バスケ部に入ることになった。
その代わりと言って、頼まれていた美化委員も週番も星野のレポートも、話をしていなかった掃除の代わりを頼まれていたものまで俊介は話をつけてくれた。
そして、いつの間にか呼び方が変わった。
周りに合わせて、名前で呼ぶようになった。

今週は教室の掃除当番で、ごみを焼却炉へ捨てに行き戻ってくると、教室には俊介が一人窓の縁にもたれかかるように、外を見ていた。
「お待たせ」
祐貴が声をかけると、俊介がはっとしたように振り向く。
「あ、行こうぜ」
声をかけてくるから、
「うん」
祐貴は頷いた。
先に行ってくれていいと言っているのに、いつも俊介は待っていてくれる。
部活を始めて、一週間が過ぎていた。

一回だけ練習に参加したものの、結局マネージャーということで話がついた。
体育の授業くらいで日ごろ運動などしていない。コートの中で始終動き回る動きに付いていけるわけがなかった。
ただ、レイアップシュートだけはきれいに決まって、俊介が褒めてくれたことが、すごく嬉しかった。
スコアの付け方を教わったり、練習の準備や片付け、ストレッチの手伝い、後はその時々の雑用で、練習を見ていられる時間も結構あった。
働けるかどうかなんて謙遜していたけれど、俊介は一人で目立っていた。
最初の二、三日は慣らしているような感じがあった。それでも、動きのキレが違う。
怪我さえしなければ、こんなところにいるやつじゃないと先輩の一人から聞いた。
土下座までして欲しがったはずだ。

「ホント、先に行ってていいよ」
隣を歩きながら、祐貴は俊介に声をかけた。
何回も言ったことだった。
「いや、いいよ」
即切り返される。
俊介がなぜ自分を指名してきたのか祐貴には分からなかった。断りたかったのなら、人選を間違えている。

「どう?」
俊介に聞かれて、何についてなのか分からなかった。
「何が?」
「無理やり引っ張っちゃったからな。バスケ部」
頭をがしがしとかく。
「ん……」
断れなかったのは自分だった。
「楽しいよ。みんな優しくしてくれるし」
俊介のご指名だから、やめると言ったら俊介もやめると言い出すんじゃないかと思われているのかもしれない。色々なところに気遣いを感じた。
クラスでの立場も変わった。
今まで近くにいた人間が一歩離れていき、俊介の周りにいた人間が集まってくる。一度も話をしたこともないのに、向こうから挨拶をしてくる。
クラスでの空気の色が変わった。それはすべて俊介の影響だ。
「なら、良かったけど」
笑いかけてくる顔に疑問が浮かぶ。
――なぜ?
直ぐに飽きられて見向きもされなくなるような気がする。
深く入り込みたくないと思ったのに、いつの間にか登校も下校も部活まで同じになっていた。

そんな中で、祐貴は突然担任に呼び出された。
「井上、後で職員室へ来い」
帰りのHRで祐貴を名指しした担任の鵜杉は、一瞬祐貴を見てすぐ視線を落とした。
祐貴に呼び出される覚えはなかった。

掃除の後で。
「俺も一緒に行ってやるよ」
そう俊介は言った。
「いいよ。先に行っていて。もうすぐ試合だし」
助けてくれと言われた西高との試合は週末に迫っていた。
「しかし」
俊介が難しい顔をする。
「大丈夫だよ。それより、マネージャーが選手の足手まといになったら困るからさ」
団体競技だから試合前の練習は大切だと思う。
「だけど、また何かやらされるんじゃないか?」
俊介の疑問はもっともで、祐貴もそれくらいしか思いつかない。
「用が終わったらすぐ体育館に行くから。もし、部活終わっても顔出さなかったら、来てくれると助かるかもしれない」
部活の時間より遅くなるほど、何かをやらされた経験はなかった。だいたい、呼び出されてまでやらされた経験もない。
ふっと俊介の顔が緩んだ。
「じゃあ、面倒なことだったら残しておけよ」
「うん」
素直に返事をした。
そんなことは、ないだろうと思った。
それでも、俊介は職員室の前まで来てくれて、何度も振り返りながら離れていった。
以前は毎日のように顔を出していた職員室に入るのは久しぶりだった。
早く済ませて顔を見せないと俊介が気にするだろうと祐貴は思った。

ノックをして入り、部屋の中ほどにある担任の机を見ると、担任である鵜杉先生は腕組をして難しそうな顔をしていた。
「なんでしょうか」
祐貴は横に立つと声をかけた。そして、机を見て息を呑んだ。
机の上には、以前星野へ渡していたレポートのコピーがあった。
「あ、井上」
驚いたように、鵜杉が見上げてくる。
「これに、見覚えがあるだろ?」
鵜杉が机の上のコピーを指差す。
「あ、はい」
コピー自体に見覚えは無かったが、原紙になったであろうものに心当たりはある。たぶん、コピーは星野がしたのだと思った。
「一部、百円だそうだ」
「え?」
お金を取った覚えは無い。
欲しいという人に渡して欲しいと星野に言ったけれど、お金を取っているなんて話は知らなかった。コピー代がかかったにしても、レポート用紙二、三枚のもの だからそんなにかかるはずはない。
「内容はおいておいて、金を取るというのはどうかな」
「それは――」
言葉が続けられずに、祐貴は唇を噛んだ。
自分は知らないことだ。
でも――。
「何か言いたいことがあるなら言いなさい。いくら成績が良くても、特待生の枠を下ろさざるを得なくなるかもしれない」
「……僕は――」
お金なんか取っていない――そう心の中では言えるのに、声には出なかった。
どうやって証明する?
どう見ても自分の字だ。
星野に聞いてくれと言ったところで、星野が正直に言うわけがないような気がする。
知らないと言われてしまえば終わりだ。
なんて言えば――頭の中は焦るばかりで何も浮かんではこない。

鵜杉が大きく息を吐いた。
「なんにせよ。もう、こんなことはしないことだな」
「……はい」
素直に頷くしかななかった。

祐貴は職員室を出ると体育館の方へとぼとぼ歩いた。
まさかと思うことがあるものだと思う。
校庭からは運動部の掛け声や応援団の練習が聞こえていた。
一応、事なきを得たということなんだろうと思う。
ただ、俊介にどう説明すればいいのだろうと思った。
絶対に聞いてくる。
聞かれたらどうする?
俊介はあのレポートが星野に渡っていたことを知っている。
「……有り得ないよ」
俊介が自分のために何かをするなんてことはないだろうと思う。
でも、もしかしたら、と思う。
俊介が自分に拘る理由を祐貴は分かりかねていた。

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