どうせ祐貴が構ってくれないのなら自分もバイトでも始めようかと思ったけれど、バイトが休みだと声をかけてくれたときに自分が休めなければ話にならない。
宿題を進める気にもなれず、俊介はぼんやりと過ごして一週間が過ぎた。
夜に鳴った携帯を取ると相手は祐貴だった。

「明日バイト早く終わるんだけど、都合が良かったらどこかへ行かない?」
――え?
ただの付け足しに聞こえた言葉は本気だったのかと俊介は少し驚いた。
「ああ、いいね」
断るわけがない。
「バイト代も入るからおごるよ」
「いいよ、そんなの」
電話をかけてきてくれたことだけで嬉しかった。
時間を言われその時間に店に来てくれと言われ、一もニもなく了解した。
バイトは避けるための口実かと思っていたけれど、違ったのかと顔が自然とにやついた。
ベッドの中でどこへ行こうかと考えながら、早々に引き上げて家に引っ張りこみたいとも思う。でも、それじゃあ、また警戒されるかと、色々考えているうち に、気が付いたら朝になっていた。
青く澄み渡った空は綺麗で太陽がまぶしく、風が気持ち良かった。


祐貴に言われた時間に俊介が店に行くと、カウンターの前にいた祐貴が笑いかけてきた。制服らしいYシャツに濃紺の蝶ネクタイをして濃紺のパンツに丈の短い エプロンをしていて、それは、細身の祐貴に似合っていた。
「もうすぐ終わりだから」
そう言いながら、祐貴が席を案内してくれた。
そこで、何気なくふと目がいった店の隅の席にいた客に俊介は違和感を覚えた。
――え?
その背中に見覚えがあると思った。
「何がいい? とりあえずアイスカフェオレでいい?」
「え、あ、ああ」
返事をしながら、俊介は狐にだまされている気分になった。
まっすぐに祐貴が案内してくれたのはその席で、顔をあげたのは予想通り美樹で、驚いたのは俊介だけではなかったらしい。美樹もきょとんとした顔をしてい た。
祐貴が水の入ったグラスを美樹の向かいに置く。そこへ座れと指示されたわけだ。
「じゃあ、すぐに持ってくるね」
「ああ」
祐貴の声を聞きながら俊介の視界の中には美樹がいた。

祐貴は美樹のことは何も言わずカウンターへ戻っていった。
「なんで、お前?」
俊介は座る前に声が出た。
「とりあえず座れば?」
美樹が言う。
立ち尽くすわけにもいかず、カウンターの中へ入っていった仕事中の祐貴に問い詰めるわけにもいかないだろうと思った。
仕方なく席に座り、
「なんでお前がいるんだよ」
俊介は小さな声で美樹に言った。
「彼がおごってくれるって言うから」
美樹がカウンターを目線で示す。美樹の言う彼は祐貴だと思った。
「なんで?」
それほど親しいわけがない。
「お詫びだって」
「はあ? 何の?」
祐貴が詫びることなどないはずだ。
「ホテルに連れ込まれたことかなと思ったんだけど……」
美樹が小声で口にする。
確かに美樹には可哀想だと思ったが、祐貴が悪いわけじゃない。
「いいって言ったんだけど、どうしてもって」
美樹は言い訳のように続けた。
なるほど、とは思った。
祐貴ならありうるとは思う。一人責任を感じていたのだろうとは推測できた。
「だからって、何も――」
ため息が出た。
同じ時にぶつかるってのは有りか? と思う。
祐貴も同じ席に通さなくてもいいだろ、と思った――そう思って俊介は何か引っかかりを感じた。
「まさか、日にちと時間を指定された?」
美樹に問いかけると、美樹が小さく頷く。
「指定されたって言うか、いい席を取っておくからいつがいいって聞かれて、今日がいいかなって言ったら、この時間はどうって、そんな感じ」
「それいつ?」
「おととい、かな」
ということは?
考えられることは一つだと俊介は思った。

「やっぱり、これって……」
美樹が言葉を濁らせる。
「そうだろうな」
会わせるつもりだったしか思えない。
トレーにグラスを載せた祐貴がカウンターから出てくるのが目に止まった。
何を考えているんだと思う。
もうはっきり別れたはずの美樹と会わせて何がしたいのか。
近づいてくる祐貴を見ながら、俊介は唇を噛んだ。
「お待たせしました」
祐貴がテーブルに綺麗に二層に分かれたアイスカフェオレを置き、ついで伝票を裏にして置く。
「祐貴」
俊介は祐貴の腕を掴んだ。
何を考えているのか、聞かなければ収まりがつかない。
「伝票は分かるようにしてあるから好きなもの頼んで。僕がおごるから」
「そんなことじゃなくて……」
気持ちは伝わっていると思っていたのに、それは違っていたらしい。
「もう少しで終わるから」
祐貴の視線が壁にかかる時計に向けられていた。十分前を指定してきたのは祐貴だ。時計は半分進んでいて、後五分で長針が頂上を指す。
からん、とドアが開く音がして。
「いらっしゃいませ」
祐貴が入ってきた客に声をかけていた。
「ごめん」
小さく呟いた声の後、振り切るようにした祐貴の手を俊介は掴んでいることができなかった。

「お前、いつ来たの?」
美樹の前には一口二口ほど手を付けたフルーツタルトと半分ほど減ったアイスティが置かれていた。
「三十分位前、かな」
「それで、それだけ?」
ほとんど手をつけていない。
「サラダとキッシュを先に頂いてます」
「あ、っそ」
美樹は痩せているくせに意外と食べる。
二時少し前は昼食後であり間食の前でもあるからか、少し空いている席もあり急かされる雰囲気は感じなかった。
もう少しで終わりだと言っていたから、祐貴にはその後で真意を確かめるしかない。
祐貴は店に入ってきた客に水を出しオーダーを聞きカウンターの中に伝えていた。久しぶりに見た祐貴を俊介は視線で追っていた。
時計を見てカウンターの中に入っていく。
時間なのかなと思うとその通りで、着替えてからやってくるのだろうかと俊介は思った。
早く来ないかとしばらくカウンターの方を見ていた。
「飲まないの?」
美樹がグラスを指す。
「え、あ、飲むよ」
目の前にあるものは、祐貴が持ってきてくれたものだった。ストローをさしてくるっと軽くかき回し一口口に含むと、身体が潤っていく気がした。
「なんて呼び出されたの?」
美樹がタルトを口に運ぶ。
「早く終わるから、それから遊びに行こうって」
断る理由なんてなかったし、指定された時間に疑問も持たなかった。正直浮かれていた。
「ふーん」
美樹が時計へ視線を向ける。
「お前は?」
「奢るからって言われただけだから……一人じゃ寂しいかなって俊介のこと呼んでくれたのかな」
今度はカウンターへ視線を向けた。
「それだったら、友達連れてきてもいいって言えば済むことだろ」
幼馴染とはいえ、今会うことは躊躇いがある。
「そうよね……でも、もしかしたら……」
美樹が視線を伏せる。
「なんだよ」
美樹の言葉が意味ありげに聞こえた。
「遅くなってごめん、って彼が言っていたのを思い出して」
「え?」
「ずっとあのことを気にしてくれたのかなと思ったんだけど、違う意味だったのかも……」
美樹が語尾を濁らす。
「なんだよ、はっきり言えよ」
俊介はじれったく思った。

「違うかもしれないよ」
断りを入れてきて。
「俊介を返してくれたのかなって」
そう続けると美樹は、アイスティを手に取った。

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