ふっと、彬は意識が戻った。
カーテンを通して太陽の光が漏れてくる。まだ目覚ましは鳴っていない。
今、何時なのだろう、と彬が時計を見ようとして身体を捻りながら伸ばすと、肘が柴崎の背中にぶつかった。
柴崎の背中を見ながら、よく続くな、と彬は思う。
肘がぶつかっても、何の反応を見せないから、たぶん、眠ってはいないのだろう。
同じベッドに寝るようになって三日が経っていた。

初めての晩、同じベッドに入ることを柴崎は拒んだ。それを無理やり彬は引き込んだ。
「いいよ、毛布が一枚あれば」
そう柴崎は言った。
「僕の言うことを聞く、と言ったのはあんたでしょう?」
返した彬に柴崎は小さくかぶりを振った。
「できないなら、できないって言えばいいだろう。結局、自分のやりたいコトしかしないんでしょう。そうじゃないのなら、早くおいでよ。あんたがぐずぐずし てると寝られないだろ。僕も」
言いながら彬は柴崎を睨んだ。
しばらくただ目を合わせたままでいたけれど、諦めたように、柴崎は背を向けて、ベッドの縁に身体をすべりこませてきた。
好きだというのなら、同じベッドにいながら触れられないのは辛いだろう。本当に後悔しているのなら、尚更。
償わせてやるよ、トコトン辛い思いをすれば良い。
柴崎を許せはしない。好きだった、大切な友達まで失ってしまったのだから。
柴崎の背を見ながら、彬はその時そう思った。

「六時か……」
時計を見て、彬は呟いた。ちょっと早い。
けれど、また寝る気にもなれない。
足元からベッドを抜けると、チェストから服を出して着替えた。
「僕は、今日出かけるから食事はいらない。夜まで帰ってこないから、好きにすればいい」
柴崎に背中を向けながら言う。
背後から衣擦れの音がした。やっぱり、起きていたのだろう。
「毎週日曜日は、同じだから」
彬は、そう付け加えた。
週一日休みをやっても、罰はあたらないだろう。

「どこへ行くんだ? 」
躊躇いがちな声が聞こえる。
「どこでも、いいだろ」
言い捨てる。柴崎には関係ないことなのだから。

アパートから駅まで十五分。駅から電車で五駅。そして、バスで四十五分。更に、バスを乗り継いで十五分。そこから歩いて十分、山を登ったところが目的の場 所だった。
門の横にある郵便受けを見ると、中は空だった。前庭を抜け、玄関のガラス戸をあける。
「ばあちゃん、おはよう」
中に向かって声を上げると、しばらくして奥の暖簾から彬の祖母が顔を出した。
「今日は、ずいぶん早いんだね」
「うん。早く目が覚めちゃったから」
言い訳のように言いながら、彬は靴を脱いで家へあがった。
毎週というわけではなかったが、彬は祖母の家へ手伝いに来ていた。それは、父との約束のひとつでもあった。
一昨年祖父を亡くしてから、家には祖母が一人で暮らしていた。祖母の娘である叔母も町へでているから、あまり帰ってくることもできない。父は年寄りの一人 暮らしが心配だったのだろうと、彬は思う。
買い物、畑仕事の手伝い、話相手、それで一日が終わる。
「朝ご飯は?」
「ん、まだ。でも、いいよ。適当にするから。冷蔵庫の中のもん勝手に使うよ。後で買い物行ってくるから」
彬は祖母に言うと、台所へ行った。
子供の頃は年に数回訪れていた場所だった。大きくなるにつれて、回数は減った。それでも、受験の時を除いて、正月には来ていたから、勝手は分かっている。

自分で食事を作る必要なんてない。家で命令すればいいだけのコトだ。だけど、それがときに苦痛になる。
まだ三日なのに、息苦しくなっている自分がいた。
「甘いよな」
一人愚痴る。
こんなんだからやられちゃうんだ、と思う。相手に対してとことん冷たくするなんてできない。拒否することができない。
柴崎は従順だった。何も反論せずに言われたコトをやる。当たり前だ。そんな大したコトを命令してる訳じゃない。
同じベッドで寝ることは嫌がった。その程度のことだ。
自分が甘いから、償うことがどんなコトかを教えてやれない。そう思うと彬はため息がでた。
教えてやらなきゃいけない、償うってコトがどんなことか。
今でも好きだとかほざくやつに。


