「結局、うまくいっちゃったんだ」
つまらなそうに、俊は言った。
「ごめん」
悪いことをしたと思っているわけじゃないのに、謝罪の言葉が口から出る。一人だけ幸せになってしまって祐樹は申し訳ない気がした。

「お前が謝ることないだろ」
「でも……」
結果は報告したほうがいいだろうとは思っていた。いつものように図書室で席を並べ、それでもなかなか言い出せなかったけれど、俊に問い掛けられて祐樹は正 直に話 した。
「いいこと聞いたって俺は思うよ。ノーマルはバイになり得るってことだろ」
「そうだけど」
みんながみんな同じ結果になるとは限らなくて、覚悟をしたといっても、途中で放り出されたら落ち込みは半端じゃなかっただろうと思う。
「諦めることしか考えられなかった今までに比べれば、ずっといいよ」
「そうだね」
希望はそれだけで元気になれる。どん底まで落ち込んだら、後は浮上するしかないわけだから。
「僕は俊の味方だよ」
辛いときに傍にいてくれた人だから、もし、俊が辛いときは、傍にいてあげたいと思う。
「ありがと。気持ちだけもらっておくよ。あいつにはさからえないだろ?」
俊の示した先には図書室へ入ってくる圭輔の姿があった。
「大丈夫だよ。圭輔も分かってくれるよ」
圭輔は男同士であることを嫌悪しているのだと思っていた考えは間違っていた。
圭輔はまっすぐに歩いてくると、俊の前で止まった。
俊を見て一度視線を伏せると、頭へ手を持っていきがりがりと掻いた。
「ごめん、俊」
呟くように言った。
「……何? 俺は別にお前に何もされた覚えはないよ」
何もしていない。確かにそうなのだろう。視線を合わすことも、言葉をかけることも。
「お前が許してくれないのは分かるさ。でも、自分が悪かったと思うから、それだけは伝えたかったんだ」
視線はあくまでも落としたまま、圭輔が言う。
一瞬沈黙が流れた。
祐樹は中に割って入りたいのを押さえていた。二人の問題だから、自分が入るのは間違いだと思う。
「……何言ってんだよ。水臭い事言うなよ。俺たち友達だろ? 」
俊が首を傾げる。
圭輔がふっと顔をあげて俊を見た。硬かった表情が解けて口元が緩む。祐樹はふっと体の力が抜けて、自分の体が強張っていたことを知った。

「こいつがお待ちかねだったよ」
俊が横へ視線を向ける。
俊と目があって、祐樹は苦笑いをした。
そんなことは一言も言っていないけれど、待っていたことは確かだ。
「帰ろうぜ」
圭輔が笑う。
「あ、うん」
祐樹が鞄を手に取ると、席を立った。そんなに慌てたつもりはなかったのに、椅子はがたんと大きな音をたてた。
まるで全てが自分の気持ちを見越しているように思えて恥ずかしくなった。
「あんまり見せつけるなよ」
俊がぼやくように言う。
「お前も、早くいいやつ見つけるんだな」
圭輔が揶揄するように言った。
「ああ、卒業式が終わったら――――」
言いかけて俊は視線を落とした。
「大丈夫だよ」
祐樹は俊に声をかけた。確信はないけれど、どこかで応援したかった。始めの一歩がなければその先はない。
「だめだったら、慰めてくれる?」
俊が悪戯っぽい目で見る。
「それは――――」
思わず祐樹は圭輔を見てしまった。
「俺が慰めてやるよ」
「それはやめとくよ。圭輔は友達だから」
俊が即答した。
――――それって?
頭の中に浮かんだ疑問を祐樹は消した。
そういう存在として見ることができる可能性があったとしても、それはもう有り得ない。
「そっか、残念だな」
そう言いながら、圭輔はほっとしたような顔をしているように祐樹には見えた。
「祐樹、行くぞ」
圭輔が入り口を示す。
「あ、じゃあ、また明日」
俊に向かって言うと、俊は笑いながら手を振ってくれた。


校庭を吹く風はまだ冷たかった。
「俊、うまくいくといいのにな」
図書室を見上げながら祐樹は呟いた。
「いつかは、そうなるさ」
圭輔が頭を小突く。
相手は違うかもしれない。けれど、いつか誰かと向かい会えると信じたい。
「だから、お前は俺だけ見てろよ」
圭輔がまっすぐ見てくる。
「……当たり前だろ」
すぐ傍にある瞳に胸がばくばくする。
「じゃあ、今日は照り焼きバーガーおごってやるよ」
「何それ……」
なんか、ずいぶん安く見られたもんだと思った。
「俺が食べたいんだよ」
「なんだよー。そんなこと言わなくたってどこでも付いていくよ」
「どこでも? 」
圭輔が意味ありげな視線を向ける。
「……どこでも付いていくけど、やめて欲しいことがひとつだけある」
「何だよ」
「大口あけてるときに、シャッター切るのはやめてくれよ」
いつ撮られるかと落ち着いて食べていられない。
「癖だって言ったろ」
取られた写真は全て圭輔のパソコンの中で、幸せそうに見えた。けれど、幸せそうならなんでも許せるわけじゃない。
「じゃあ、照り焼きはパス」
「今日はカメラ持ってないよ」
圭輔は両手を上げた。
ポケットの中を探ってみると、確かにカメラは見つからなかった。
「なら、いいけど……」
きっと、どこかに隠してる。持っていないはずはなかった。
それでもいいや――――そう思う自分もいる。

圭輔がシャッターチャンスだと思うとき、それはきっと自分が幸せだと思っているときなんだ。そう祐樹は思った。


Fin.



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