祐貴は拒まないだろうと俊介は思っていた。
その予想通り、祐貴は抵抗らしいことは何ひとつせず腕の中で虚ろな目をしていた。
「俺は本気だよ」
聞こえているのかいないのかそれさえ不安になる。けれど、祐貴には言わなければ通じないだろうと思う。
いや、言っても通じるのかどうか怪しいくらいだった。
俊介は祐貴の身体を支えながら、ゆっくりと座り込んだ。
この唇に触れたかったのだと、俊介がもう一度唇に触れると、祐貴はぴくっと反応した。

部屋を出ていった後、たぶん廊下で、祐貴は美樹に今は試合があるからと言っていた。
今、大会の途中で次の試合が控えている。そのことが祐貴を縛るのだろうと予想はできた。だから、大会が終わるまで、負けるまで、祐貴は抵抗はしない。
それは確信に近い。
俊介がそっと舌を差し込むと、祐貴は驚いたように身体を引いた。その祐貴を俊介はぎゅっと抱き寄せた。
こんなことをしていられるのは負けるまで、きっとその時に、引導を渡されるはずだ。

「もし優勝したら、俺のものになってくれない?」
唇を離すと、俊介は祐貴の耳元で囁いた。
自分の実力もさながら部の実力ではそんなことは万に一つの可能性はないだろうとは思う。
「俊介のもの?」
おそるおそると言った風に、祐貴が口にする。
「お前が欲しい」
腰を引き寄せると、祐貴が「あっ」と小さく声を漏らした。
熱くなってくる身体を主張するものがある。男子校だからか男同士の行為を遊びのひとつとして許容するやつらもいる。ただ、それを嫌悪するやつらが多いこと も事実だった。
顔を見ないようにか、視線を背けるようにしている祐貴のあごを掴んで自分の方を向かせた。
「いいだろ?」
確認するように言うと、祐貴は無言で顔を歪めた。
――何を考えてる?
表情だけで図るしかないけれど、快く思っているわけじゃないないだろうとだけは思う。
「今日はこれだけにしとくよ」
俊介は、もう一度、そっと唇に触れた。
まったく抵抗らしいことはしなくて、このまま受け入れてくれるんじゃないかと思ってしまう気持ちが出てくる。
これだけと言いながら離したくなくて、唇を塞いだまま身体を引き寄せて、その時俊介の手に祐貴の手が触れた。
いや、手だと思った。
けれど、いつもの祐貴の手とは違った。
――祐貴?
思わず唇を離すと、俊介は祐貴の手を掴みあげた。
これが本心?
夏に向かう季節なのに、祐貴の手はまるで血が通っていないかのように、冷たく冷え切っていた。
胸が痛くなって、俊介は祐貴の手をぎゅっと握った。

「嫌?」
祐貴の顔を覗き込むように俊介は聞いた。
祐貴は困ったように視線を伏せ、震えるように小さく口を開いて、けれどそれはすぐ閉じられた。
「嫌なら嫌だって言わないと、分からないよ」
好きなやつを苦しめたくはなくて、けれど、自分の欲望を満たしたい気持ちはある。
祐貴の答えは無かった。
「嫌なら……強制はしない」
祐貴が遊びだと割り切れるやつだとは思わなかった。
「でも、はっきり言わないなら俺はやめないよ」
それは祐貴にとっては、どうしても声に出せないことなのかもしれない。
けれど、本心なんて分かりはしない。ただそうかもしれないと思うだけで断ち切れる気持ちなら、告げたりはしない。
どうしても祐貴が嫌だと思うなら拒む手段はあるはずだ。言葉にしなくても、突き飛ばせばいい。そんなことをされたら、無理やりにでも押し倒すことはできな いだろうと思う。
意思があるのかと思うほど頼りない祐貴の体を俊介はぎゅっと抱きしめた。
祐貴が腕の中にいる、それだけで安らぐ気持ちがあった。


どれくらいの時間が経ったのか。
そっと祐貴を離すと、
「帰っても、いい?」
祐貴が呟くように言った。
「送っていくよ」
そう俊介が返した言葉に祐貴の返事は無かった。
駅までの道で言葉はなく。
「じゃあね」
「ああ」
交わした言葉は別れの挨拶だけだった。
バスに乗ってから祐貴の姿は見えていたけれど、決して顔を向けてくれることは無かった。
――それが答え?
そんなことは分かっている。
けれど、諦めきれない気持ちがあることは確かだった。
言葉に出したからといってそれが本心とは限らない。だからといって、諦めろというなら、祐貴の言葉で聞きたいと思う。
それくらい望んでもいいだろうと思った。


駅のホームの時計を見上げると、もうすぐ長い針が頂点を指そうとしていた。
バスが着いたのか、階段からわらわらと人が降りてくる。
俊介は小さくため息をこぼした。
一昨日告白して、昨日一日は何も連絡は取らなかった。当然向こうから何も言ってこなくて、朝はどうしたものかと思った。
今まで通り待ち合わせに合わせてくるだろうか?
それとも、思い切り避けてくるか。
自分はどうするべきか。
結局、俊介は祐貴に委ねることにした。
自分はいつも通り、それで避けられたら無理に追ったりはしない。
冷たかった祐貴の手の感触がよみがえる。あれが答え以外の何だというのだろうと思う。
階段からの人は途切れて、アナウンスが流れ電車の接近してくる音が聞こえてきた。
待っていてもこないだろうと、半分以上思っていた。ならば、振り切って乗ってしまおうかとも思った。
けれど――。
「おはよう」
突然、背後から声をかけられて、俊介はびくっとして振り向いた。
「乗っちゃう?」
祐貴がホームに入ってくる電車を指す。
「あ、ああ」
まるでいつもと変わらない様子の祐貴に驚いて、けれど、ほっとしている自分がいた。
予想はしていたとしても実際避けられたら、きっとめちゃくちゃ落ち込むと思う。
「じゃあ、もう少し前に行こう」
祐貴が電車と並ぶように足を出す。
「ああ」
階段の間近は人を待っている時には気が付きやすいけれど、人が多く込む車両でもあった。

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