星野が言ったホテルは山の上にあった。
急な坂を上りきると、ホテルがいくつかあって、
「ここか……」
俊介は星野から聞いたホテルの門の横でバイクを止めた。
ホテルの名前が入った看板と『空』と大きく書かれた表示が明かりで照らされている。
来てはみたものの。
俊介はため息を一つついた。
どこの部屋にいるか分からない。
今更、星野に聞くのも癪だし、星野が知っているかさえ分からない。
「どうすれば、いいんだよっ」
呟いた先、ヘッドライトに先に人影が見えた。着ている制服に見覚えがあった。浮かび上がる姿に見覚えがあった。
「美樹?」
俊介はバイクを降りると、ヘッドライトから逃れるように反対方向へ走っていったやつを追いかけた。
「美樹!」
俊介が叫ぶと薄暗い中で、立ち止まる。相手が振り向いたことで俊介も立ち止まった。振り向いた姿に俊介は美樹だと確信した。
「んっ……」
言葉にならない声を上げて、美樹が駆け戻ってくる。そのまま倒れこんでくる身体を俊介は腕で支えた。
「美樹、大丈夫か?」
「ん……」
言いたいことはあるのだろう。けれど、口の自由を奪われている。
潤んだ瞳で見上げてくる美樹の口にかまされているタオルを俊介は外してやった。
「彼が……」
美樹が泣きそうな顔する。
「今、どこにいるんだ」
「入ってすぐの、三つ目か四つ目の白い車のとこ……」
「白い車?」
俊介は美樹を離すと、門から中の様子を窺った。
赤い車の先がひとつ空いていて、白い車の向こうは黒い車は入っていた。
――あそこか
場所が分かれば、なんてことはない。
「一緒に来るか」
俊介は美樹に向かって聞いた。一人で置いておいていいのかと思う。
美樹は顔を歪めると、無言でふるふると頭を振った。
「祐貴と、あと何人いた?」
一人や二人ならまだしも、相手にする人数にも限界がある。
「一人……」
美樹が人差し指を立てる。手首には手錠が巻きついていた。
「じゃあ、すぐ戻ってくるから、待ってろ」
美樹の後に誰か出てきた様子はなくて、ということは祐貴はまだ中にいるということだと思う。
ヘッドライトを切って、バイクのエンジンも切ると、俊介はゆっくりと門の中へ入った。壁には『十八歳未満禁止』と書かれたプレートが貼ってあった。
「仕方ないだろ」
呟いた。自分が行く以外に祐貴を救う手段を知らない。
車の脇から中を窺うと、ドアから細く光の線がこぼれていた。近づくと靴が挟まっていて、気づかなかったけれど、美樹が靴を履いていないことを知った。
そっとドアを開けると、中から声が聞こえた。
「ほらっ」
いやらしそうなねとっとした声に、
「やっ……」
苦しそうな祐貴の声がする。
「待てよっ!」
俊介は叫びながら、細い階段を駆け上った。
その先に見えたのは、ベッドに押し付けられている祐貴の姿で、馬のりになった男は訝しげな顔で振り返った。
「なんだよ、お前は」
邪魔くさそうに言う。
「そいつを、放せよ」
冗談じゃないと思う。祐貴は胸を広く開けられて、白い肌が見えていた。
「は?」
面倒そうに、顔を歪めた。
「放せって言ってるだろ」
後ろから手をかけて引き剥がそうとしたのに、重い身体はそう簡単には動いてくれなかった。
「はん。口ほどじゃねえな」
男はへっと笑う。
「いいことしてんのが分からねえ」
男は赤い舌を出してぺろっと唇を舐めた。
「俊介……」
祐貴が小さく頭を振る。瞳の色が怯えているように見えた。
こんなやつに?
こんなやつに祐貴を好きにさせるわけにはいかない。
「大人しく見てなよ。こいつも、そのうちあんあん喘いで欲しいって腰まで振り出すぜ」
「そんなことっあるわけないだろ!」
冗談じゃない。
「へ、見てなっ」
男の手が祐貴の肌に触れそうになって、
「止せって言ってるだろ!」
俊介は思いきり男を突き飛ばした。その汚らわしそうな手で祐貴に触れて欲しくなかった。後のことは考えられなかった。とりあえず、こいつが祐貴の上にいる
ことが
許せなかった。
「うわっ」
バランスを崩したように男は、ベッドの下に転がり、三脚を倒しカメラが転がって、がしゃんと大きな音がした。
「祐貴」
俊介は手を伸ばして祐貴の腕を掴むと、自分の方へ引き寄せた。
「俊介……」
一度縋るように掴んできた手はすぐに離れて、祐貴は身体を引き離すように腕を伸ばし頭を振った。
「逃げて……」
弱々しく口にする。
「何言ってんだよ」
置いていけるわけがないだろと思う。
「いってえなー」
頭をさするように顔を上げた男は、
「どくのはてめーの方だろ」
と叫んだ。
「俊介、もういいんだ」
祐貴が顔を伏せながら、頭を振る。
「ほら、こいつもいい思いがしたいって言ってるだろ」
男はまるで自分が正義のような物言いをした。
今なら、逃げ出せそうな気がする。けれど、祐貴がその気になってくれないと無理だ。一度掴んできた手は助けを求めていたと思うのに、それはたった一瞬だっ
た。
「祐貴」
きっとこいつは何かを考えていて、それが分からないことがもどかしい。
「まあ、大変!警察に知らせなくちゃあ」
突然、棒読みな声が階段の下から聞こえてきた。
一瞬空気が固まって、
「ちっ」
男が舌打ちする。
「大損だな」
ぼやくように言うと、カメラと三脚を抱え男は階段をどんどんと大きな音をたてて下りて行った。
「どけよっ」
男の叫び声が聞こえると、程なくして車が走り去る音が聞こえた。車の音が遠くなり聞こえなくなると静寂があって、俊介は身体の力が抜けて、ベッドに座り
込んだ。
とりあえず、助かったらしい。
階段を上がる音が聞こえてきたと思ったら、母親と同じくらいの女の人がこちらを見るなり顔をしかめた。