「あ、あ、あ、あっ……ぁ」
我慢していたからか、いつもよりも深い快感に襲われた。
「んっ――――ぁあ、ぁ――――」
柴崎の上で揺らされながら、彬は天を仰いた。
柴崎のところへ行く間隔を少しづつあけていった。三日後に行ったら四日後、また三日後に行って次は五日後。
トレーニングの後、疲れて帰ってくるんだろうな、と思った。せめて夕飯でも作りに行こうかなと思って思いとどまる。そんなことをしていたら、家へ帰りたく
なくなる。それでは、何の意味もない。気持ちに応えられないから、離れることにした。自然にと、そう感じられるように。
身体は彬の気持ちを無視したように欲しがる。人に触れられることを知ってしまった身体は我が侭を言う。それは、柴崎と生活を共にしていた時よりも。
触れられれば、それは快感にすぐ変わっていった。けれど、抱きしめられるだけで、キスされるだけで、満たされた。だから、傍にいた時はそれほど、欲しがり
はしなかった。
柴崎のいない生活を始めて、抱いてくれるぬくもりも、触れる唇もなくなると、それはすぐ身体の奥に響いた。欲しくて、欲しくて――――けれど、欲しがる熱
を噛み潰すように抑えた。自分で決めたことだ。今は辛くても、後で良かったと、きっとそう思う。
彬は熱を放つと全ての力を失って、柴崎の上に折れ曲がるように倒れこんだ。
全身が心臓になってしまったように身体が波打つ。
「ごめ……重、いよね」
身体を離そうとすると、柴崎が首に腕を回してくる。
「いい……」
そう言われて、彬は身体の力を抜いた。身体の中で自分の心臓が大きく波打つ、そして、耳から柴崎の心音も聞こえてくる。
規則正しく、鼓動を刻む。その音が心地よく感じる。身体の奥の余韻を感じながら、意識は浮いているようだった。
「彬、寝ちゃう前にシャワー浴びないと」
柴崎が髪をかきまわすように頭を撫でる。
「うん……」
返事を返しながらも、起きる気はなかった。柴崎がその気になったら、抱いて連れていってくれる。
以前より、黒く逞しくなった身体は彬を軽々と持ち上げる。甘えちゃいけない、と思いながらも、もう少しと思った。
大抵は彬が起き上がるまで、柴崎は待っていてくれた。自分が寝てしまいそうになるときだけ、「だめだ」、そう言って抱き上げてくれる。「歩けるよ」と降り
ようとするけれど、そのまま連れて行かれる。
「ごめん」呟いた言葉に、「いいよ。幸せそうな顔してるから」と返された。
幸せかもしれないと思う。何も考えられなくて、身体は満たされていて――――その時は。
髪をかき回していた手がゆっくりと止まって、そのうち寝息が聞こえてきた。
え? と思って彬が顔をあげると、無防備な柴崎の顔が見えた。安心して意識を手放しているような顔。
――――疲れているんだよね
彬は柴崎の頬に手で触れた。
インカレは間に合わなくて、秋の地方大会に照準をあわせると言っていた。
イイトコ見せないとな、そう言って柴崎は笑っていた。
いいのに、そう思うけれど、無理しなくてもいいのに、そう思うけれど、背中を押したのが彬である以上、見守ることしかできない。楽しみにしてる、と彬が答
えると、柴崎は満面の笑みを見せてくれた。
テストの日程は同じだし、期末にレポートの提出があるものもあるだろう。トレーニングの時間は減らしたとは言っても、毎日グランドには行っているようだっ
た。
このまま寝かせてあげたいのは山々だけれど、そういう訳にもいかない。
彬が身体を伸ばすと、身体を満たしていたものがするっと抜けていく。切ないものを感じながら、唇を重ねた。味わうように啄ばむと、深く重ね、舌を差し入れ
て口内を愛撫する。確かめるように少しづつ舌を動かす。
「ん……」
柴崎が息を漏らす。
それでもかまわずに続けた。
身体を揺すって起こすのは簡単だ。けれど、急に覚ますのではなくて、シャボン玉が風に揺られてゆっくりを空へ上っていくように、まどろみながらゆっくりと
意識を戻して欲しかった。驚きではなくて、自然に眠りから覚めて欲しい。
あなたに応えることはできないけれど、応援はしてる。きっかけは不幸だったかもしれない。でも、気持ちは分かったから。
「ふ――――」
柴崎は声にならない息をもらした後、彬の背中へ腕を回した。
起きたんだ、と彬は思った。
「シャワー、浴びないと」
唇を離して彬は言った。
「そうだな」
ゆっくり目を開け、柴崎はため息まじりに呟く。
そして、しばらく見詰め合っていた。
「彬」
「ん?」
「どいてくれないと、起きれないよ」
「ん」
