しばらく沈黙が流れた。
「お前が望むのは、仲がいい兄弟でいることなんだろう?」
雅也が聞いてくる。
「そんなこと、僕がいつ言った?」
好きだと言ったはずだった。
「お前は、俺たちの仲が他人に知られるのは嫌なんだろう?」
「そりゃあ、だって、絶対変な目で見られるよ」
それは確実だ。
「そんな関係でいることは、嫌なんじゃないの? 道を外れたくないお前としては」
「でも……」
ばれてもかまわないと言った雅也と自分は違う。絶対隠しておきたい関係だったりする。だからと言って終わりにしたいわけじゃない。
「二人だけが分かっていればいいっていうのはだめ?」
卓巳が言うと雅也が視線を向けてきて笑った。
「俺はきっとそんな風にはできない。きっとお前を苦しめることになるよ」
「じゃあ、僕がそれでもいいよ、って言えばいいの?」
そう言えば喜んでくれるんじゃないかと思うのに、雅也が顔が曇る。
「本当は嫌なんだろ?」
質問に質問で返してくる。
「嫌じゃないって言ったら?」
「俺には分かるよ」
雅也は顔を背けた。
「そうやっていつだって自分で決めつけちゃうんだ……」
卓巳は苛つきを抑えられなくなってきていた。
分かっているというけれど、本当に分かっているのかは疑問だ。
確かに、キャンプで関係がばれるのは嫌だったし、あからさまに分かるようなことはしたくない。だけど。
「そうだよっ! 確かに嫌だったよ! 黙ってキャンプにまで付いてきたり、部屋に閉じ込められたり、うんざりだったよ、なんでこんなやつが自分の兄貴なん
だ
ろうって思ったよ!」
それも事実だ。
「そうだろ? 」
雅也が落ち着いた声で返してくる。
「だから、終わりにしようって言ってるだろっ! それの何が文句なんだ!」
睨むように見つめてきた。
「しょうがないだろ。自分だって分かってるさ。だけど、どうしようもないんだ! ずっと抑えてきたさ。お前が普通の兄弟でいたいのは分かってた。やっと諦
めようと決心できたのに……それを砕いたのはお前だ。俺だって最初は嬉しかったさ。でもな」
雅也が立ち上がって、近づいてくる。
「欲望なんて際限がないんだ。ほんの少しお前が他のことに興味をもつだけで不安になる。空を見上げるだけでも不安になる。お前がいってしまいそうで繋ぎと
めておきたくなる。そんなの長続きするわけないだろ? 縛られていたお前はよく我慢していると思ったけれど、俺ももう限界だった。お前にそんなことを強い
る自分を、自分でやってるくせに、一方では蔑んでいた。最低のやつだと思っていた。だから、もう、俺を解放してくれよ……」
雅也の手が優しく頬に触れる。
突然、とんとんと部屋のドアが叩かれる音がして、卓巳はびくっと体が反応した。ドアの前にいる人物の心当たりは一人しかいなかった。
雅也は小さく息をつくと、部屋の入り口へ行ってドアを少しだけ開けた。
「何?」
もう雅也の声は落ち着いていた。
「あんまり根をつめない方がいいんじゃないの? 卓巳だってもう限界よ。そりゃ、雅也の気持ちが分からないでもないけど、まだ時間はあるんだし……」
母の心配そうな声が雅也ごしに聞こえてくる。
「ああ、分かってる。大丈夫だよ。心配しないで」
雅也はドアを閉めようとした。
「でも、あなた達が喧嘩なんて……」
母の手がドアを押さえたのが見えた。
中を見られたら、勉強なんてしていないことがばれてしまう。
「大丈夫だよ、喧嘩なんかしていない、な?」
雅也がドアが開かないように手で押さえたまま、後ろを振り返る。
「あ、うん。ごめん、うるさかった? ちょっと熱が入りすぎて、気をつけるよ」
卓巳はベッドを降りてドアまで行くと、雅也の影から顔を出した。ほっとしたような母の顔が見えて、心配してくれているというのはまんざら嘘じゃないんだと
思った。
「それなら、いいけど……」
母のトーンが下がる。
「じゃあ、説明の途中だったから」
そう雅也が言うと、母は頷いて階段を下りていった。