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空の色




『俺は前世の記憶があるんだ』
幼い頃、双子の兄がそう言っていた。双子なのに、顔も性格もまったく違っていた。


『俺は、お前をずっと見守っていくんだ』
同じ年のはずなのに、いつも言うことは大人っぽかった。


『お前と片時も離れたくなくて、一緒に生まれてきたんだ』
忘れてはいけないことをたびたび思い出しては復唱するかのように、そう言う兄の瞳は遠くを見ていた。
その頃は、よく意味が分からなかった。
小学生になって少し経つと、もうそんなことは言わなくなった。
それから。
時折、兄の顔を見ながら、そんな兄の言葉が頭を過ぎっていくようになった。
忘れちゃいけないとなぜか思って、頭の中で繰り返していた。

兄の雅也は言葉通りずっと見守っていてくれる。高校生になった今でも。



「口にジャムついてるぞ」
そう言って、隣の席に座っていた雅也が卓巳の口元を指でぬぐい、そのままジャムのついた手を自分の口元へ持っていき舐めた。小さい頃からずっとそうであっ たのに、最近、卓巳 にはそれがうっとうしく思えていた。
「言ってくれれば、自分でやるよ」
つい口調が強くなる。
たぶん、もうきれいに拭われているだろうに、わざとティッシュで同じところを拭った。それを見て雅也がふっと寂しそうな顔をする。それが更に、気持ちを苛 立たせた。そんな卓巳の気持ちなど気づかないように、雅也はそのままTVへ視線を走らせる。と、雅也が今まで見ていたTVから視線を窓へ移し、更に、卓巳 の方を 見た。
「今日は傘を持っていけよ」
TVの天気予報では、夜半までは天気は持ちそうだと言っていた。
「ああ」
素直に答えた。
雅也に逆らうことはしない。面倒なだけだ。うんと言うまでうるさく言われる。それは何度も経験済みだった。
同じ時に生まれたはずなのに、それも出てきたのは後のくせに、雅也はとても同じ歳だとは思えなかった。小さいときは慕っていた。それは記憶にもはっ きり残っている。どこへ行くのも一緒だった。一緒じゃなきゃいやだと駄々もこねた。一緒にいれば、それだけで安心した。
なのに。
今はうっとうしく思える。そんなわけで、高校は違う学校へ通っている。
高校受験は掛けだった。浪人覚悟で、一次入試は全部わざと落とした。
雅也にはそれがわかったのだろう。傍目に見て分かるほど落ちこんでいて、ちょっと罪の意識も感じた。べったりだったのが、少し距離をおいてくれるように なった。それでも、これだ。
たぶん、無意識なのだろう。
だけど、こっちもいつまでも幼稚園児じゃない。

部屋に戻って机の上に置いていたバッグを手に取り、卓巳は雅也の言葉を思い出した。
『傘を持っていけよ』
予報では天気はもつと言っていたから、わざわざ言ったのだろう。空は確かに暗い。けれど、天気予報では夜まで降らないと言った。雅也とは違い、向こうはプ ロ だ。
「いいや」
それは反抗の気持ちもあった。いつまでも、雅也のお荷物ではいたくない。机の脇にかかっている傘はそのまま、卓巳は部屋を出た。
空の暗さが気にかかりながらも、素直に雅也に従うことを頭のどこかで嫌がっていた。



――――そんなもんだよな
駅の階段口で空から降ってくる大粒の雨を見上げながら、卓巳は思った。朝にそんな予感もあった。優しい兄の言うことを聞かなかった罰だ。そう思った。
きっと雨はやまないだろう。下り坂だとは天気予報も言っていた。
さて、どうしよう。
数歩歩けば、コンビニがある。そこで一本五百円の透明傘を買うか。それとも、濡れながら帰るか。
そんなことを思いながら、実は待っていたりする。
きっと雅也が迎えに来てくれる。そんな気持ちを捨てきれずにいた。

前へ進む決心ができずに、雨粒が落ちてくる空をずっと見上げていた。空は一面暗い灰色だった。微かな光さえ見つけることはできない。
「卓巳」
聞きなれた声が耳に飛び込んできて、胸の奥がふっと和らいだ。
声がした方へ顔を向けると、雅也がこちらへ向かってくる。傘を差しているくせに、手にはもう一本傘を持っていた。
「ちょうど良かった。本屋にちょっと用があって――――」
目の前に立った雅也が笑顔を見せる。
「あっそ」
冷たく言葉をかけると、卓巳は雨の中へ飛び出した。後ろから何か言われた気がしたけれど、知ったこっちゃない。濡れながら帰ることを卓巳は選んでいた。
雨が全身に降り注いでくる。雨は冷たいのに頬を伝わっていくものは温かかった。期待通りにやってくる雅也が嫌いならば、待っていたくせに冷たい言葉しか掛 けられない 自分は大嫌いだった。


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