カタンカタンと軽快な音をさせて電車は走っていた。
吊り輪片手に目の前に広がる風景はいつものものだ。
広い道路とその先にマンションや店舗が入ったビルが立ち並ぶ。平日の夕方は渋滞といえるほどではないが車が数珠繋ぎになっていた。赤いブレーキランプが点
々と並んでいる。
電車の中もラッシュとはいえないまでも人が多い。降りる人は立つ人を縫うようにドアへ進む。
車内のアナウンスを聞いて、卓巳は雅也の学校がある駅だと思った。卓巳にとっては丁度中間地点になる。
近いことが時々羨ましくも思えた。
今にして思えば何で受験の時あんなに意地になっていたのだろうと思う。
電車はスムーズに停車して、ドアが開いた。
――――え?
卓巳はふと向けた視線の先、ホームの奥に雅也の姿を見つけた。人の流れに隠されて見えなくなって、人の隙間にかいま見える。
雅也は一人ではなくて、隣に立っているやつは同じ学校の制服を着ていた。クラスメートかなんかだろうと思いながらも、相手が女だと思うと胸にもやもやする
ものが湧いてきた。
ブザーが鳴ってドアが閉まって、振り向いた雅也が卓巳の方を見たような気がした。確かに目があった気がしたけれど、走りだした電車にすぐ雅也の姿は遠く
なって
いっ
た。
――――誰? あいつ
疑問が卓巳の頭の中を占める。
卓巳は今まで雅也の友達関係に興味を持ったことはなかった。
男子高の卓巳と違って共学に通う雅也に彼女がいても不思議はないと思う。かえっていない方が不思議なくらいだ。
ただ、雅也はほとんど外出をしないから彼女はいないのだろうとは思っていた。
もしかしたら、と思う。
ここ二日間続けて帰りが遅かったのは彼女がらみかもしれない。気になるとそれだけしか考えられなくなってくる。
雅也が嬉しそうな顔をしていたような気がして余計ムカムカしてきたりもする。
それがなぜか分からない。
喜ぶべきだろう? と頭の片隅でつついてくるものがある。
好きだと言われてからまだ一ヶ月も経っていない。
雅也に彼女ができるのが嫌ならお前が答えてやれるのか?
そんな問いかけには、はっきり答えをだせなかった。
電車を降りてから卓巳はのろのろと家までの道を歩いていた。用もないのにコンビニに入り雑誌を眺めすぐに店から出てきた。
次の電車に乗ってきたとして今の時間はだいたい五分間隔で走っているはずだ。コンビニで時間を潰していたら、雅也の方が先に行ってしまうかもしれない。
卓巳の方から後を追って話し掛けることなんて絶対にできない。雅也はきっと次の電車に乗って追いかけてきてくれるはずだと思った。
早く追いついてくれよ、と思う。
ゆっくり少し歩いて立ち止まり時計を見て、またゆっくり歩く。
早く――――その願いが届いたのか。
「卓巳」
後ろから声がして卓巳はほっと胸を撫で下ろした。チラッと雅也を見て、卓巳はまた前を向いた。
雅也は卓巳の横に並んだ。
「最近遅いんだね……」
卓巳の方から雅也に声をかけた。けれど、あいつ誰だよとは聞けなかった。
「お前が早いんだよ」
雅也が反論してくる。
そんなことは絶対ないと思う。ここニ、三日は確かに早かった。けれど、雅也の帰りも遅くなっているはずだ。
ただ、雅也は予想通りに追ってきてくれて、そのことで卓巳は少し安心した。
彼女ができたからといって自分のことを忘れるわけじゃない。気にかけてはくれている。
でも、どうしても気になった。
「ねえ、うちは門限決めないの?」
夕食時に卓巳が出した言葉に、母も雅也もきょとんとした顔をした。
「誰の?」
母が訝しげに訊いてくる。
「最近物騒だし、年頃の子供がいるのに心配じゃないの?」
最近襲われるのは女ばかりじゃない。
「そんなもん決めたら、困るのあんたじゃないの?」
かえってきたのは卓巳には手厳しい言葉だった。
「早く帰ってくるようにするよ」
「へえ、何時?」
面白そうに母が笑う。雅也は怪訝そうな顔をしていた。
「七時」
「あらら。罰則は何? 夕食の片付け? 罰金? 」
「そんなのいらないよ」
「じゃあ、意味ないじゃない」
「意味はあるよ」
雅也は真面目だから、きっとそんなものがあれば守る。
「あんたが守るとは思えない。毎日部活だ掃除だといい訳訊かなきゃいけないなら、そんなの面倒でやってらんないわよ」
母の言葉に卓巳は唇を噛んだ。言い返す言葉が無かった。
「で、なんでそんなこと言い出したの?」
母が怪訝そうな視線を向けてくる。
「ただ……心配じゃないのかなって思っただけだよ。ご馳走様」
卓巳は席を立つと、さっさとテーブルを後にした。
「何があったの?」
「さあ」
背後から母と雅也の小さいこそこそした声が耳に入ってきた。
さあじゃないだろと思ったけれど、母親の前で言うことはまるで告げ口みたいで憚られる。卓巳は不服ながらも振り返ることはしなかった。
けれど、気になる。
相手はどんなやつなんだろう。
雅也のことをちゃんと思ってくれているのだろうか。
そんなことは卓巳に関係ないことで、でも、気になるものは仕方ない。得体のしれないやつと雅也がいることは不安に感じる。友達レベルの付き合いでいて欲し
い。早く帰ってきて欲しい。
余計なお世話だと分かっていても、抑えることはできなかった。
伏兵に玉砕されてしまったけれど。
卓巳が部屋で机に向かっていたら、ドアがノックされた。
「卓巳? 少しいい?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは雅也の声だった。
「いいよ」
珍しくすんなり答えていた。やっぱりどうしても気になる。机に広げた宿題も進まない。せっかく向こうから来てくれたのに逃す手はない。
カチャっと小さな音がしてドアが開くと、雅也が入ってきた。
招きいれたものの、卓巳は最初の言葉を躊躇っていた。
どうやって聞けばいいのだろう。
ホームで一緒にいたのは彼女?
それじゃあストレートすぎるかな、とも思う。
「母さんが心配してたよ。お前が突然門限なんて言うから」
言いながら雅也がドアを閉める。カチャと小さな音がして部屋の中に二人きりになっる。途端に卓巳の胸は小さく弾んだ。少し前にこんなことがあった、と思っ
た。