触れる柴崎の身体はまだ冷たく感じるのに、唇は温かかった。
「ん……」
自分の意志とは関係なく声がするりと喉を抜ける。落とされる唇に、肌を撫でる手に、身体の力が抜けていき、神経だけが研ぎ澄まされていった。息が漏れ、身
体はすぐ反応する。
頭上で瓶のキャップを捻る音が聞こえた。
そして、湿り気を帯びた手が内股を撫でるようにして奥の窄まりに触れた時、彬は思わず息を呑んだ。顔がゆがみ、身体が強張る。神経はとがったように柴崎の
指を追う。
柴崎の指は優しく揉むように触れていた。ゆっくりとほぐすように。
――――まだ、大丈夫
彬は目を閉じゆっくりと息を吐いた。
まだ触れられただけだ。けれど、それだけで心臓の鼓動は早くなってくる。あわせて早くなってしまいそうな呼吸に、ゆっくり、そう言い聞かせた。
「あきら」
柴崎が囁く。声は甘い息を帯びていた。手は優しく窄まりを撫でる。ほぐすように、ゆっくりと。
そして唇は肌を啄ばむ。ちゅっと湿った音をたて、肌に強く押し付けられた唇は次の瞬間ふっと離れて、そしてまた押し付けられる。
「あっ……」
胸の突起を口に含まれ、彬は身体がぴくっと跳ねた。
舌で転がすようにされて、声が自然に零れる。
「あっ――んんっ……ぁ」
どこかへ持っていかれそうになる感覚に、彬は手に触れたシーツを握りしめた。身体の奥が何かを求めているように疼きだす。そんな彬の気持ちを分かっている
かのように、身体の中に入ってきた柴崎の指が疼きを優しくかき回した。
もっと、と身体は言っていた。もっと、もっと、満たして欲しい。
指が増やされて彬の中をかき回す。
もっと、そう身体は言う。
「あきら」
柴崎が囁いた。
そして、彬の身体の中を満たしていたものをゆっくり引き抜く。そのあと、あてがわれたものに、彬の身体はびくっと震え、引いてしまった。
どんな痛さかはもう忘れた。けれど、痛かったという記憶だけは残っている。
柴崎がうかがうように彬の顔を見た。どうしたらいいのか分からなくて、彬は視線を逸らした。嫌だとはっきり言葉にするほどの嫌悪感があるわけじゃない。疼
く身体は欲しがっている。けれど、それを記憶が邪魔をする。
柴崎が少し身体を離して、小さく息を漏らした。そして、きゅっと彬の頭を抱きこむ。
「嫌?」
柴崎が耳元で囁いた。
その声は優しくて、嫌だと言ったらやめてくれるのだろう、と彬は思った。
――――大丈夫
「ううん。ちょと……びっくり、した、だけ」
彬はかぶりを振った。怖さはある。けれど、耐えられないわけじゃない。嫌だと言葉にしたら、柴崎はやめてくれるだろう。まだ、嫌だと思っているわけじゃな
い。
彬は柴崎の背中へ腕を回した。
大丈夫、もう一度心の中で呟く。
彬の腰を持ち上げるようにして、柴崎は自分のものを彬へ押し当てると、覆いかぶさるようにして唇を合わせてきた。唇を軽く啄ばむようにしながら、下では
ゆっくりと押し入ってくる。
初めての時感じたような痛さはなかった。中を押し広げられるような違和感はある。苦しさはある。けれど、それは、痛みではなかった。身体の中に入ってくる
柴崎を感じながら、気を逸らすように唇を貪った。舌を絡めあい、吸いあう。漏れてしまう息も一緒に、分け合う。
それで痛みが和らげられたのかは分からない。けれど、彬の身体は柴崎を飲み込んでいった。
「はぁ……」
彬を見下ろしながら柴崎が息を吐く。眉根をよせ、それでも口元を少し緩めると、彬の頭をきゅっと抱きこみ、ゆっくりと動いた。
小さくゆっくりと、それは次第に深く早くなっていく。
初めて抱かれたときと同じ行為のはずだった。彬にとってはただ辱められるだけの行為のはずだった。
なのに、今、自分を満たすものは、その時とはまったく違うものだと彬には思えた。
突き上げられる度に、身体の奥に快感が溢れてくる。呼吸を合わせると、それは更に大きくなる。
「あ……っぁあ、あ――――」
今まで感じたことがない快感が身体の奥を突く。身体は仰け反り、じっとしていられなくて、合わせるように身体を揺らした。
「あ、もう――――」
イきたくて、彬が自分のものに手を伸ばそうとしたら、先に柴崎の手に包まれた。突き上げられて、擦り上げられて、ただ、与えられる愉悦の中へ落ちていく。
――――ああ、
身体が震え、声も出せなくなる。
満たされて、達したとき、心の中は空っぽで、何も考えられなかった。
身体の中に溜まっていたもの全てが吐き出されたような気がした。そして、荒い息を吐いている自分がいた。
「あきら……」
柴崎が名前を呼ぶ。唇に触れるだけのキスをすると、柴崎は彬の肩口に顔を埋めた。耳に柴崎の呼吸の音が響く。
柴崎の背中へ手を伸ばすと、背筋には汗が浮いていた。身体全体が波打つように呼吸している。上下する背中を彬はそっとなでた。
二人の息音だけが部屋の中に響いている。気だるい空気があたりを包む。それは嫌なことではなかった。
