小さなため息が背中から聞こえた。
「俺が好きなのは、お前だよ」
声がため息の後を追う。
――――はあ?
「そういう意味じゃない。恋愛感情の話だろ。話を逸らすのはやめてくれよ」
背中を向けたまま卓巳は答えた。
親以上の好意は感じる。けれど、肉親から感じる好意は恋愛感情ではないはずだ。
「だから、そういう感情で。俺は生まれたときから、お前だけを見てた。いや、生まれる前から。記憶がある限り、俺はずっとお前を見てた」
――――その話か
そう思うと、卓巳は体の力が抜けた。
人の頭ン中なんて、検証することはできなくて、そんな記憶があるなんて言われても、夢だったのかもしれないし、妄想なのかもしれないし、嘘なのかもしれな
い。
「そんなこと、有り得ないだろ」
もう一度、卓巳は雅也に向かい合った。
「なんで、そう言い切れるんだ? 」
雅也の顔は真剣だった。
「だって、普通じゃないだろ。身近じゃ聞かないよ、前世の記憶があるやつなんて」
たまにTVで出てきたりするけれど、どこまで本当か分かりはしない。
「普通じゃないことがあるから、普通なんて言葉があるんだろ? たとえ、それが俺一人だとしてもそれは事実なんだから仕方ないだろ」
言葉でも、理論でも、雅也には敵わない。
卓巳は無言で、また机に向かった。こうやっていつも誤魔化されてしまう。
また、ひとつため息が聞こえた。
「本当のことを言っても信じてもらえないなら、どうすればいい? 」
本当のことだと、本人が言う以上それは違うとは言えない。
「たとえ、前世がどうだろうと、今、僕は男で雅也も男なんだから、どうしようもないことだろ」
卓巳は机の上で拳を握った。
雅也の言うことを信じることになるのが悔しい。
「前も、お前は男だったよ。そして、俺も」
――――え?
思わず卓巳が振り向くと、雅也が立ち上がった。まっすぐ近づいてきて見下ろす。
「好きなんだ、卓巳」
近づいてくる雅也に引いてしまった体はバランスを崩した。
「あっ」
倒れると思った瞬間、雅也の腕が支えてくれて、そのまま抱かれるように、体は床に転がった。雅也が体を捻るように庇ってくれて、卓巳は痛みを感じなかっ
た。ただ、そのま
ま抱き込まれて、下半身に違和感を感じた。硬いものが下腹部に押し付けられていて、それが、雅也のものであることはすぐに分かった。
「好きなんだ、卓巳」
ぎゅっと抱きしめるようにして耳元で囁く。唇が耳に触れて、体がぴくんと跳ねた。
「どうしたら信じてくれる? 」
耳に熱い息を感じた。
真面目な雅也の性格から、これが冗談やお芝居だとは思えなかった。
前世の話だって、まったくの嘘だと思っているわけじゃない。夢か何か、そう思っていた。
ただ、今分かったことがひとつだけあった。
――――雅也は自分を性的な対象として見ている
手は頭を抱きこむようにして、熱い息を吐きながら頬を摺り寄せる。下腹部に硬いものを押し付けるそれは、肉親を愛撫するものには思えなかった。
「卓巳……」
首筋に雅也の唇が触れる。
「やっ、やめろよっ!」
腕で雅也の胸を押しやろうとしたのに、上から体重をかけられてできなかった。
「言葉だけじゃ信じられないんだろ? なら、教えてやるよ。俺がいつもお前に対してどんなことがしたいと思っているか」
熱い唇が首筋を這う。
「待って、雅也っ」
体を捻って抜けようとしてもできなくて、雅也の体を押し離そうとしてもできない。
シャツのボタンを外されて、アンダーシャツの中へ手を入れられて、雅也の手が肌を這う。その手が胸の突起に触れた。
「あっ……」
普段触りもしないそこを雅也に触れられて、体はぴくりと跳ねた。
「あっ、やめっ、まさ――――」
指先で転がされて、体の奥が疼く。
「俺はずっと、待ってた。三年、お前が許してくれるのを、ずっと待ってた。だけど、もう限界だよ」
唇が塞がれて、簡単に進入してきた舌が口内を撫でまわす。
「やっ……」
卓巳が顔をゆすっても、雅也は離れてくれなくて、雅也が触れるところが痺れにも似た快感を残していく。
卓巳の体は段々と力が抜けていった。嫌だと思う気持ちはあるのに、どこかで許している気持ちがある。
着ているものは全て脱がされて、雅也の手が唇が肌を這う。
「やだ……っ、やめ……」
口では抵抗しても、体は雅也の手の中にいた。雅也の肩にかけた手は何も用をなさない。
雅也の手が敏感なところを扱き、その下を弄び、奥の窄まりへ伸ばす。
「まさっ!」
引こうとした体は簡単に抱き戻されてしまう。
優しく撫でるようにされて、嫌だという気持ちがあるのに、卓巳は雅也にしがみついていた。
「あ……、やだ……」
口から出るのは拒む言葉なのに、体は受け入れていた。雅也の手に合わせるように腰が動いてしまう。こんなところまで感じてしまうことが情けなかった。しか
も、自分の兄相手に。
「卓巳……」
声と共に肌に掛かる息は熱くて、嘘や冗談、ましてや、戯れだとは思えなかった。体は確実に欲していた。放り出されてしまった自分のものを、どうにかしたく
て、でも、それをしてしまったら、自分が雅也に感じてしまっていることを認めてしまうことになるから、必死で抑えこんでいる。
「まさや……やめて……くっ……くれよ」
快感が言葉を邪魔する。やめて欲しいという気持ちが確実にあるのに、流されてしまいたい気持ちもある。
まるで、卓巳の言葉に反応したように、窄まりを撫でていた手が突然離れた。そして、ぎゅっと体を抱きこまれた。
「俺は、もう我慢できない。でも……お前を傷つけたくないんだ。だから」
体を離して、雅也は眉をよせ切なそうに言う。そのまま降りてきた唇は卓巳の目尻に触れた。
――――分かってくれた?
ほっとした気持ちを感じながら、卓巳にはどこか未練もあった。離れていってしまった雅也の手に寂しさも感じていた。
けれど、あっていいはずのことじゃない。
安心して体の力は完全に抜けた。もともと信頼していた兄だ。
「だから、卓巳、待っていて。すぐ戻るから」
もう一度ぎゅっと体を抱くと、雅也の手から離れた体は床にゆっくり着地した。
――――え?
卓巳が雅也を見上げると、雅也は小さく笑い卓巳の髪をくしゃっと撫でた。そのまま、体を起こし、部屋を出ていく。
小さなドアを閉める音の後、卓巳は部屋で一人残された。
一人きりにされた部屋は必要以上に静かに思えた。
頭が混乱していて働かない。
けれど、このままでいたら雅也は抱くつもりでいる?
男同士なのに?
兄弟なのに?
情けないことに、息はあがっていて、自分のものは勃っていて、先端は滴をたらしていた。
卓巳は力の入らない体を鞭打つように起き上がると、周りに散らばっている服を抱えて、クローゼットの中に飛び込んだ。
逃げるところなんて無かった。
けれど卓巳は、このまま雅也に抱かれてしまうことを受け入れることはできないと思った。