何も変わらないと思っていた。
何も変わるはずがないと思っていた。
けれど、それは間違っていたのかもしれないと卓巳は思った。
夜もふけた家の中は静かだった。
「卓巳……」
雅也の熱い声が耳をくすぐる。
「ん……」
卓巳が応えると、雅也が足を絡ませてくる。
気持ちを確かめあった日から、毎晩のようにベッドの上で触れ合っていた。
雅也に触れられるのは気持ちよくて、いつの間にか眠りに落ちていて、めざましの音で目が覚めるとそこに雅也の笑顔がある。食事も風呂も家にいる時はいつも
横に雅也がいる、そんな毎日を卓巳は送っていた。
雅也がふと顔を上げた。
「もう、十二時か……」
そう呟き、ため息をつく。
「お前、放課後学校で何してるんだ?」
雅也が耳を甘噛みした。
「んっ……、部活とか、友達としゃべってたりとか」
部活も終わったらすぐに帰ってくる。友達としゃべっている時間も以前に比べて少なくなった。
雅也が待ってるかな?
そう思うからあまり話に乗れなくて、集まっている輪から抜けてくることもある。
「もっと、早く帰ってこいよ」
言いながら雅也が体の線を撫でる。
「ん……」
「俺はずっとこうしていたいのに、お前は違う?」
軽く唇に触れてくる。
「そんなことないよ」
雅也と一緒にいる時が一番安らげる。
「じゃあ、早く帰ってこいよ」
雅也の唇が首筋を降りていく。
早く帰りたいのは山々だけれど、友達とも付き合いもある。
けれど、雅也が望むなら。
「ん、そうするようにする」
卓巳は答えると雅也の背中に腕を回した。
ずっと待っていてくれた。自分の一番大切な存在だ。
「卓巳……」
雅也の手が下腹部に触れる。卓巳も雅也のものを手で包んだ。
「遅くなっちゃったな……」
玄関の門に手をかけながら、卓巳は呟いた。空はもう暗かった。
昨晩雅也に早く帰ってくると言ったばかりだった。放課後、夏休みの計画で盛り上がって、時間を忘れていた。
玄関をそっと開け、廊下もそっと歩き、たぶん居間にいるだろう雅也の様子を見てみようと卓巳が居間を覗いたら、文庫本を手に持っていた雅也とばっちり目が
あってしまった。
「遅いっ!」
雅也は本をばさっと閉じてテーブルに放ると、すっと立ち上がった。
「ごめん、友達と話ししてて……」
卓巳は思わず言い訳のように口にした。
確かにいつもより少し遅かった。けれど、いつも穏やかな雅也が声を荒げるほどのことでもないだろうと思う。
ただ、本当に、友達としゃべっていただけだ。
「いいじゃない雅也。卓巳、御飯は?」
雅也の背後からテレビを見ていた母の声が聞こえてきた。
「後でいい」
答えたのは雅也だった。そして、近づいてきた雅也が手首を握ってきた。
手首をきつく掴んだまま、雅也が階段を上っていく。
「雅也、痛いよ」
訴えると少しだけ手が緩んで、けれど、またすぐにきつく掴まれた。
引っ張られるように雅也の部屋へ連れ込まれ、ドアを閉めるとそのままぎゅっと抱きしめてられた。
「雅也?」
確かに昨日早く帰ってくるようにするとは言った。けれど、それほど遅い時間でもない。
「お前には俺がいるだろ。友達なんかいらないだろ」
少し腕を緩め、雅也が耳元で囁く。
え?
雅也は確かに大切で、だからといって友達がいらないとは思わない。
「大学は同じところへ行くんだろ? 学部も学科も同じ、ゼミもサークルも一緒で……いや、サークルなんて入らなくてもいいよな、後一年半だよ。その時が来
れば一瞬たりともお前を離さないですむ。それまで、俺を不安をさせないでくれ」
雅也が続ける。最後の声は切なく聞こえた。
一瞬たりとも?
それはさすがに大げさだろうと思う。
不安?
「雅也が不安に思うことなんてないだろ?」
学校は男子校だし、昔からもてた覚えはない。いくら物騒な世の中とは言え、危険な目にあう確立は比較的低いところに自分はいると思う。
「俺はお前がこの腕の中にいないだけで不安だよ。ずっとこの腕の中に抱いていたいと思っていた。ずっとだよ、卓巳……」
雅也が言葉とともに熱い息を吐く。
ずっと?
それの指すところは物心をついているのかいないのか、それさえ定かではないころだろうと思う。
ずっと、そうずっと大切に思ってくれているのは感じていた。