彬が余韻の中に浸っていると、ずるっと身体の中から出ていくものを感じた。それが普通のはずなのに、ぽっかりと身体の中が空いてしまった気がする。
柴崎は彬から離れると、横に仰向けに転がった。
大きく息を吐くと、彬の方を向き、髪の毛を梳くように撫でる。
「大丈夫か?」
手は優しく頭を撫でる。
「ん」
彬は答えると目を閉じた。身体の中にいままであったものが余韻を残している。
「身体を流した方が良い」
柴崎が囁く。
「もう少し……」
そう答えると彬は横を向いて身体をまるめた。柴崎の手が髪に触れている。優しく触れてくる手と身体の余韻をもう少し感じていたかった。
気がつくと、明るくなっていた。電気の明かりではない、太陽の日差しが部屋に入ってきている。
ベッドの中は彬一人だった。けれど、伸ばした手に触れるぬくもり見つけた。そこは少し前まで人がいた痕跡を残していた。
「彬、起きたのか?」
聞こえた声に視線を向ければ、柴崎の姿があって、彬は安心してまた目を閉じた。
「また、寝るなよ。もう朝だ」
ベッドの横まで来て、縁に腰掛けると、柴崎は彬の髪を掬うように撫でる。
「キスしてくれたら」
彬は薄く目をあけて、柴崎を見上げた。
触れてきた唇は、すぐに離れていく。それが、少し物足りなくも感じた。
「パン焼くから、早く起きてこい」
彬に声をかけると、柴崎は背中を見せる。
「うん」
背中に向かってそう答えたけれど、彬は布団の中にもぐりこんだ。布団の中が暖かかった。
昨日の夜は、抱いて風呂場まで連れていってくれて、そのまま身体を洗って流してくれた。流石に身体を拭くのは自分でやったけれど、後ろから髪を拭いてくれ
た。
「なんでそんなに優しくしてくれるんだよ」
そう訊いた彬に柴崎はふっと笑っただけだった。
「早く寝た方がいい」
柴崎に言われ、肩を抱かれてベッドへ連れていかれた。ベッドの中に入って、意識が途切れたのはすぐだったと思う。
「早く、彬」
催促されて、仕方なく彬は身体を起こした。そして、自分の変化に気づく。
今までは柴崎の言葉を無視できた。何度起きろといわれても自分がその気にならなければ起きなかった。なのに、今は、まどろんでいたいと思う心に反抗するよ
うに身体が動いた。
自分の行動に戸惑いながらも、彬はベッドから起きると、テーブルについた。
「ほら」
マーガリンの塗られたパンを柴崎が渡してくる。
顔を見るたびに、この人はあんなコトをしたんだ、と辛い過去を思い出す。一年以上経った今、どんな痛みだったか、どんな気持ちだったか、もうはっきり
覚えてはいないのに、痛かったという記憶と屈辱を受けたという記憶が脳裏を過ぎる。床に点々と落ちていた白い液体と紅い液体が目の前に浮かぶ。
憎むには優しすぎて、受け入れることは記憶が邪魔をする。けれど。
――――今なら許せるかな
気持ちがすごく穏やかで、身体の奥が温かくて、それは柴崎がくれたものだから。汚すだけのものじゃないと身体で分かったから。
「陸上、好きなんでしょう」
パンを受け取りながら、柴崎に訊いた。
「ん、まあ」
柴崎があやふやな返事をする。
「やりなよ。前みたいに」
首を傾げ柴崎をうかがうように、彬は言った。柴崎が不思議そうな顔をする。そして視線を伏せた。
「俺は――――」
顔を背け、テーブルに置かれた手が拳を握る。
「見たいな。先輩が走るところ。高校んときは見る機会なかったし」
視線をあげた柴崎はまた不思議そうな顔をした。
有名だということは知っていた。けれど、彬には陸上のエースと毎週会う先輩が同じ人だとは繋がらなかった。
「彬?」
「昔のことは忘れよう、って言ったよ、昨日」
昨日は出任せだった。でも、今は本当にそう思う。
「でも――――」
柴崎がためらうように言う。
「見たいな。見せてよ」
一年ちょっとのブランクがどんなものかは分からな
い。けれど、柴崎が陸上をやめたのはあのコトが原因だと聞いたときに腹立たしさを感じた。なんでそれが自分への償いになるのか分からなかった。柴崎が陸上
を
やめたところで自分には何も関係ない。却って罪悪感を感じた。柴崎の将来をある意味自分が潰した。
柴崎が華々しく活躍していたら、なんであんなやつが、と思うのかもしれない。あいつは自分を汚したのに、と思うかもしれない。結局、あの時は柴崎を許すこ
とはできなかったんだと思う。たとえ、彼が命で償ったとしても。
「彬……」
「約束だよ」
柴崎の戸惑いを含む瞳に、彬はきっぱりと言った。
今なら許せる。柴崎が華々しい脚光を浴びたとしても、穏やかな気持ちで見ていられると思う。優しい言葉をかけることも、応援することもできる。きっと。
穏やかな日々が過ぎていく。
抱き合ってキスをする。彬がねだるときもあれば、柴崎が手を伸ばすこともあった。まるで、恋人のように、ぬくもりを重ねあう。
けれど、そこに、言葉はなかった。
それで、彬は良かった。彬が欲しいものは傍のいる存在とぬくもりだった。
彬に毎日のようにせつかれて、もうすぐ梅雨が終わるという頃、柴崎は陸上部に入った。