ベッドの中で身体を捻ると、視線があった。
「時間だよ」
台所に立つ柴崎が言う。
「うん」
彬は答えると、ベッドの中で身体を翻し壁の方を向いた。
「今日一時限からあるんだろ。遅れるぞ」
お節介な言葉をかけてくる。
「――――代返しといてよ。シートにチェック入れるだけだからさ」
背中を向けたまま、彬は言った。
「どうするんだ、講義は」
「じゃあ、講義も受けて、ノート取って、後で教えてよ。あのセンセ何言ってるか分かんないだよね」
「彬」
柴崎が非難するような声を出す。
「何でも言うコト聞くんでしょ」
何も言えなくなるひと言を言ってやった。
「それじゃ、お前のためにはならないだろ」
また、人のせいにする。
「講義にでるのが面倒なだけだろ? 」
誰が好き好んで、ツマラナイ講義を聴きたいものか。

「二時限目はどうするんだ? 」
予期していない言葉が返ってきた。
「出るよ。きれいなお姉さんは好きだからさ」
男教師が多い中、珍しい女教師の講義だ。
「気が向いたら、ちゃんと来いよ」
柴崎は鞄を掴むと、部屋を出て行った。

ドアの閉まった音を聞いて、彬は向き直った。テーブルの上には、律儀に作られた朝食が置いてある。
もう、きっとトーストは硬くなっているだろう。
柴崎から何度も掛けられた声に、生返事を返していた。やってらんないと怒ってもいいのに。いい加減にしろ、と言えばいいのに。そんな言葉は飲み込んでいる のだろう。
償うため?
こんな生活が償いになるのだろうか。
一緒に生活を始めて、一ヶ月が経つ。苛立つコトはあっても、気が晴れることなんてない。けれど、ただ日々は規則正しく過ぎていった。

週に一度祖母の家へ行くことが彬の息抜きになっていた。
町から少し離れただけで空気が違うような気がした。木が多いこともあるのだろう。
五月はキウィの摘蕾や受粉作業がある。話に聞いていただけで、やったことは無かったけれど、いつの間にか夢中になっている自分がいた。キウィの受粉をやっ ている傍らには、さくらんぼが実をつけていた。
これらは家で食べるために作っていたものだから数があるわけではなくて、祖母と二人でやって半日で作業は終わった。

祖母の家から戻ったとき、柴崎はテーブルの上で本を開いて読んでいた。
土産にもらってきたさくらんぼをテーブルの上に置くと、柴崎は不思議そうな顔をして彬を見上げた。
「どうしたんだ? これ?」
タッパウェアに入った状態で果物を売っている店はさすがに無いだろう。
「あんたには関係ないだろ。悪くならないうちに、食べさせてよ」
言い捨てると机に向かった。机の前に座っているときが家の中にいる時は一番落ち着く。前が壁だから、何も視界には入ってこない。
彬は鞄の中から一枚紙を取り出すと、振り向きテーブルの上にのるように放った。
「それから、これも頼むね」
そう付け加える。
柴崎は紙を取り上げ目を通すと、眉を顰めた。
「自分でやらなきゃ意味がないだろう」
自分が正しいかのように非難する。
「僕の言うコトは何でも聞くんでしょ。どうせ、出したら終わりのレポートだよ。自分で書いたからって何の得があるのさ」
「そんなことじゃ、大学に行っている意味がないだろう」
「卒業できれば。単位さえ取れればいいんだからさ。上手くやった方がいいじゃん」
「……彬」
柴崎は困惑を表情に浮かべた。
「ついでに、明日の一時限目も頼むね。今日、疲れちゃったから、明日は起こしてくれなくていいよ」
自分の言いたいことだけ言うと、彬は机に向かった。

お前が、お前が、お前が、柴崎の言う言葉には必ず彬がでてくる。
お前にためには良くない、と、よくそんなコトが言えるものだと思う。正義面して、やったことはなんなんだよ。
そう思うと、苛立ってくる。
全部面倒なことは柴崎にやらせて、自分は楽をしている。それでも苛立ってくる。
早く諦めてくれればいいのに。
許してくれと、土下座でもすればいいのに。
なのに、柴崎は困惑の表情を浮かべても、言われた通りにこなす。できることがまた、彬を苛立たせた。

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