夜、花火を見てから帰る。
それは、最初からそういう計画だったらしい。
雅也と由果が決めたことだ。
そりゃ、恋人同士にとって花火はロマンティックなイベントだと思う。
昼食の後、花火があがるまでの時間をここで過ごすことになる。
「何に乗る?」
前を由果と並んで歩いていた沙紀が振り向いて聞いてくる。一番楽しそうなのは沙紀だった。
「なんでもいいよ」
雅也が答える。
「じゃあ、あれ」
沙紀が指したのは、絶叫系マシーンだった。
「どーすんのよ、それ」
由果が沙紀の手を示す。沙紀はどこにも隠しようがないでっかいものを持っていた。
「荷物を置くところぐらいあるよ」
沙紀は暢気に答えた。さすがに持っては乗れない。
「誰かに持っていかれちゃうかもよ」
由果が顔をしかめる。そういうこともあるかもしれない。最近は物騒だ。
「じゃあ、ロッカーとか」
沙紀が不服そうに言った。
押し込めれば入るかもしれないが、新品でもあるし、それはなんだか可哀想な気が卓巳はした。
「僕、あんまり絶叫系得意じゃないから、それ持って待ってるよ」
卓巳は沙紀に向かって手を出した。
実は違う。どちらかといえば絶叫系は雅也の方が苦手だ。
「え、でもいいの?」
沙紀がきょとんとした顔をした。
いいのかな、と迷っているような顔だった。
「あ、うん、いいよ。乗っておいでよ」
絶叫系は嫌いじゃないけれど、今日はそんな気分じゃないと卓巳は思う。
「じゃあ、俺も待ってるよ。その方が人数もあうだろ」
雅也が由果に向かって言う。
「え……」
由果が怪訝そうな顔をした。
「あそこのベンチで待ってるから」
雅也が大きな木の陰にある木製のベンチを指す。
「あ……」
由果は何か言いたそうだった。
「じゃあ、お願いしていい?」
意味のある言葉を先に言ったのは沙紀だった。
「あ、うん」
卓巳は差し出されたでっかいビニール袋を沙紀から受け取った。
「行こう」
沙紀に肩を押されて、何か言いたげだった由果は後ろを振り向きながらも、沙紀と一緒にコースタの方へと行った。
きっと、他の乗り物にしようと由果は言いたかったんじゃないかと卓巳は思った。
たぶん雅也も気づいていたに違いない。それでも、雅也は沙紀の肩を押すようなことを言った。
「お前いつから絶叫系苦手になったんだ?」
二人の姿が小さくなってから雅也が声をかけてくる。
「たった今」
嫌がる雅也を引っ張って乗ったことも何回もある。身長制限があって乗れないものを見上げては「早く乗れるようにならないかなあ」とぼやいていたこともあ
る。
全て見られているのだから、嘘を言っても始まらない。
「何か飲み物でも買うか?」
納得したわけでもないだろうが、雅也は特に文句を言わなかった。
ちょうどベンチの横に自販機がある。
「うん」
卓巳は頷いた。
喉も渇いた。二人になって少し気も楽になった。
いなくなって初めて、そんなつもりはなくても気を使っていたんだと思う。
雅也はミルク紅茶を買って手渡してくれた。好みを誰よりも知っている。自分用に缶コーヒーを買って雅也はベンチに腰を下ろした。
「お前も座れよ」
「うん」
立っていても仕方ない。
ペットボトルを開けて飲もうと顔を上げると、葉の隙間で太陽の日差しがきらめいていた。梅雨の合間の晴れた空は気持ち良い。
帰ってこなければいいのに、と思う。
雅也と二人でこうやって並ぶのは久しぶりだった。
「久しぶりだな」
雅也が呟く。
「ん」
同じことを考えていたのかな、と思った。
「どう思った?」
訊かれて、卓巳は言葉が無かった。
なんて言えばいいのだろうと思う。
確かめてやるよ、と言ったのは自分だ。本人を見てどう思うかと言われても意見が言えるほど見ていたわけじゃない。
胸に湧いてくるもやもやが考えることを邪魔していた。
「少し子供っぽいところがあるけどいい子だよ」
「は?」
卓巳は雅也を見た。
「由果とも仲が良いから今日みたいに一緒に遊びに行ったりもできるし」
「何言ってんの?」
「お前もそろそろ付き合うやつがいてもいいんじゃないのか?」
「それが目的?」
厄介払いってやつ?
「別に強制してるわけじゃない。ただ、お互いに気に入ったんならいいんじゃないかって言うだけで――――」
雅也の言葉を遮るように卓巳は立ち上がった。
「卓巳?」
雅也が不安そうな声を出す。
卓巳は雅也の前を通りすぎ自動販売機を通りすぎると脇のリサイクルボックスへペットボトルを放り込んだ。
「卓巳、無理にって言ってるわけじゃ」
雅也の声はすぐ後ろに聞こえた。
悪気がないのは分かっていた。ここで怒って帰ってしまったら雅也の立場が悪くなることも予想できた。
「うん」
呟くように言うと、卓巳はまたベンチに戻って座った。
「卓巳」
雅也も戻ってきて卓巳に向き合うように立つ。
俯いたまま卓巳は雅也に答えなかった。
「卓巳、怒ったのか?」
雅也が横に座って顔を覗き込むようにする。
怒ったわけじゃない。
男子校で女と知り合う機会なんてないから、明日学校でこの話をしたら、羨ましがられるばかりか今度は呼んでくれ、と言われるだろう。
沙紀はぬいぐるみが好きなんだなとは思っても、悪い子じゃないと思う。笹井に似てると思うのだから、どちらかと言えば好みだ。
この話をもってきたのが雅也でなかったら、のってしまったかもしれない。
別に、女とは付き合わないと決めているわけじゃない。
「卓巳?」
反応がないことを苛立つように雅也が肩をゆする。
なんでだろう。
卓巳は触れられたところが熱くなってきた。
思い出すのは、雅也が自分に対する気持ちを打ち明けてくれた時のことだった。
はっきり拒絶したのは自分だ。
今だって、きっと答えは同じだと思う。受け入れることはできない。
なのに、雅也が誰かのものになってしまうのは嫌だと思う。
それは、その相手がどんなにきれいでも優しくても明るくても聡明でも。
「卓巳?」
雅也に両肩を掴まれてまっすぐに向かされた。顔を上げると、不安そうな雅也の顔が飛び込んできた。
なんでだろう。自分の気持ちが分からない。
雅也にどう答えたらよいのかも卓巳は分からなかった。