「お前はどんな用事?」
俊介が聞いてくる。
用事があったわけじゃない。
「俊介と同じだよ」
そういうことにした。
俊介と一緒にいたいという気持ちの他に、今、俊介を一人にしていいのだろうかという不安が祐貴にはあった。
「そっか」
俊介がほっとしたような顔をする。
「そこのベンチに座っていいか?」
言いながら、ロータリーの端に並んでいるベンチを示した。
「あ、うん」
祐貴は頷くと手を出した。
「荷物、持つよ」
なんとなく、ただ、なんとなく、俊介が辛そうな気がしていた。

俊介はベンチに腰を下ろすと、空を見上げた。
「いつから気づいてた?」
空を見上げながら、聞いてくる。
「あ、何も……ただ、ちょっと疲れてるかなって思っただけなんだけど……何かあった?」
試合の後半、半ばを過ぎた頃から少し俊介の動きがぎこちなくなったような気がした。
久しぶりの試合だと言っていたし、最後の練習もきつかったようだから、疲れがでたのかなと思った。
「あったと言えばあったし、無かったといえば無いし……」
珍しく俊介が言葉を濁した。
「でも、気づいたのはお前だけみたいだな」
俊介が顔を向けてきて、祐貴はどきんと胸が弾んだ。
「ううん。何も――」
祐貴は首を振った。
分からない。ただ、いつもと違うような気がしただけだった。
「でも、変だと思ってくれたんだろ?」
顔を覗き込むようにされて、思わず視線を逸らした。
これだけ近くで顔を見るのは初めてわけではなかった。けれど、自信満々に見えるいつもとは違って少し感じる影にどきどきしてくる。
「なんとなく……」
本当になんとなくで、理由は分からなかった。
「……練習は大丈夫だったのに、試合はやっぱ違うな……」
俊介がため息をつく。手が左膝をさすっていた。
「膝を、どうかした?」
強く接触したとか、転んだとは無かったはずだった。
「急にちょっと酷使し過ぎたみたいだな」
俊介が顔を伏せる。
「あ、でも、それじゃあ、来週の試合……」
また勝つようなことを俊介は言っていた。出られないかもしれないことは一切匂わせてもいなかった。
「あの喜びようを見たら、今更、やめるとか言えないよなあ……」
呟くように言う。声にため息が混じっていた。
すっと手が伸びて祐貴は俊介の膝に触れていた。
「無理はしない方が……」
俊介を見あげると、俊介が意外そうな顔をする。
「じゃあ、お前ならやめられる?」
「あ……」
無理だと思った。
試合終了数分前から勝った確信と共にそわそわしだし、俊介が見せた暗い表情など目に入らないようで、終了の笛と共に、俊介はもみくしゃにされていた。
「だろ?」
「でも――」
「練習メニューを少し落として、試合でも抜けるところは力抜けばなんとかなるかな、県大会が終わるまででいいんだから」
俊介が声を落とす。
「医者は? 行ったほうがいいんじゃ……」
自分の身体とは言っても素人なのだから、勝手に判断していいのかと思う。
「医者なんて、やめろって言うだけだ。温熱かシップくらいだし、行ったって行かなくたって変わらないよ」
「だけど……」
祐貴はそっと俊介の膝に手を這わせた。
何かできることはないのかな、と思う。手当てという言葉は痛いところに手を当てることだと聞いたことがあった。手を当てることで癒す。そんなことが自分に できるわけはないと思いながらも、少しでも痛みが取れてくれればいいのにと思う。
少し沈黙があって。
もしかすると触れていた方が痛いのかもしれないと思った。
祐貴が手を離そうとしたら、その手を俊介に押さえ込まれた。
「俊介?」
祐貴が顔を上げると、どきっとするほど近いところに、俊介の顔があった。
「もう少しでいいから、そのままでいてくれよ」
俊介が切なげに眉を顰める。
「あ、うん」
祐貴は視線を落とした。俊介を見ていたら、胸が苦しくなりそうだった。目の前に俊介見えなくて、それでも胸がどきどきと大きく鼓動する。
「次、勝ったら……」
耳元で俊介が囁いてくる。
「ん……」
下を向いたまま祐貴は相槌を打った。
「ご褒美くれる?」
「え?」
意外な言葉に顔をあげると、さっきと変わらない俊介の顔があった。
「だめ?」
「だめもいいも……、何のこと言ってるのか分からなかったら答えられないよ」
――ご褒美?
俊介が喜びそうなことに心当たりはない。
「やっぱ、だめか」
俊介は残念そうに呟く。
「だめなんて言ってないよ。だけど、僕があげられるものなんて……何もないよ」
星野あたりが言ってきたなら、何を欲しいのか見当はつく。けれど、俊介は望むものはすべてその手の中に持っているような気がした。
「祐貴が持ってるものなら、いいのか?」
俊介が探るような目をする。
「僕が持っているものなら……いいよ」
まさか身包み剥いで放り出すなんてことはしないだろうと思う。
いいよ、と言って俊介の気持ちが楽になるなら、惜しいと思うものが思い付かない。
「約束だぞ」
俊介が真剣な顔をする。
少し不安になった。
「まさか、身包み剥いで放り出す、なんてことはしないよね」
不安と言えばそれしかない。
俊介は呆れたように笑った。
「そんなことしないよ」
「……そうだよね」
言ってしまって、恥ずかしくなった。俊介がそんなことするはずがない。
「だいぶ楽になったよ」
俊介が手の上から膝を撫でる。
「ホント?」
「手当てっていうのは、手を当てることが語源だって言うからな」
「ん」
同じことを考えていたことが嬉しく感じた。
「また、してくれるか?」
「いつでも」
まさか本当に力があるわけではなくて、でも、少しでも楽になると言ってくれるのなら、やぶさかではない。
「やっぱり、お前を誘って正解だったよ」
俊介がまた空を見上げる。
「お前は迷惑だったかもしれないけど……」
続けられた言葉に、祐貴は頭を振った。
「ううん。楽しいよ」
義理でも社交辞令でもなく、今まではただ過ごしていただけの時間を、今は生きていると感じられる。損得だけの付き合いではなく、間に体温を感じた。
俊介がぎゅっと手を握ってくる。祐貴はその手をそっと握り返した。

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