目の前に夏休みが迫っていて、教室はそわそわした空気に包まれていた。
二期制を取っているから学期末試験は夏休み明けになる。遊んでばかりいないで勉強しろということらしく宿題もたんまりでる。
けれど、毎日が日曜日であることに代わりない。

「卓巳」
机の上に肘をつきぼんやりと外を見ていたら名前を呼ばれて、卓巳は声がする方へ顔を向けた。クラスメートで卓巳をソフトボール部へ引っ張った吉野が机の上 に手を置く。
「何?」
そのまま視線だけあげて卓巳は答えた。
なんだか、全てが面倒だった。仕方なく学校へは来るけれど、授業も上の空で、三回指されても気づかないときもあった。シャーペンで背中を突付かれ、「何だ よ」と後ろを向いたら、後ろの田宮が前を指差す。何だよと前を向くと視界が遮られていて、上を見ると青筋を立てた教師の顔があった。
まずいと思ったのは一瞬で、すぐにどうでもいいやと思った。
放課後、教員室に呼ばれて、みっちりお説教をもらった。
目の前で醜く顔を歪めた教師がどなっているけれど、声は耳を素通りして何を言っているのか頭では理解できなかった。
そのうち、諦めたらしい教師に帰っていいと言われた。
何回か呼ばれたけれど、段々とお説教タイムは短くなっていった。
ラッキーなのか、アンラッキーなのか、呼ばれたら放課後の時間が潰れる。それはそれで良かった。必然的に家に帰る時間が遅くなるわけだ。
もう呆れられたのか今日はお呼び出しがなくて、部活もないものだから、ぼんやりと暇な時間を過ごすはめになっていた。
教室で話をしているやつは何人かいる。その中に入ればすむ話なのに、その気にはなれなかった。

「最近、変だぞお前」
吉野が顔を歪める。
「ん――――なんだか、みんな面倒になった」
こうやってぼんやりしていることさえ面倒だった。早く時間が過ぎればいいと思う。
「なんだよ、それ」
吉野が呆れた顔をする。自分では呆れることさえ通り過ぎていた。
「言葉通りだよ」
今まで楽しかったはずの友達との会話が急につまらなくなって、授業なんて聞いてどうするんだ、と思った。どうせ試験前一週間のじたばたした結果が成績にな る。
腹はすくから御飯は食べる。学校へは時間潰しに来ているようなものだ。気持ち悪かったら風呂入って、あとは、ただ時間が過ぎていく。
ここ数週間そんな日々を過ごしていた。
もうすぐ夏休みが来る。楽しいはずの日々が憂鬱にしか思えない。
「なんか、あったのか?」
「……別に」
取り立てて言うほどのことがあったわけじゃなかった。
「じゃあ、こいよ。夏休みにキャンプ行かないかって話してるんだ」
吉野が教室の真中でたむろってる田宮や小島を示す。
「キャンプ?」
少し食指が動いた。家に居ないで済む。いらいらと雅也の帰りを待たないで済む。
「二泊三日くらいでさ。来年は無理だろ。だから、今年行くしかないじゃん。女の子も誘えたら最高なんだけど、そこいらも田宮が心当たりを当たってくれるっ て言うしさ」
――――女の子?
そんな気分にはなれそうもない、と思う。
けれど、家でぐずぐずしていても仕方ない。
「あれ?」
吉野がきょとんとした声をあげた。
「何?」
「校門にいるの、女じゃね?」
卓巳が吉野の視線をたどると、確かに他校の生徒が立っていた。
沙紀?
卓巳はふとそう思った。
確信があったわけじゃない。制服は確かにそうだ。けれど、遠目で顔が分かるわけもなく、沙紀が来る理由はない。はっきり断わっているはずだった。
「ちょ、ごめん」
卓巳は鞄を掴むと教室を飛び出した。
もしも当たっているのなら自分に会いに来たのかもしれないと思った。
のほほんとした子だったからあまり危機感はないのかもしれないが、男子校の校門で立っていてヘタなやつに目をつけられたら大変だ。
違っていたらそれまでだけれど、可能性があったのに見過ごして何かあったとしたら雅也にあわす顔がない。
階段を駆け下りて、下駄箱に上履きを放り込んで、これほど本気で走ったのは久しぶりだと思った。
授業が終わってすぐなわけでもなく、部活が終わった時間でもないから、それほど人が多いわけじゃない。けれど、珍しいものを見るかのように校門を過ぎるや つはみんな沙紀を一瞥していく。教師の目もあるだろうから、ここで手を出すことはないにしても、学校から少し離れたところで待ち伏せしているやつはいるか もしれない。
校門に近づくと不安げな沙紀の顔がはっきり見えて、卓巳を見つけるとそれはほっとした表情に変わった。
見てるよな、と思う。
きっと、吉野も田宮も他のやつらも教室の窓に並んで行く末を見守ってくれているだろう。明日、何を言われるか分かったもんじゃない。
でも、ほっとけないよな、と思う。
雅也の彼女の友達なんだから。

「良かったぁ」
沙紀が近づいてくると、ニ、三人の無粋な口笛や囃したてる声があがって、沙紀はびくっとしたように怯えた表情を見せた。
「こっち」
卓巳は沙紀の手を取って、駅から反対の方向へ走った。
とりあえず、学校から離れることが先だと思った。

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