まだ肌を寄せていたいと思うのに、祐貴は腕の中から離れていった。
気持ちが掴めない苛つきを俊介は感じた。
腕の中にいてもどこか頼りなく、思いがけないことまでしてくれるのに、欲しい答えはもらえない。
背を向けるように、祐貴はネクタイをしめていた。
「なんか飲み物持ってくるよ」
Tシャツとジーパンに着替えた俊介は、祐貴の背中に声をかけると部屋を出た。
試合が終わるまでと言った祐貴の言葉を忘れたわけではないけれど、期待している自分がいた。
もし自分だったら、好きでもないやつのものに触れることさえ考えられないし、口に入れるなんて有り得ない。
好きなやつだから――その前提がなくてできることだとは思えなかった。
けれど、何でも受け入れてしまう祐貴だから、それはただの可能性になってしまう。
居間では母親がTVを見ながら刺し子をしていた。
その前は牛乳パックで椅子を作っていたし、その前はお手玉で、とにかく、近所の奥様達が集まって色々やっているらしい。
「俊介、帰ってたの?」
気づいた母親が声をかけてきた。
「ああ、友達来てるから、何かもらっていくよ」
「いいけど……」
母が訝しげな声を出す。
「最近、美樹ちゃん来ないのね」
ため息交じりに続けた。
俊介が冷蔵庫の中を見ているふりをして答えずにいると、
「ナンパだったなんて、そのうち、誰かにとられちゃうわよ」
母がぼやくように言う。
昨日の件をそのまま言う訳にはいかず、ナンパされたのだと言い訳したのは信じてもらえたらしい。
「そうなったら、それも縁だよ」
言いながら、俊介は麦茶を取ってグラスに注いだ。
「そんなこと言ってていいの? あんなにいい子いないわよ」
諭すように言われて、
「分かってるよ」
俊介は短く言葉を返すと居間を出た。
付き合いが長いから今更気取ることもない。美樹以外の誰かに惹かれるなんてことは考えてもいなかった。
部屋に戻ると、ベッドがきれいに整えられていて、祐貴がベッドに背をあずけ伏目がちに座っていた。
部屋に入ってきたことに気づいているだろうに、視線は伏せたままだった。
――しょうがないじゃん
俊介は心の中で呟いた。
気持ちは理屈じゃない。
毎週くるものなのに月曜日はなんとなくかったるくて、意味もなく不安になる。
ただ、今日は不安に意味があった。
教室に入る前に俊介は祐貴を振り返った。祐貴はふっと顔をあげて一瞬不安げな顔をしたけれど、小さく頷いた。
星野と会うことは避けられないことだ。
上履きはまだ下駄箱にあったから、学校にはまだ来ていないはずだった。
扉を開けると、教室にはまだ一人しかいなかくて、ちらっと祐貴を見るとほっとした顔をしていた。
人影が教室の入り口に見えるたびに、祐貴は怯えた顔をした。そして、それが星野ではないと分かるとほっとして、そんなことを何回も繰り返し、チャイムが鳴
り担任の鵜杉が教室へ入ってきても、星野の席は空いていた。
「星野、どうしたんだろう」
部活のために、体育館へ行く途中で祐貴が呟いた。
「風邪でも引いたんじゃないの? 気にすることないよ」
そう言いながら、俊介も気になっていた。
学校に来ていないのは、すごく歓迎できることで、けれど、ひどく不気味だった。
気になりながらも何もなく、三日が過ぎた。
「星野、退学だって?」
朝授業が始まる前の教室でそんな声を耳にして俊介が祐貴を見ると、祐貴は驚いた顔をして固まっていた。
「どういうことだよ」
俊介が声をかけると。
「万引きだってさ」
そいつは事も無げに答える。
――万引き?
それは意外なことだった。
「なんか、色々見せびらかしてたしな」
「小金稼いでたじゃん。それじゃ足りなかったわけ?」
「いい気味だよ」
せせら笑うような声と共に、クラスメートが陰口をたたく。
退学者が出たというのにクラスの様子に変化はなかった。
朝、教室に入ってきた鵜杉は退学の事実だけ報告すると、理由については言わなかった。聞くやつもいなかった。授業も変わりなく行われた。
ただ。
「井上、後で職員室へ来い」
帰りのHRで鵜杉に、祐貴が呼ばれた。
掃除からの帰り、俊介は階段で祐貴を見かけた。一緒に行くから待っていろと言ったのに、祐貴はそれを破ったのだと思った。
気が付いた祐貴はきびすを返したけれど、教室に戻るとは思えなかった。教室で待っているつもりなら、ここにいる訳がない。掃除当番は教室だったはずだ。
「付いていってやるよ」
俊介は追いかけて祐貴の前に立った。
「いいよ。俊介は先に部活行って」
「でも」
たぶん、今度の呼び出しも星野がらみであることは確かだと思う。それなら、用件はあの件に決まっていた。
「関係あるのはお前だけじゃないだろ?」
俊介は祐貴の腕を掴んだ。
「もう俊介に迷惑はかけたくないんだ」
祐貴が振り切って行こうとする。
「気になるだろ」
また何を言われるのか。星野があることないこと脚色することは十分考えられた。
「もしだめだったら、助けて欲しいって言いに行くから」
そんな言葉が信用できるはずは無かった。
「だめだよ、祐貴行かせない」
俊介は掴んだ腕に力を入れた。
「なら……僕達はもう終わりだね」
祐貴が呟くように言う。
「は?」
祐貴の言葉とは思えなかった。
「これ以上、迷惑はかけたくないんだよ。分かってくれないのなら、もう口もきかない。待ち合わせも無かったことにするし、バスケ部も今日で止める」
「何言って……」
「だから、来ないで。来て欲しくないんだ」
切なげに歪めた祐貴の顔を見て、俊介は固まった。
「本気か?」
今まで拒むことなんて無かった。
「本気だよ」
睨むように見つめてきて、次の瞬間、腕を振り切って脇を抜けて行った祐貴を俊介は追うことができなかった。