暗闇の中にオレンジ、赤、緑、とさまざまな色を持つ光が大きな音と共に弾け飛ぶ。大輪の花を咲かせるものや、一度、二度、三度と時間をあけ小さなものから 大きくなっていくもの、滝のように上から光が降ってくるようなもの。
卓巳はこれほど近くから花火を見たことが初めてだった。それは、雅也も同じはずだった。
由果の隣に雅也、その隣に卓巳が立ち、その横に沙紀がいて、四人で並んで花火を見上げていた。周りには隙間がないほど人がいた。
「すごーい」
沙紀が叫ぶ。
沙紀は悪い子じゃないと卓巳は思う。
イルカの大きなぬいぐるみはよっぽど気に入ったものだったらしい。今も抱きしめていた。



ジェットコースターから二人が戻ってきて、それから観覧車に乗った。
四人で乗るべく並んでいたのに、順番が来て雅也と由果がゴンドラに近づくのを見計らったように、沙紀は後ろに人に話しかけていた。
「順番変わってもらえませんか?」
そんな声が聞こえて、え?と思いながら、卓巳は何も言えなかった。並んでいる順番が早くなることを嫌う人がいるわけなく、次に並んでいたカップルは怪訝そ うな顔をしながらもす ぐに了承してくれた。
「ありがとう」
にこっと笑って、沙紀は卓巳の手を引っ張ってそのカップルと入れ替わるように後ろに回る。
先に乗り込んだ由果はもう座っていた。入り口で躊躇っていた雅也は係員に促されて乗り込むと、ドアは閉められた。
動き出したゴンドラの中で座っていた由果も立ち上がり雅也と二人不思議そうな顔を向けてくる。その二人に向かって沙紀は小さく手を振っていた。すぐに二人 の姿はゴンドラの陰に隠れた。
「せっかくなんだもん。少しは二人きりにしてあげないと、ね」
沙紀が笑いかけてくる。
「……そうだね」
そう返しながら、卓巳は胸がきゅっと苦しくなった。今、あの二人は二人っきりでいるわけだ。
雅也と由果の間に一台はさんで、卓巳は沙紀と観覧車に乗り込んだ。
声は漏れない。下からは見えない。上からも見えない。遠く向かいあうゴンドラの様子は分かるけれど、そんなことを気にして乗る人は少ないだろう。ゴンドラ の空間は小さな個室だ。
「由果はずっと神谷くんのこと好きだったから、なんか、すっごくうれしいんだ」
沙紀が雅也と由果が乗っている箱の方に視線を向ける。
「……そうなんだ」
自然に、と思うのに卓巳は返事をためらってしまっていた。
今、どんな話をしてて、どうしているのだろうと思う。様子はさっぱり分からない。分からないから余計不安になる。
「私のことは気にしなくていいから」
「え?」
卓巳が沙紀に視線を向けると、沙紀は抱えていたイルカをぎゅっと抱きしめた。
「あんまり興味ないのかなあって」
「そんなこと――――」
卓巳は途中で言葉が止まった。
ないよ、と言う言葉はのど元で消えていった。
雅也抜きで会ったなら、クラスのやつに紹介されたなら、違う感情を持ったかもしれない。今はどうしても雅也の方が気にかかる。これから付き合うとか、そん なことを考える余裕はなかった。
「卓巳くんから神谷くんに返事してくれると、助かる」
「あ……」
卓巳は返事をためらった。
やっぱりそういう話だったのか、と思った。
「ごめん……」
数を合わせるってことはそういう意味も含んでいるのだと気づくべきだったかもしれないと思う。
雅也が自分だけ彼女をつくって良しとするわけがなかった。
いつだって、いつだって、自分自身のことよりも先に考えてくれていた。
高校受験だって、もっと上を狙えたはずだった。ランクを落とした理由を校風とか言っていたけれど、絶対違うと分かっていた。
今度は、自分の代わりに傍にいてくれる人を捜してくれてる。
自分の役目を誰かに引き継ごうとしてる?
そうとしか思えない。
観覧車を降りた後、卓巳は連れていかれるまま今自分が何に乗っているのかさえよく分からなかった。話しかけられても適当に笑って相槌をうってやり過ごし た。
何も考えられなかった。


花火は絶え間なく夜空に華を咲かせる。
「きれいだね」
由香の声が聞こえて、卓巳が胸が疼いた。
「近くで見ると、やっぱり違うな」
雅也が由香に答える。
弟として兄が選んだ人を認めなければいけないのかなと思った。
べたべたしているところなんてひとつもなくて、でしゃばることもなくて、いつもにこにこしていてしっかりしていて、やっぱり雅也が選んだ人なんだと思う。

「向こうと別れようか」
卓巳は小声で沙紀に囁いた。
「え?」
沙紀が怪訝そうな顔を向ける。
「二人きりにしてやりたい、って言っていただろ」
卓巳の言葉に少し考えて沙紀は納得したように、小さく頷いた。

「僕たち先に帰るから、後ゆっくりしてきなよ」
卓巳は雅也の耳元で言った。花火の音もあるし人のざわめきで普通に言っても聞き取れないだろうと思った。
「え? まだ花火終わってないし、一緒に帰ればいいだろ?」
雅也が驚いた顔をする。
「お互い、邪魔はいない方がいいだろ」
卓巳は沙紀の肩に手を回した。沙紀の体がぴくっと反応したけれど、卓巳は沙紀を抑えるように肩を掴んだ。
もうこれ以上、自分が雅也を捕まえていてはいけないと思う。
雅也の気持ちに答えられなかったのは自分だ。ここ数年は反発ばかりしてきた。雅也の気持ちを少しは汲んでもいいんじゃないかと思う。返事は決まっているけ れど、今、それを伝える必要はない。
「じゃあね」
卓巳は言いながら、沙紀の肩を押して人ごみを縫うように雅也達から離れた。少し進んで後ろを見てみたけれど、雅也が追ってくる気配はなかった。
人ごみがきれたところで、卓巳は沙紀を放すと立ち止まり小さくため息を零した。
「びっくり、した……」
沙紀が小さく声を出す。
「え?」
離れようと言ったことに沙紀は納得したはずだった。
「だって……」
沙紀がついさっきまで卓巳が触れていた肩に手を置く。
「あ、ごめん、驚かせちゃったね」
早く雅也から離れたいと思っていた。そうしないとせっかくした決心が揺らぎそうだった。だから、一番手っ取り早そうな方法を選んだ。それだけだった。沙紀 の気持ちを考える余裕なんてなかった。
「びっくりして、声もでなかった……」
それはそれで良かったと思う。声を出されていたら、きっとためらってしまった。
「ごめん。驚かせたお詫びに何か奢るよ」
すぐに帰る気にはなれない。家に帰っても雅也のことばかり考えて落ち着かないだろうと絶対思う。
「じゃあ」
沙紀はあたりを見回す。
「あれ」
指を指したところには、ジューススタンドがあった。
「ソフトクリームがいい」
季節がら、片手間でやっているらしい、ソフトクリームのノボリがかかっている。
「おっけー」
行こうと卓巳は沙紀を促した。
ソフトクリームはその場で作ってくれるものではなくて、作りおきしたものを冷凍庫で冷やしてあった。
少し意外に思ったものの、別にいいやと思う。沙紀も別に文句がありそうな気配はなかった。
ジューススタンドから少し離れて、道の端で二人並んでソフトクリームをかじった。硬いソフトクリームは、味が深く濃く感じた。
花火はまだ続いていて、黒い空に大きな爆音と共に色とりどりの華を咲かせていた。

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