部屋は暗かった。体はだるかった。
足音が近づいてきて、ドアが開くと一筋の明かりが差し込んでくる。
「卓巳?」
かけてくる声は優しかった。
「ん……」
卓巳は短い言葉をだすのが精一杯だった。
「食べられるか?」
雅也の声とともに、かちゃっと食器がこすれあう音がする。
わざわざ夕食を運んできてくれたらしい。
卓巳はゆっくり体を捻って雅也を見て
「もう少し……後で……」
声を絞るように答えた。
今はとても食べる気になんてなれない。
薄暗いベールに包まれている中で、無言で夕食を机に置いた雅也がベッドの縁に座り、額に触れてきた。
「ごめんな……」
そう言った雅也の声はついさっきまでとは人が変わったみたいに穏やかだった。
荒々しく、ろくな準備もなく受け入れた体は、快感とはほど遠い痛みだけを感じた。
「大丈夫だよ……」
声を出すことさえも辛い。お腹に力を入れると、それは下腹部に響いた。
「卓巳」
雅也がぎゅっと抱きしめてくる。これが本来の雅也だと思う。どこまでも穏やかで優しい。
そんな雅也を変えてしまったのは
――僕なのかな?
そう卓巳はぼんやり思った。
快感を得られるはずの行為で、結局二人ともイけないまま、雅也は諦めたように止めてくれた。雅也が離れた時、飛び散った鮮血がシーツを濡らしてしまって、
それを雅也は無言でしばらく見つめていた。
「好きだよ」
卓巳は雅也の耳元で囁いた。
気持ちを疑うことはしないで欲しいと、それだけは伝えたかった。
「……キャンプに行っていいよ」
雅也がぼそっと言う。
「いいよ。やめるよ」
それが発端だった。
「いいんだ、卓巳。お前の楽しみを俺が止める権利なんてないんだから」
「だけど……」
嫌なはずだ。人が変わってしまうほど。
「その代わり、それ以外は予定いれるなよ。ずっと一緒に、な?」
雅也が額にそっと唇で触れてくる。
「……ん」
許してくれるということは少しは気持ちが伝わったのかな、と卓巳は思った。
「それと、いつどこへ何人でいくのか、決まったらすぐに教えてくれよ」
「あ……うん」
それで雅也が安心するなら、異論はない。
「卓巳……」
雅也の口から零れる熱い息が首筋に触れる。優しく包み込まれて雅也の気持ちを疑うことなんてほんの欠片もない。
「僕はどうすればいい? どうすれば雅也は僕の気持ちを信じてくれる?」
もらう愛情をどう返せばいいのか分からない。
「信じる?」
雅也が訝しげな声を出す。
「僕の気持ちが信じられないから、不安なんだよね?」
いつも穏やかな雅也が変わってしまうほど。
「言ったら、その通りしてくれるのか?」
雅也が口元を緩める。
「……僕ができることなら」
卓巳は少し躊躇いがあった。雅也の言うことはもしかすると自分の考えなんて及ばないはるか先にあるのかもしれないと思った。
「いいよ。卓巳は今のままで。もし、お前が俺の言いなりになったとしても、俺の不安はきっと消えない」
「なんで?」
いったい何が不安?
なにがそれほど雅也を不安にさせるのか分からない。
「気持ちは変わるものだろう? 俺を一度は拒絶したお前が受け入れてくれたこともそうだ」
「それは――」
卓巳は否定も肯定もできなかった。
気づいただけだと思う。きっと気持ちはずっと以前からあった。そう思っても証明なんてできない。
「いつお前が俺から離れてしまうのか、俺はそれを怯えてる」
「そんなことないよ……」
今はそんなことは考えられない。
「そう言ってくれる、そのままの卓巳でいてくれよ」
雅也が笑う。その笑顔が卓巳にはは悲しげに見えた。
「俺がいると休めないよな」
雅也はそう続け、額に軽く口付けると、ベッドから立ち上がった。
そのまま部屋を出ていこうとして、
「食器はそのままでいいよ」
ふと思い出したように口にして、「おやすみ」と小さく続けた。
部屋を出て去っていく足音は階段を下りていった。
卓巳は布団を頭までかぶって、
「ずるいよ……」
愚痴が零れた。
お前の気持ちは変わるものだろう、と雅也は言う。生まれる前からずっと好きだったと言うやつに敵うわけがなかった。