「それは嬉しいけど……」
卓巳にとって雅也の腕の中は一番安心できる場所だった。
「なら、まっすぐ帰ってこいよ。部活なんてやめろよ。お前が断れないと言うのなら、俺が断ってやるよ」
雅也が優しく囁く。
え?
それはいくらなんでも守ってもらいすぎだ。
「……やり始めたことだからさ、やっぱ区切りがつくところまでやりたいよ」
断りきれなかったと、入学当初愚痴ったのを今まで覚えていてくれたんだ、と思った。一応レギュラーポジションをもらっていた。練習が厳しいわけでもなく、 一回戦でなんとか勝てるほどの実力だけれど、今はそれなりに楽しんでいた。

雅也の手が腕をぎゅっと握ってきた。
卓巳は痛みで少し顔が歪んだけれど、首筋に顔を埋めている雅也には分からなかっただろうと思った。
「じゃあ……部活のない日はすぐに帰って来いよ。夏休みも予定なんか入れるなよ!」
雅也が言ってくる。語尾が少しきつく感じた。
夏休み?
今日はその話題で盛り上がった。
「……キャンプに行こうって誘われてるんだ」
来年は遊べないから、今年行くしかないだろうと吉野が言っていた。
「キャンプ?」
雅也は訝しげに言うと、顔をあげた。
「行くのか?」
近い距離で睨むように見つめてくる。
「まだ、はっきり返事したわけじゃないけど……」
まだ計画段階で、場所もニ、三候補があるけれど、はっきり決まったわけじゃない。
「じゃあ、断れよ。お前が断れないなら、俺が断ってやる」
「ちょっと待ってよ」
雅也は確かに今までも干渉してきたけれど、行動にあれこれ文句はつけなかった。
気をつけろよ、とか、傘を持って行けよ、とか、忘れ物はないのか、とかそんなものだった。
「行くか、やめるか、決めるのは僕だよ」
友達と遊びに行くことを制限する権利は雅也にはないはずだ。
女の子と行くなら話は別で、女の子を呼ぶようなことを言ってはいたけれど、卓巳にその気はなかった。ただ友達とキャンプに行くつもりでしかない。
雅也は少し驚いた顔をして、それから切なげに顔を歪めた。
「……怒ったのか?」
手が頬を撫でてくる。
「怒ってないよ」
卓巳は触れている雅也の手を握った。怒ったわけじゃない。
「どうしても行くのか?」
雅也が訝しげな声を出す。
「考えてる」
行きたい気持ちはあった。
「なら――」
断ればいいだろ、と雅也の顔が言っていた。
「行きたい気持ちもあるんだ」
雅也といる時とは違う楽しさがある。
「俺より友達の方がいいのか?」
「雅也は一番大切だよ」
そう一番。
「なら、やめろよ」
「そんな簡単に結論をださないでよ」
社会の中で二人だけで生きていけるわけじゃない。雅也は一番大切だけれど、友達も大切だと思う。
「どうしても行くのか?」
雅也が同じ問いかけをしてくる。結論はすぐに出さなければいけないみたいだった。
「……行く」
口が勝手にそう答えていた。
「どうしても?」
雅也が顔をうかがってくる。卓巳は小さく頷いた。
それは、束縛してくる雅也へのほんの小さな抵抗だったかもしれない。
一番大切に思っているけれど、生活の全てを雅也だけにできるはずがない。
けれど。
「雅也が不安に思うことなんて何もないよ。僕は一番雅也が大切だよ」
卓巳は雅也を見上げて唇を重ねた。
こんなに好きなのに何が不安なのだろうと思う。
卓巳が離れようとしたら、雅也にぎゅっと抱きこまれて、押し倒されて、主導権は雅也は取られてしまった。
「まさっ……」
雅也の手がシャツのボタンを外していく。
手が肌を撫ぜ、唇がそれに続く。
「雅也、待って……っ」
雅也がベルトを外し、ズボンのジッパーを下ろしてくる。
やめてくれ、と雅也を引き剥がそうとして、卓巳はやめた。
何が不安なのだろうと思う。少なくとも自分は雅也の気持ちに不安を感じはしない。
――何かが足りない?
今、やめてくれと言ったら雅也は更に不安になるのだろうか、と思った。
「卓巳っ……」
呟くように言う雅也の声が卓巳は切なく感じた。

そんなに不安?
そう雅也が思うなら。
――好きにしていいよ
それで不安がなくなるなら。
卓巳は腕を雅也の背中へ回した。


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