祐貴はきょとんとした顔をしていた。
そんな変なこと言ってるか?
その顔を見ながら俊介は思った。

クラスメートで最寄り駅が同じなんだから、一緒に登校してもいいだろうと思う。
ただ、少々強引ではあったかなと思った。
ただが朝一緒に行こうってだけのことに、あんなに恐縮することはないだろうと思う。
いつもそうだ。
一歩後ろに引いている感じがする。近づきたくて一歩進むと一歩後退る。距離感は変わらない。
それでも、朝の約束は取り付けた。

そして、放課後の祐貴は逃げも隠れもできない状況にいる。掃除が終わった後の教室で、祐貴はレポートをかりかりと書いていた。
ここで捕まえておけばいい。
教室には誰もいなかった。

突然、ばたばたと廊下を走る音がして、がらっと教室のドアが開けられた。
「なんだ、ここかよっ」
Tシャツに短パン姿の見慣れたバスケ部員がはあはあと息を荒くしていた。二、三回深呼吸すると、教室に入ってくる。
今日は一人?
一昨日は、三人に捕まえられた。
そういえば、昨日は来なかったな、と俊介は思った。
でも、諦めたわけではなさそうだった。

三年の副部長だったっけと思いながら、俊介は様子を窺っていた。一人ならかわして逃げる自信はある。けれど、自分が逃げたら、祐貴に逃げられてしまう。
副部長は俊介の前までくると、突然がばっと土下座をした。
「頼むっ」
「は?」
まさかな展開にあっけに取られた俊介同様祐貴も驚いたらしい。呆然としたように手が止まっていた。
「助けてくれっ!」
「いや……そんなこと言われても……」
どうしていいのか分からず、手は頭をがしがしかいていた。
「入部じゃなくて、仮入部でもかまわない。県大会の一回戦で当たる西高との試合には絶対勝ちたいんだっ」
副部長は額を床にこすり付けんばかりに頭を下げ叫ぶ。
「やめてくださいよ」
さすがにこれはやりすぎじゃないの、と思った。
確かに中学の時はいいところまでいったけれど、中三の夏は怪我で試合にはでられなかった。その後、昼休みに遊びでやることはあっても本格的にはやっていな い、身体は確実に鈍っていて、期待されるほどの働きができるかは疑問だ。
「頼むっ」
いっこうに頭を上げようとしない副部長には、俊介の都合など関係ないようだった。
困ったなと思って俊介が祐貴の方を見ると、気の毒そうな顔をして土下座する副部長を見ていた。
ふっと祐貴が見てくる。
その顔は聞いてあげればいいのに、と言っていた。
きっと、祐貴なら一もニもなく、引き受けているのだろう。
そんなやつだから、人の仕事を色々引き受けているのだろうと思う。
「一つ、条件があるんすけど……」
突っ張ろうと思っていたのに、祐貴の顔に負けた。
「何だ?」
副部長がぱっと顔をあげる。その瞬発力はさすがに運動部だと思った。
「でも、俺、そんなに期待されるほどの働きができるか分からないっすよ」
大きすぎる期待を持たれても困る。
「いや、十分、いや十二分だよ。なんでも飲むから条件を言ってくれ」
副部長の細い目がきらきらと光っていた。
「……こいつも一緒にやるなら」
俊介は親指で祐貴を示した。
一瞬きょとんとした顔をした祐貴は、次に怪訝そうに眉を顰めた。
「僕、バスケなんて、できないよ」
おそるおそる言葉にする。
祐貴の言葉など聞いちゃいないという風に副部長は祐貴の方を向くと頭を下げた。
「頼む。バスケ部を助けてくれ」
頭を下げたまま、口にする。
よっぽど困っているらしい。
街中で裸踊りをやってくれと言っても、今ならやってくれそうな雰囲気だ。
「え……困る」
祐貴の言葉は拒んでいるのに、そんな感じがしない。これなら落とせる、そう思える。
「大丈夫だよ。ちゃんとフォローはするから。選手じゃなくて、マネージャーって手もある」
顔をあげた副部長は説得にかかった。副部長も落とせると思ったらしい。
「あ、でも」
「何かに入っているなら、掛け持ちでもかまわないし、そっちを優先してかまわないよ」
「あ……」
祐貴の言葉が段々少なくなる。
「できる範囲で構わないから」
「えっと」
「いいよな?」
声は確信に満ちた確認だった。
「あの……」
「じゃあ、明日体育館で待ってるから」
副部長はにこにこ笑いながら立ち上がって、祐貴の手なんて握っていた。
――なんだよ
俊介は繋がれている手を見ながら、ちょっとムッとした。
その後、副部長は、
「じゃあ、そういうことだから。明日からよろしく」
と俊介に言い、
「頼んだぞ」
と捨て台詞のように祐貴に言うと、さっさと教室を出て行った。
がしゃんと勢いよく閉まったドアの音は勝利の雄叫びに聞こえた。
「……なんだ、ありゃ」
下手に何か言われる前に退散したような感じだった。
廊下でざわついた声がしたと思ったら、それはすぐに遠ざかっていった。
「あ……どうしよう」
困ったような顔をして祐貴が見てくる。
「フォローしてくれるって言ってたじゃんか。大丈夫だろ」
言っただけかもしれないが。
「でも、僕、本当にできないよ」
じゃあ、断れば良かったんだよ、と思っても言えなかった。
祐貴的に断っていたつもりなんだろう。でも、とてもそうは見えなかった。
「マネージャーでもいいって言ってたし」
それも有りだなとは思う。
「なんで、僕?」
不思議そうな顔をする。
「いいじゃん、たまには、運動も」
お前の顔に負けたんだから少しは責任とってくれてもいいだろ、と俊介は心の中で呟いた。
「その代わり、今お前が抱えてるのはなんとかするよ」
まだ不思議そうな顔をしている祐貴に俊介は続けた。
断れない祐貴のために、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。

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