
誘われるように顔を近づけて、突然キィとドアが開く音が聞こえて、俊介は思わず祐貴の手を離していた。だらんと垂れた腕が洗面台に当たってガンっと音をた
てる。
あっと思ったけれど、声も手も出なかった。
祐貴が苦痛でか顔を歪めて、ぶつかった手にもう一方の手で触れていた。
訝しげな顔をして通り過ぎていく人を見送り、
「場所を変えないか」
俊介は祐貴に囁いた。