そんなコトは分かってる。
「シャワー、浴びるんだろ?」
「ん」
そう言って起こしたのは彬だ。
「じゃあ」
「ん」
でも、シャワーを浴びてしまったら終わりだ。
「そんな切なそうな顔するなよ」
柴崎が彬の頬へ手を当てる。そして、優しく撫でる。それだけでも、心地よくて、彬は目を閉じた。
分かってる。柴崎は疲れているんだから、休ませてあげなきゃいけない。頬に手の感触を感じながら、彬は心の中で呟いた。
彬が身体を浮かして、柴崎の横へ仰向けで転がると、まるで何かにつながれていたように、柴崎が彬の上に覆いかぶさる。
「シャワーは?」彬が言うと、柴崎は「分かってる」と言いながら、首筋に唇を押し付けてきた。
「まだ、欲しいんだろ?」
耳元で囁く。
「でも――――」
先の言葉はでてこない。うまくかわせる言葉は思いつかない。疲れてるのは分かってるから、これ以上望むのは自分の我が侭だと分かっているから、もう一度は
十分に満たされたから、だから、もういいんだ。そんな気持ちを正直に言ってしまったら、欲しがっているのは分かってしまう。
日にちが過ぎるたびに、カウントダウンされていく。テストが終われば、彬は親元へ帰る。その時が、ターニングポイントだ。たとえ、戻って来たとしても、も
う柴崎に抱かれるつもりは無い。
だから、最後の日はすぐそこまで迫っている。
「慣らさなくても大丈夫だよな」
彬が答える間もなく、あてがわれたものが入ってくる。
「あ……」
彬の身体が仰け反る。奥を突かれて、まだ余韻の残っている身体はすぐ熱くなる。
「あ、あ、あ、」
突き上げられて、足がシーツを滑る。手は柴崎の背中を掴む。快感に溺れて、何も考えられなくなる。そのくせ、目頭が熱くなって、涙が一筋流れた。
「彬?」
柴崎が不安そうな声を出す。
彬は、ただかぶりを振った。
好き、そうただ一言言えればいいのに。そう言えれば、失わずに済むのに。彬の心は頑ななまでに、その言葉を拒む。
揺らされながら落ちていく。もうこのまま、時間が止まってしまえばいい、そう思わずにはいられない。
何も考えずに、快感だけを感じて。
テストの全日程が終わった次の日、彬は柴崎がトレーニングを行っているグランドへ足を運んだ。グランドでは、数人づつの塊がいくつかできていた。柴崎はそ
の中でコーチらしい人物と話をしている。ぐるっと見回した先に、彬は知った顔を見つけた。
「珍しいな」
グランドの端、木陰で腰をおろす人影に近づくと、その人物は彬を見て目を細めた。
「先日はすみませんでした」
彬は軽く頭を下げた。
酷い言葉を浴びせ、部屋を追い出した。その記憶は新しい。
「まあ、俺もでしゃばったんだと思うから、謝ることもないよ」
まあ座れば、と視線をおとした彬に矢野は続けた。
「仲、いいんですね。練習まで見に来るなんて」
腰を落とし横顔へ話かける。
休みに入っているのに、わざわざ学校まで来て練習を見にくるほどの仲だとは思わなかった。
「まあ、俺はあいつのファンだからさ」
「ファン?」
意外な言葉だった。
「もう、三年たつのかな。高校二年の時、ここでインターハイがあってさ。一応陸上部で、選手じゃなかったんだけど、雑用兼応援で狩り出されて。そん時初め
て見て、それから」
「そう、なんだ」
そういう人がいても不思議はないのかもしれない。それだけの実力はあるのだろう、たぶん。
「大学で会って、びっくりだったよ。なんでこんなところにいるんだって」
「そうですよね」
自分だって、驚いた。なぜ、ここにと。立ちすくんで動けなかったほど。
「陸上やめたって聞いて、すっげえ、がっくり。あいつの走る姿見放題なわけって、手放しで喜んだだけに余計に」
「そうですよね」
陸上をやめるなんて思ってもいなかった。
「故障したわけでもないのにやめたってのが納得いかなくて、すげえ勧めても、何処吹く風で」
矢野の言葉に彬は視線をグランドに落とした。
「なのに、突然やるって言い出して、また驚かされたよ」
「そう、ですね」
彬は遠くに見える柴崎へ視線を向けた。
「お前が勧めたんだって?」
「ん、まあ。でも、また、やりたいと思っていた時だったんですよ。きっと」
矢野の言葉が重く感じた。自分は柴崎の人生を背負っているわけじゃない。確かに勧めたけれど、自分の言葉だけで柴崎が動いたとは思いたくない。柴崎にも気
持ちがあったと思いたい。
不意に、柴崎が彬の方を見た。コーチに何かを言うと、彬の方へ歩いてくる。
彬の心臓がとくんと跳ねる。柴崎が近づいてくる。会うのは久しぶりだった。