ランニングが終わり、ストレッチが終わり、パス練習が終わり、シュート練習が終わっても、祐貴は体育館に姿を見せなかった。
いつも座っている席は空いたずっとままだった。

「じゃあ、少し休憩」
部長の声に、俊介はきびすを返すと体育館を出た。
――何やらされてるんだよ
心の中でぼやく。
祐貴を連れ出してこようと職員室に向かっていた足は、体育館を出た直後に止まった。

体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の端に、俊介は祐貴の姿を見つけた。
けれど、祐貴は一人ではなかった。
星野が祐貴に何か耳打ちしている。祐貴の顔は困惑を表していて、いい話じゃなさそうだった。
気が付いたらしい祐貴がこちらを見てきて、釣られたように星野も視線を向けてきた。
「ふん」
星野が睨みつけてくる。
「なんだよ」
気に入らないやつだった。
祐貴はもうレポートを書けないと言った時、ぐずぐずとごねていた。
だいたい、なんでこいつがあんなものを貰っているんだという不満は俊介には最初からあった。
「祐貴、どうするんだよ」
星野が視線はこちらへ向けながら、祐貴に問いかける。
祐貴は更に顔をゆがめると、何も言わずに視線を伏せた。
「どういうことだよ」
俊介に話は見えなかった。
レポートに関してはぐずぐず言う星野を押し切った形だった。だいたい祐貴が親切心で書いていたものだ。もうやらないと言われても、文句は言えない代物のは ずだった。

「あいつと居たっていいことないぜ」
星野があごをしゃくる。
祐貴は視線を伏せたまま、顔を逸らした。
「なんだよ。はっきり言えよ」
俊介は前に進んだ。
星野が自分に良い感情を持ってはいないだろうとは思う。それはお互いさまだ。
ソフトボール部でレギュラーらしいが、そのソフトボール部は弱小で通っている。
ただ、バスケも似たようなもので、張り合っても空しいだけだ。
「お前には関係ないよ。俺は祐貴に聞いてるんだ、な」
星野が祐貴をあごで示す。
いちいち気に入らないやつだと思った。
当の祐貴は背けた顔そのまま何も言わない。

俊介は祐貴に歩み寄ると、腕掴みあげた。
「こいつの言うことなんか聞くことはないっ」
どうせまた祐貴を便利に使おうとしているだけだ。
「鵜杉の用件が済んだんなら、行こうぜ」
俊介は祐貴の手を引いた。話して通じる相手だとも思わない。
「はっ!」
途端、星野が意味ありげに声をあげ笑った。
「何だよっ」
いちいちいけ好かないやつだと思う。
「祐貴、本当にいいのか?」
まるで自分が勝ちだと言うばかりに、上から言う物言いだった。
「気にすることないよ」
こいつに何ができるんだ、と思う。喧嘩なら負けない自信はあった。
「特待生を下ろされたら困るんだろ? え? 優等生さん?」
嫌らしい言い方をする。
「やめてくれよ」
祐貴が始めて口を開いた。
「こいつにも分からせてやった方がいいんじゃないの? 俺に逆らわない方がいいってことをさ」
「俊介には関係ないよ」
祐貴が頭を振る。
「何があったんだよ」
問いかけると、途端に祐貴が口を噤む。
しばらく沈黙があった。

「俊介〜」
暢気な声が後ろから聞こえて、振り向くと体育館の入り口からバスケ部のやつが呼んでいた。
「すぐ行く」
とりあえず答え、
「鵜杉に呼ばれたことに関係あるんだろ? お前が言わないなら、鵜杉に聞いてくるよ」
感だけどと思いながら、俊介は祐貴に向かってかまをかけた。
押しが弱いくせに頑固で、なかなか言って欲しいことは言ってくれない。
「あ……」
祐貴が頭を振る。
当たりなんだ、と思った。
「な、祐貴。俺たちと居たほうがいいだろ? バスケ部なんてやめちまえよ」
星野が擦り寄るように言う。言い方に棘があると感じた。
「お前に関係ないだろ。余計なお世話だ」
こんなやつと仲良くして言い訳がない。
「俊介、呼んでるみたいだから」
祐貴が体育館を示す。
けれど、こんな状況で置いていけるわけがなかった。
「じゃあ、お前も来いよ」
手を引くと。
「うん」
祐貴は頷いた。
絶対、うんと言わないと思っていたから俊介は少し驚いて足が止まった。
祐貴が星野の方を向く。
「鵜杉にも、釘をさされた。もうできないよ。ごめん」
意外だと思えるほど、祐貴はきっぱりと言った。
謝る必要なんてないだろ、と思ったけれど、それは黙っていた。祐貴が自分で断ろうとしているときに水は差したくなかった。
「いいのか。そんなこと言って」
星野がぐずる。
「知ってしまったから。同じことは繰り返せないから。だから……」
祐貴は小さく頭を下げると、
「行こう」
こちらを見ると体育館を指し示す。
「いいのか?」
連れていこうとしたくせに、俊介は不安になった。
「うん」
祐貴は星野の方を向かなかった。
手を離すと、祐貴は自分から歩いていき、ニ、三歩行くと立ち止まって振り返った。
「俊介」
行こうと催促するように呼ぶ。
「あ、ああ」
星野のことが気になったけれど、俊介は星野を一回睨んで祐貴の後を追った。星野は突っ立ったまま憎憎しげに眉を顰めていた。
「何があったんだよ」
追いかけて祐貴に問いかけた。
気にはなる。
「後で話すよ」
前を向いたまま祐貴は答えた。
「絶対だぞ」
「うん」
素直に頷いた祐貴に、俊介は従うことにした。
星野に詰め寄られながら、祐貴は自分を選んでくれた。
さっきのやり取りはそういうことだろうと思う。
星野はいけ好かないやつで、なんだか気分は良かった。

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