「ここから見てもきれいだね。人が少ない分こっちの方がいいかも」
沙紀はソフトクリームをかじりながら空を見上げていた。
「ん。そうだね」
卓巳も空を見上げた。
花火が降っているその方向に雅也はいるはずだった。自分から離れたのに、少し後悔もあったりする。心のまま素直になるなら、雅也を引っ張っていって誰もい
ないところで二人で花火を見上げられたらいいだろうと思う。
何も考えていない子供の頃ならきっとそうした。
「双子ってやっぱり、普通の兄弟よりつながりが強いもんなのかな?」
沙紀が不思議そうに言う。
「そうなのかな……」
他に兄弟はいないから分からない。
「そんなに似てないのにね」
「ん」
二卵性なんだろう、というになっている。彫りの深いいわゆる整った顔立ちをしている雅也とは違い卓巳は母親似ではっきりした顔立ちではない。優しいとか可
愛いとか言われるけれど、それは社交辞令なんだろうと思っていた。
「知らなきゃ、双子どころか兄弟だとも思わないだろ?」
卓巳が問いかけると、沙紀が卓巳を見てくる。
「んー。でも、私は神谷くんより卓巳くんの方が好みかな」
沙紀が少しおどけたように言う。ふっと卓巳は笑いがでた。
「サンキュ」
沙紀の言葉が本気なのか優しさからなのかを卓巳は考えないことにした。
結局、花火が終わるまで見て、それから人の波に流されて駅までは来たけれど、卓巳はそのまま帰る気にはなれなかった。
この人の流れがそのまま電車に吸い込まれるなら車内は身動きができない状況で、それも好ましい事じゃない。
「少し、時間潰さない? 帰りは家まで送るから」
卓巳は駅前のファーストフードを沙紀に示した。
「いいよ」
少しのためらいもなく沙紀は同意してくれて、少しづつ人の波を避けるように道の端へ寄り、目的のファーストフード店に入った。
店内はわりと混んでいて、ほとんどはカップルだった。
空いている席を確保して、卓巳は沙紀の希望を聞くと注文するためにカウンターへ行った。レジに並ぶ列の後ろにつき、卓巳は後ろ髪を引かれるように振り向い
た。
どれほどの人がいたのか、人の波は店の前を途切れることなく流れていく。
――――あの中に雅也がいるかもしれない
卓巳は人の流れを目で追っていた。けれど、店の前を過ぎるのはほんの少しの人だけで、その奥に大きな人の流れがある。
見つけることなど不可能だと思う。
それに。
二人きりになった雅也と由果の姿が見たいわけではなかった。
卓巳がそうしていたように、この人ごみで見失うことがないように、きっと体の一部を掴んでいるだろう。
そう思っただけで、卓巳は胸の中にもやもやしたものが広がった。
見なければ良かった。
知らなければ良かった。
そんなことばかりだ。
でも、一つ思う。
自分を大切に思ってくれていたことだけは確かだった。
沙紀のことも、雅也なりに思っていてくれたことだと思う。
いつまでも、甘えていちゃいけない。
それが、大切な兄だと思うなら、余計に――――。
捜せないと分かっているのに、卓巳は人の波から目が離せなかった。けれど、それは店員の声と笑顔に諦めざるをえなくなった。
いくら家まで送るといっても、女の子を遅くまで引き止めるわけにもいかなければ、明日は学校もある。
人の波が切れると、卓巳は沙紀とともに店を出た。
あまり話はしなかった。
共通の話題といえばひとつしかなくて、沙紀が気を使って話をしようとしているのは分かったけれど、由果のこととか、雅也の学校での人気とか、卓巳にしたら
面白くない話で、卓巳の相槌も段々無愛想になっていった。
そうすると、沙紀もだんだん話すテンポが遅くなっていって、沈黙の時間が増えていった。
「なんか、ほっとして、疲れた」
沈黙の繕いも含めて卓巳がぼそっと言うと、沙紀が意外そうな顔をした。
「由果さん……いい人そうで」
沙紀の顔に答えるように卓巳は言葉の根拠を呟いた。
それは本当に感じたことだ。
「そうじゃなくて、いい子だよ」
沙紀が不満げに言う。
「……うん」
卓巳が相槌を返したその後は、沙紀はもう何も言わなかった。
疲れたのも本当だった。でも、それは、ほっとしたからじゃない。見た現実だけでやめておけばいいのに、今ごろ、あの二人はどうしているだろう、と頭の中は
余計なことばかり考える。そんなことを考えたくはないのに、浮かぶのはそんなことばかりだった。
沙紀を送った後、また少し時間を潰していたら、終電間際になっていた。
まずいかなと思ったものの、卓巳は絶対雅也より先には帰りたくなかった。家の外にいれば、それだけで気が紛れることもある。
静かにドアを開けて、玄関に雅也の靴があることを確認すると、卓巳はほっと胸を撫で下ろした。
「ずいぶん、ゆっくりだったんだな」
階段の上の方から声が聞こえて、卓巳がはっとして上を見ると、雅也はすっと立って階段を上っていき、すぐに部屋のドアが閉まる音がした。
廊下の先の居間は暗かった。きっと両親はもう寝ているのだろうと思う。
卓巳は鍵をかけると、家にあがり静かに階段をあがった。
自分の部屋に入ろうとして、隣の雅也の部屋が気になった。
いつ頃帰ってきたのだろう。それから、ずっと待っていてくれたのだろうかと思う。帰りが遅いことを心配していてくれたのかもしれない。
――――ごめん
言葉は心の中で呟く。
もう寝てしまったことはないと思うけれど、部屋からは物音一つしなかった。
自分の部屋に入って、着替えを取ると卓巳は階下に行きバスルームへ入った。
シャワーに打たれながら、この胸の中のもやもやも一緒に流してくれればいいのに、と思う。
一番でいることの心地よさに慣れていた。
雅也は一人だから二人で分け合うことはできない。そして、雅也の一番であることを拒んだのは自分だ。だから、雅也がそれを他の人に求めても非難なんてでき
ない。
それは頭では分かってる。なのに、胸の中のもやもやは膨れ上がっていくばかりだ。
「どうしたらいいんだろう……」
いつまでも子供ではいられない。
答えられもしないのに自分だけを見て欲しいなんていうのはわがままでしかない。
分かっているのに望む自分がいる。分かっているからこそ、吐き出せない思いは胸でくすぶるしかできない。
卓巳はゆっくり息を吐くと目を閉じた。
頭上から降り注ぐシャワーは表面だけを洗い流していく。心の中は黒く淀んだままだった。