約束の時間に現われた俊介の顔を見て、祐貴は息が止まりそうになった。
照れたように笑う顔は何も不審に思っていないだろうと思い、胸がちくっと痛んだ。
でも。
これでいいんだよ――祐貴は自分に言い聞かせた。
計画通り美樹を招待した席へ案内すると俊介が驚いていることが気配で伝わってくる。
早くこの場を去らなきゃ、そう思いながら、俊介が何も言わなかったことに祐貴はほっとした。
カウンターの中に入ると祐貴はグラスを手にした。
ミルクを三分の一ほど入れて氷を入れ、その上にスプーンを伝わらせるようにして細くコーヒーを入れていく。
綺麗な二層式のカフェオレを見たときはちょっと感動で、作り方を教えてもらった。
「きれいにできたな」
スタッフの一人に声をかけてもらって、祐貴は顔が緩んだ。
本当はその担当の人に作ってもらった方がいいのかもしれない。その方が味も保障できるけれど、自分が作ったものを俊介には出したかった。
――どうする?
これを出しに行ったら、何か言われるかもしれない。けれど、他のスタッフに頼んでしまったら余計に不審がるかもしれない。
まだ知られたくない。
バイトの時間はもう少し残っていた。
祐貴が俊介のテーブルにカフェオレを置くと、予想通り声をかけられて、腕を掴まれて、けれど、いいタイミングで入ってきた客に祐貴は救われたと思った。
俊介のテーブルを離れながら、祐貴は心臓の音がどくんどくんと大きくなっていくのを感じた。
背中に俊介の視線を感じていて、早く時間が進むようにと祈った。
近くに行けばまた手を取られるかもしれない。暇そうにしていたら呼ばれるかもしれない。
時計の長針が頂点を回ったのを見て、祐貴はカウンターに入った。
「後、お願いします」
祐貴はカウンターの中にいた一人に声をかけた。
「はい、お疲れ」
気さくに声を返してくれる。
「すみません。朝話した友達が一番テーブルにいるのでお願いします」
最後まで見届けることはできない。
「伝票を貰っておけばいいんだよね」
確認されて。
「あ、はい。伝票にサインを入れてあります」
と祐貴は答えた。
そうするように言われていた。サインがあるものはまとめてバイト代から引いてくれるらしい。昼食や夕食を取ることもあるから、少しの割引もあった。
「OK。じゃあ、また明日」
「はい」
小さく頭を下げると、祐貴は奥へ抜けて細い階段を上がった。二階に和室が二つあり、そこが休憩室を兼ねた控え室になっていた。
ハンガーにかけていた私服を取り手早く着替え制服をハンガーにかけると、祐貴は足早に階段を下り裏の従業員口から出てほっとため息をついた。
ずっと果たせずにいた美樹との約束を守ることができた。
テーブルに置いた伝票に付箋を一枚つけていて、それを時間までに見られたらどうしようと思ったけれど、大丈夫だったらしい。
後は、自分の入るべき問題じゃない。
駅まで早足で歩いて、来ていたバスに飛び乗った。
座席に座り込んでバスが走り出すと、祐貴は小さな安心と共に空しさを感じた。
時計の針は夕方の五時を回っていた。
祐貴は机に向かい宿題のテキストを開いていたけれど、始めてからもう一時間近く経つのにまだ一ページも進んでいなかった。
店を出てから三時間が経っている。
まさか今も待っていることはないだろうと思う。
帰ったと知ったら電話が一本でもあるかと思ったのにそれは無くて、言い訳まで考えていたことが空しかった。
知らせがないのはうまくいったのだと思えば喜ぶべきことだと思う。
仕掛けたのは自分。
そのことに文句を言ってこないことを不満に思うのはおかしい。
それを頭では理解するのに、割り切れない気持ちを感じていた。
俊介と美樹はどう見てもお似合いで、自分の入る隙などないように思う。
好きだと言ってくれるのは嬉しいくせに、戸惑っている自分がいる。男同士であることの他にも――。
大きく息を吐いて、でるのはため息ばかりだった。
「どうしたいんだよ……」
不満が口から出た。
飛び込めば今ならまだ受け止めてくれるかもしれない。
言葉だけでなく態度も全て俊介の気持ちを疑う要素はない。
あくまでも、今は――。
今という時間がどれほど長いのか、いつ終わりが来るのか、知っているとすれば神様だけなのだろうと思う。
気持ちがなくなったとき終わってしまう恋愛関係ではなく、友達ならば終わりを考えることはない。
胸の中に色々な感情が混ざり合っていた。
「これでよかったんだよ……」
ひとつため息をついて、いくら読んでも頭に入らない問題文を祐貴はもう一度読み返した。