ふと裕の手が触れて、それはあわてて引っ込められた。
今までは気にならなかったことが、急に気になるようになった。
それは、孝己が裕の告白と言えるのか後になってみれば疑問になるきっと告白だったのだろうを思える言葉を聞いてからだ。

突然、両思いになってしまった。恋人って区分になるのかは、ちょっと疑問だったりする。
友達と付き合っているという区切りはどこでつくのだろうと孝己はずっと疑問に思っていた。今はそれに近い。

友達? じゃないよな。お互い好きだと確認しあった。
じゃあ、付き合ってる? でも、関係は今までと変わらない。キスしていいか? と訊いてきたのに、その時は直ぐにでもしそうな雰囲気だったのに、一ヶ月 経った今でも何もない。
それどころか。
今みたいに手が触れるだけで、ぱっと離れたりして、そうされるとこっちも気になって、こっちから思わず離れたりもする。
なんか、変な感じだ。今までは隣にいれば安心したのに、不安な気持ちが時折心の表面を掠めていく。
今までなら、平気で手なんて捕まれていたのに。
どちらかといえば、関係は逆行している気がする。

孝己が隣を歩く裕の横顔をうかがうと、そこには硬い無表情があった。まるで仮面を被っているように感情を読み取れない。

本当にあれは告白だったのか?
疑問さえわいてくる。はっきり好きだという言葉を聞いたわけじゃない。あの時はそんな風には思わなかったけれど、冗談で、からかうつもりだったのかもしれ ない。

駅からの帰り道、交わした言葉はない。
「帰るか?」
「あ、うん」
そんな短い言葉を教室で交わしただけで、もうすぐいつも別れる場所に来てしまう。
あの日から段々少なくなってきた会話は、もうどん底まで来た。
自分から話し掛ければいいんだ、と思っても頭の中は真っ白で何も浮かばない。
もうすぐ別れる場所に着く。先に見える信号を右へ曲がり、ゆるやかな坂を登って一つ目の分岐点で、裕は左へ曲がる。

こんなことなら、あの時あんなことを言わなければ良かったと祐樹は思った。そうすれば、友達でいられた。気持ちなんて気づかずに、笑い合ってじゃれあっ て、その方がずっと楽しかった気がした。
普通に話すことさえできなくなって、何も楽しいことはなくて、ただ気持ちだけが重くなっていく。
機械的に前へ出す足によって家へ近づいてくる。角を曲がって、ここを上れば今日も終わりだ。
孝己は小さくため息がでた。
「あのさあ……」
不安げな声が横から聞こえて、孝己はすぐ裕を見上げた。身長は裕の方が十センチ近く高い。小学校のころはあまり変わらなかった気がするのに、中学へ入って から急に伸びていって、置いてきぼりにされた。

立ち止まった裕につられて、孝己も立ち止まった。

「ずっと考えてたんだけど」
裕が視線を空へ向けて、頭をがしがしかく。
「なんだよっ」
つい言葉がきつくなった。考えていることがあるんなら、口に出しながら考えろよと思った。沈黙は相手が何を考えているか分からなくて不安ばかりが先にた つ。
裕がきょとんとした顔を向けた。
「なんか怒ってる? 」
不安そうに眉根を寄せる。
「怒ってなんかいないよ、で何だよ」
先を早く聞きたかった。
「あのさ……」
気まずそうに、裕はまた空を見上げた。
「何だよ。早く言えよ……」
じりじりする。何もこんなところに来るまで黙ってる必要はなかったのに。そうしたら、こんな暗い気持ちを引きずりながら家まで帰ることも無かった。

「俺達、二人きりになれるところってあるか? 」
「え? 」
裕の口から出てきたのは意外な問いかけだった。
「だってさ……言ったろ、お前。二人きりになれるところならいいって……」
視線を向けてきた裕の顔はすごく真面目だった。これから、受験の面接を始めますってくらいの真面目な顔だった。
「え? あ? は? 」
意外すぎて、答えがすぐには出てこなかった。
「だってよ。学校ん中にはないだろ……体育館倉庫は候補のひとつだったけど、運動部のやつらがいつ入ってくるかわかんないし、屋上だって誰が来るかわかん ないし、トイレの個室じゃムードゼロだし、あとどこかあるか? 特別室は全部鍵が必要だしさ。公園なんて公開してるようなもんだし、ホテルは……男二人 で、ってのは車で入れるところじゃないと、ちょっと抵抗あるだろ? 免許まだ取れねえし。俺の部屋は兄貴と一緒だから、まあ、大丈夫だと思うけど、突然 帰ってきたら、困るだろ? するとさ……」
裕が言葉を止めた。
「……いつからそんなこと考えてたんだよ」
少し呆れた。
「あの日から、ずっと……ってやつ?」
裕が首を傾げる。
なんで疑問形なんだよ、自分のことだろ! という突っ込みは胸の中でしておいた。

「来る? うち」
言いながら胸がどくんと跳ねた。それって自分から誘っているってことだ。
「いいのか? 」
裕が目を細めた。
「来るんだったら、来いよ」
そう言いながら、孝己は前へ今までの倍くらいの速さでさくさくと歩きだした。裕はきっと来ると信じていた。幸い姉と部屋は別だ。
案の定、「待てよ」と言いながら裕は付いてくる。
――――なんだよ
孝己は心の中で呟いた。
胸はどくんどくんと鳴っていた。
今まで重かった心は羽根が生えたように軽くなっていた。日は傾いていうはずなのに、空まで明るくなったような気がした。


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