「ん……」
孝己は何度目か分からない寝返りをうった。
眠くないわけじゃないのに、寝られずにいた。
台風のように七実が部屋を出て行った後、孝己は裕と向かい合って同時にため息をついた。
真昼間から何やってんだといえばそうだ。七実が帰ってきたことで、いつまた七実が入ってくるか分からない。そんなところで、あんなことやそんなことができ
るはずはなく、張り詰めていたものは、不本意ながらも萎えていた。
やるとなれば不安が大きいくせに、それがだめになると落胆が大きい。裕が帰った後、体の奥で熱がくすぶっていた。
その熱が睡眠を邪魔する。
抜いてしまおうか、そう思ったときに机の上でガタガタと鳴る音がした。視線を向けると、携帯が机の上で震えていた。
――――誰だろう
時計を見ると十二時近い。間違い電話でなければ、こんな時間にかけてくるとしたら一人しか思い浮かばなかった。孝己は手を伸ばして、机から携帯を取っ
た。
「孝己? 」
繋いだ携帯から聞こえた声は、予想通りのものだった。
「うん」
体の奥でくすぶっている熱がその存在を主張する。
「寝てた? 」
「ううん。なかなか寝られなくて」
昼間のことが忘れられなかった。
「じゃあ……今から行っていいか? 」
「え? 今から? 」
意外な言葉だった。家は近いとはいえ真夜中だ。
「だめ? 」
「そういうわけじゃないけど……」
明日学校があるし――――とはなんとなく言えなかった。会いたくないと言えば嘘になる。
「実は、もう来てんだけど」
「え? 」
思わず、飛び起きた。
「窓から下見てよ」
「え、あ、うん」
孝己はベッドを降りて窓へ行き、カーテンをあけて外を見た。道路の街頭の明かりでうっすらと様子が分かる。庭のちょうど真中で、裕が上を見て携帯を耳に当
てながら空いている手をひらひらと振っていた。
孝己は窓を開けると、裕が人差し指を口に当てる。そして、肩にかけていたロープを示した。
――――ロープ?
まさか、と孝己が思っていると、
「受け取ってくれよ」
と、ボリュームを落とした声をかけてきた。
玄関の鍵を開けてやるよ、と言おうとしたけれど、それより先にロープを解いた裕が投げ縄でもするように、ロープを放ってきた。
取ろうと思って手を出した孝己の手まで届かず、ロープは下へ落ちていく。
「あ……」
がっかりが言葉になってでた。
「ほら、またいくぞ」
裕がロープを振り回して投げる。
今度は手を掠めて、それでも握りきれずに、またロープは落ちていった。
「裕」
孝己は小声で声をかけた。部屋の電気は落ちていたけれど、隣の部屋には七実がいる。起きてこられたらやっかいだ。玄関の鍵を開けに行った方が絶対早い気が
する。
「もう一回」
孝己の言葉なんて耳に入らないかのように、裕はまたロープを放った。今度は目の前まで飛んできたロープを孝己はなんとか捕まえた。
「どっかしっかりしたとこへ縛ってよ」
そんなこと言われても――――そう思いながら部屋を見回して、孝己はロープを窓の反対側に置いてあるベッドの足にくくりつけた。
「縛ったよ」
裕に向かって声をかけると、裕はにやっと笑って親指を立てた。
ロープを伝って上ってくるつもりらしい。
ベッドに結びつけただけじゃ心配で、孝己はタオルをもってくると窓のすぐ脇に座りロープにタオルを巻きつけると、そこを両手で握った。
手に持ったロープはすぐに重みを感じて、それは想像以上で、引きずられそうになる体を歯を食いしばって耐えた。腕で引っ張るだけじゃ力が入らなくて、壁に
足をつき早く上がってきてくれよと思いながらロープを引っ張っていた。
ぎちぎちと窓枠に擦れるロープが軋むような音を立てるから、もしかして切れたらどうするんだよ、そんな不安まで起こってくる。
早くっ!――――そう思っていたら、暢気な顔が窓からひょこっと現れた。
「よっ」
さわやかそうに挨拶なんかして、なんか憎らしく思えてきた。
裕はロープをもっていた手を離し窓枠へ手をかけると、体を持ち上げる。ふっとロープが軽くなって、孝己は気が抜けた。
「なんだよ、こんな時間に……」
嬉しいくせに出るのは文句だったりする。
「まあ、いいじゃん」
裕は窓枠に座って、運動靴を脱ぐとポケットからビニール袋を出してその中へ放りこんだ。
用意良すぎ――――ぼそっと心の中で呟く。
自分がおろおろしているときに、酷く冷静だったりするのが恨めしく思えたりする。
靴を放り込んだ袋を窓の下へ置くと、裕は窓枠をまたいで部屋の中へ着地した。
「何か用? 」
こんな時間に、こんなことまでして、話なら明日でもいいだろうに――――もしかしたら、という可能性を頭の隅で考えているくせに、それは考えないようにし
た。もし違っていたら、きっと落胆が大きい。
「眠れなくってさ……」
裕が頭をがしがし掻く。孝己の心臓はとくんと跳ねた。
「だからって……」
反論を声では出しても、胸の内では違うことを考えていた。
「お前が目の前で散らつくんだよ。まるで誘うように笑いながら……責任とってくれよ」
「そんなの、ん――――」
僕のせいじゃない、そう言おうとした口は塞がれた。
唇を味わうように触れると、ぎゅっと抱き寄せられて「いいだろ」と耳元で裕が囁く。
素直に答えられなくて、けれど、孝己は腕を裕の背中へ回した。