天気予報は晴れだった。
「忘れ物はないのか?」
雅也がいつもの声をかけてくる。
「うん。大丈夫だよ」
にこっと笑って、ここで本当はキスでもしたいんだけどと思いながら、卓巳は雅也の手を握った。
たった二泊三日だけれど、それでも二泊三日だ。その間は会えない。
「気をつけろよ」
「うん」
雅也に答えると、卓巳は駅まで送ってくれるという母の車に荷物を積んだ。
雅也も一緒に駅まで来てくれるかと思ったけれど、友達と約束があると言っていた。『卓巳がいないから』と言われ、何も言えなかった。
「いくわよ」
母に言われて車に乗り込み雅也を見ると、雅也は笑いながら手を振ってくれた。しばらく会えないんだと思うと寂しくなってきて、キャンプに行くのは自分が言
い出したことなのに、自分勝手なものだと思った。
電車の風景が住宅地から田園風景になって、大きな川を越えて森林の中を抜けると、小さく開けたところに出た。
駅前のバス停から一時間に一本のバスに乗って四十五分。
バスを降りると、空気には味があるんだと卓巳は初めて感じた。
コテージに荷物を放り込み、
「そこいらへんを見てこようぜ」
という誰かの声にみな賛同し全員で近くの川原に出て来た。
「卓巳くんって、本当に彼女いないの?」
後ろから声をかけてくる子がいた。
「え、うん。いないよ」
彼女はいない。
ここはいると答えるべきだったのかなと卓巳は思ったけれど、他のやつらにばれたら面倒なことになりそうだ。誰だよと追及され、彼女の友達を紹介しろと言い
かねない。
「あんまり乗り気じゃなかったんだけど……」
そう言って彼女はくすっとはにかむように笑い、
「来て良かったかも」
続けながら視線を落とした。
それって?
疑問に思いながら、その気はないんだと言うのは簡単だったけれど、来てすぐ気まずくはなりたくない。
「楽しいやつらだから、きっと面白くなるよ」
卓巳は当たり障りがないように答えた。
確か名前は祥子と言ったと思う。初めて見た時の印象は五人の中で一番大人しそうだと思った。その予想は当たっていたらしく、他の四人は卓巳を除いたあとの
四人と川の中に入ってはしゃいでいた。
外れたもの二人、あまり乗り気ではなかったもの同士気があった格好になっていた。
しばらく川で戯れるやつらを見ていて、それから一緒にキャンプ場に戻った。炊事場はあるがレストランはない。自分達で自炊するように、色々と買出しもして
きた。初日はカレーで、明日は川で魚を釣ろうということになっている。
キャンプ場の入口に入ったところで、今着いたらしいグループと出会った。
――え?
卓巳は驚いて足が止まった。
「どうしたの?」
つられるように止まった祥子が聞いてくる。
雅也?
他人の空似だと言えないくらい似ていた。おまけにそいつも、足を止めて向かいあう形になっていた。
雅也であるはずがない。朝別れて来た。その時、雅也は何も言わなかった。そう思っても、卓巳は雅也だと分かっていた。
――どうして?
楽しんでこいと言ったはずだ。
「卓巳くん?」
祥子が不思議そうな声を出す。
そして、
「誰か知っている人?」
雅也を視線で示した。
「兄なんだ」
それは間違いなく。
雅也はゆっくりと近づいて来ていた。
「偶然だね」
雅也がにこっと笑う。
そんなはずがない。予定も場所も全て教えた。
「えっと、誰?」
雅也が祥子を視線で示す。無表情な雅也が怖かった。
「あ、橘祥子です」
そう言って、祥子は軽く頭を下げる。
「学校の友達、じゃないよね?」
雅也が確認するように聞いてくる。
男子校に女の子がいるはずがない。そんなことは分かったことだろうと思った。
「あ、卓巳くんの友達の田宮くんの誘われて」
祥子が頼んでもいないのに、答えてくれた。
「男ばっかり、五人で来たんじゃないんだ」
そう言った雅也の声に棘を感じた。
「あ……」
祥子が小さく声を零したけれど、後の祭りだ。
「卓巳、何やってんだよ〜」
遠くから暢気な声が聞こえてきた。
「友達?」
雅也が聞いてくるから、卓巳は小さく頷いた。
「じゃあ、紹介してよ」
促すように雅也が先に行く。卓巳も重い足を前に出した。