職員室を出ると、祐貴が振り向いてきた。
「俊介、ありがとう」
小さく笑いながら言葉にする。
「……俺は何もしてないよ」
俊介は軽く手を振った。
何しに行ったんだというくらい、何もしていない。
ただ、面倒なことにはならなくて良かったとは思った。
それで終わればよかったのに、体育館へ行く道すがら、面倒なやつが待っていた。星野は所在なさげに壁に寄りかかっていて、気がついたのかこちらを凝視して
きた。
「祐貴、先に行ってろよ」
俊介が耳元で囁くと、祐貴は首を横に振った。
大人しく他人に任せるやつでもないかと思いながら、俊介は祐貴をもう星野の好きにはさせないと思った。
「いいかげんにしろよっ」
とりあえずと、俊介は先に声を出した。大人しくしていたらつけあがる。こっちに悪いところは何もないのだから引く必要はないはずだった。
「ふん」
星野は鼻で笑った。
「お前に用はないよ」
睨みつけてくる。
「こっちだってないよ。どけよ」
こいつは今まで祐貴のおかげで良い思いをしていたんだと思うと、余計腹がたってくる。おまけに、嘘までついて貶めようとするなんてとんでもないやつだと思
う。
「祐貴、お前は俺に話があるだろ? な?」
そ知らぬ顔で、星野が祐貴へ視線を向ける。
「あるわけないだろっ!」
俊介が叫ぶと、星野は一瞬怯んだ。
「いいのかよ、そんなこと言って」
言いながら訝しげな顔をする。
「俊介、もういいよ」
祐貴が手で押さえてきた。
「僕も、話はないよ。もうできないってこの間言ったよ。同じことは繰り返せないよ」
星野に向かって祐貴がはっきりと言葉にした。その声や言葉に付け入る隙は感じられなかった。
星野が目を細め、意外そうな顔をした。
「お前……」
「だから、ごめん」
謝ることなんてないだろ――のど元まで来る声を俊介は飲み込んだ。
「行こう、俊介」
「あ、ああ」
意外なほどあっさりした祐貴の姿に一瞬驚きがあり、祐貴が割り切れたのなら、それでいいと思う。自分もあまり係わり合いたくないやつだ、と俊介は思った。
「知らないぞっ」
まるで捨て台詞のような星野の声に祐貴は反応を見せなかった。
その代わりのように視線で行こうというように示す。それに俊介は無言で頷いた。反応を見せれば星野はそれに食いついてくるだろう。
今は無視をするのが最善なのだと思えた。
「ごめんね、面倒なことにかかわらせてしまって」
歩きながら、祐貴が小さな声で言い視線を落とす。
「そんなことないさ。あんまり突っかかってこなかったな」
祐貴がはっきりと断ったからかもしれない。拍子抜けしたぐらいだった。
「うん。これで終わるといいけど……」
祐貴が不安そうな声を落とす。
「もう、何もないだろ。だから、あいつも強く出られなかったんだよ」
ちらっと後ろを見ると、星野は突っ立ったままこちらを見ていた。
「……もうすぐ試合だね」
祐貴が話題を変えるように言った。
「ああ」
試合は久しぶりだなと思う。
遊びで試合形式でやることはあっても、真剣勝負は丸二年ほどしていなかった。
多種多様の掛け声ときゅっきゅっとバスケットシューズが鳴らす音と、慣れない場所への違和感と勝負がついてしまう緊張感が試合会場には混ざっていた。
「頼んだぞ」
俊介が体育館の端で柔軟をしていると、副部長が肩を叩いてきた。
「あ、はい」
俊介は返事をすると、大きく息を吐いた。
目の前にタオルを出されて、顔を上げると祐貴が照れたように笑っていた。
「こんなとき、なんて言ったらいいか分からなくて……がんばって、でいいのかな」
祐貴が自信なさげな顔をする。
「勝ってこいって、言えよ」
俊介はタオルを受け取りながら答えた。
ジンクスとかを持つわけじゃない。けれど、祐貴に言われたら勝てる気がした。
「じゃあ……勝ってきて」
「ああ」
この日のために呼ばれたようなものだ。勝たなきゃ意味がない。
祐貴が見ているのだからと思う。絶対に無様なカッコは見せられない。
「いくぞ」
部長の声に俊介は祐貴にタオルを返すとコートに入った。
笛の音と共に、試合が始まった。
練習の時とは勝手が違うなと俊介は思った。相手が違うのだからそれは当たり前で、けれど、出だしの調子は良かった。
スリーポイントシュートも決まったし、パスも良く通った。点差はどんどん開いていって、気分は良かった。
けれど――。
後半も半分過ぎた頃決まったと思ったスリーポイントを一本外してから、俊介は自分の中に違和感を覚えた。
「いやぁ、あの時さ――」
「そうだよ! それで――」
前を歩くバスケ部の連中は、いつもより一オクターブは高いんじゃないかと思われる叫びに近い声で会話を交わしていた。
無理も無い。一番近いことで何かと張り合う相手にされる西高に十連敗をきすところを逃れることができ、おまけに県大会初戦を白星で飾った。
「すいません」
駅前のロータリーに入った時、俊介は前に声をかけた。声が途切れ、みんなが揃って後ろを向く。
「おお、何だ」
副部長が機嫌よく声をあげた。
「俺、ちょっと寄りたいところがあるんで、ここで抜けていいっすか?」
一瞬ざわっとした空気があった。
「いや、いいけど。これから祝杯ならぬ祝バーガーでも行かないかって言ってたところだし、なんと言っても、お前が一番の功労者だし、でも、お前に用事があ
るんなら――」
最後は口ごもる。
「じゃあ、俺は次の試合の後で参加しますよ」
少しおどけた調子で俊介は答えた。
「いいね、それ。次もいただきってことだな」
今度は部長が声をあげる。
「当たり前ですよ」
俊介は決まってるでしょとばかりに親指を上げた。
「おう、じゃあ、次なっ!」
景気のいい声が返ってきた。
勝ち試合の後は皆機嫌がいい。それはどこでもそうだろうと思う。負けた西高のやつらは最後はボールを蹴飛ばしていた。顔からも苛立ちが見えていた。
「あ、僕も」
少し後ろを歩いていた祐貴も声をあげた。
「おう」
それは、何も理由も言わずに了承されたようだった。
きっと、みんなの頭は来週ある次の試合に飛んでいて、それも勝ったつもりなのだろうと思った。
小さくなっていく仲間達をしばらく見ていて、それから俊介は祐貴の方を向いた。