ホテルの前でタクシーを降りて、祐貴は辺りを見回した。向かいが畑でその向こうにホテルがもう一軒ある。来る途中、結構きつい坂を上ってきたから山の上な のだろうと思う。空が近く感じた。
タクシーはUターンして元の道へ戻っていった。
制服のままこういうところに入ることに躊躇いはあったけれど、太陽が落ちているのは幸いだと思った。
星野の言ったことをすべて信用するわけではないけれど、美樹のことを無視することはできない。
街灯から外れるように遠回りして、祐貴はホテルの門の中へ入った。覗くように見ると、駐車場になっている1階はほとんど埋まっているようだった。
――202といったけ
部屋番号はどこで見るのかと思ったら、個々の部屋の前にスポットライトのようなものがあって、駐車場の下に番号が書いているのが車に半分隠れるようにしな がら見えた。
あそこだ、と白い車が入っているところだと分かった。
このまま入って捕まえられたら?
けれど、助けに呼べる人はいなくて、時間に余裕があるわけじゃない。様子も分からなくて、行き当たりばったりでいくしかない。
でも――。
躊躇う気持ちがないわけじゃない。罠ではないと言い切れない。
ただ、美樹を泣かせてしまっていた。
彼女は潤んだ瞳を隠そうとはしていなかった。
「行くしかないよ、ね」
小さく呟くと、祐貴は目的の場所へ足を向けた。
駐車場の奥に入り口があるらしい。ドアの前に立つと、インターホンがあった。
一度息を吐いて、祐貴はボタンをゆっくり押した。

しばらくして、
「はいよ」
という軽い声と共に、ドアが開いた。
中から出てきたのは、ひげ面でぼさぼさ頭をした体格がいいというかぽっちゃりした、もういい年だろうと思う年格好の人だった。
「あの……」
祐貴はなんと言っていいか分からなかった。
「へえ〜」
相手は感嘆に近い声をあげる。
「なかなかいいじゃん。これはみっけもんだったな」
にやりと笑った。
「あの……」
「さあ、入りなよ。話は入ってからでいいだろ?」
男は窮屈そうに身体を壁へ寄せる。
他に選択することもなく中に入ると、
「ほら、上がって」
と男は階段の上を指した。
正直少し拍子抜けしたと思った。強面の人だったら、それだけで引いてしまっただろう。もしかすると、このまま帰してもらえないだろうか、と思った。
階段をあがると、大きなベッドがまず目に入って、その上に美樹が横たわっていた。
「あ……」
手には手錠をされ、足はタオルで縛られて、口にもタオルを挟まれ、スカートがめくれ上がっていて、それは直したくても直せないのだろうと思った。
「んっ……」
切なげな顔をして見てきて、身体を動かそうとしているようなのに、思うようには動けないようだった。
「なかなか、そそるだろ?」
男が耳元で囁くように言う。
ベッドの脇には、三脚で立てられたビデオカメラがあって、星野が言ったことはなまじ嘘じゃなかったのだと思った。
「高い金取られたんだからな、いい働きをしてくれよ」
でへへと男が笑う。

そんなことができるわけない。
けれど、どうしたら逃げられる?
見渡して、男は一人のようだった。カメラを見ながら、何かを調整していた。
「ん、んっ」
美樹がベッドの上で、身体をよじるようにする。
見ないで、と言っているように感じた。
潤んでいる瞳はこの間と同じだけれど、その奥にあるものは震えているように見えた。
当たり前だ。自分も震えていた。嫌悪感が身体を這い上がっていく。
「彼女を、放してあげて……」
祐貴が言うと、
「はあ?」
男は呆れたような声をだした。
「何言ってんだ。お前はともかく、こいつには高い金を払ってんだ。嫌ならとっとと帰れ。あいつが上玉がいるって言うから待ってたのによ。男なんざ、すぐ捕 まるんだよ」
鼻息荒く言う。
突然、にやっと笑って。
「それとも、後学のために見てるか? その容姿はちっと捨て難いな」
いやらしい顔で、上から下まで舐めるように見てくる。
話して分かる相手ではないと思った。
――どうする?
祐貴はベッドに近寄ると、美樹の足を縛っているタオルに手をかけた。
「何するんだよっ」
男が驚いたように、手をかけてくる。
丁寧に解いていられなくて、半ば無理やり引きちぎるように美樹の足を外した。
「おいっ!」
男の手が自分から美樹に伸ばされるのを見て、祐貴はその手を掴むと自分の方へ寄せた。
「早くっ、逃げて」
体格は相手の方が大きくて、自分は力に自信があるわけじゃなくて、どこまで押さえていられるかは分からなかった。
「おいっ、離せよ」
男が腕を振り回す。
美樹は怯えたように身体をまるめていて。
「早くっ!」
祐貴が出口を示すと、美樹は怯えた顔のままそろりとベッドを降りると、階段の方へ走っていった。
背になっていたから、その後は分からなくて、けれど、ばたばたと階段を駆け下りる音がした。

――早く、逃げて
そう思うしかできなかった。
「おいっ」
振り回していた男の腕が手から離れて、
「あ……」
祐貴は思わず、男の身体にしがみついていた。自分ができるのはそれだけだった。
「そうか……じゃあ、お前にあいつ以上の働きをしてもらおうか」
男の声が頭上から聞こえた。
――え?
どういうことだろうと祐貴が思った瞬間、身体はベッドに押し付けられていた。
「俺は、本来こっちなんだよね」
男が馬乗りになり、いやらしい顔で笑う。部屋の入り口で見た時と同じ人なのかと思うほど、形相が変わっていた。
――こっち?
まさか?
「やめっ……」
抵抗しようとした腕は掴まれて、ブレザーをボタンを引きちぎるように開かれた。
「ちょっと頭に来てるんでね、優しくはしてやれないかな」
Yシャツも引きちぎるように剥ぐ。
「やっ……」
背筋に悪寒が走って、ぞくっとした。
「はっ、まだ肌なんかすべすべだね、どう、ビジネス抜きで俺の恋人になんない?」
いやらしい声に、祐貴は何度も頭を振った。
「いい思い、させてやるよ」
男の手で撫でられて、嫌悪感に鳥肌がたってくる。
「やだっ……」
叫びたいのに、声が思うように出なかった。
髭がさわさわと肌を撫でて、熱いぬめっとしたものが触れてきて、身体がぞくぞくした。逃れたくて足をばたつかせても、宙をきるだけだった。
――俊介っ
助けに来てくれるはずは無くて、けれど、思い浮かぶのは笑っている俊介の顔だけだった。

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