「そいつ、俺に懐いてたんだけど」
哲平が不満そうに言う。
「ああ、知ってるよ」
遼平の声が頭上から聞こえた。智也は掴んでいた遼平の上着を更にきゅっと握った。
場所を変えて今智也は遼平の隣に座っていた。

ラーメンを食べながら智也は泣き出してしまった。胸が熱くて溢れ出すものが止まらなかった。
「どうしたんだよ」
哲平に背中をさすられても止まらなくて。
目の前にしゃがみこんで顔を覗き込むようにした遼平にそっと頭を触れられて、智也は遼平にしがみついていた。遼平の腕の中に抱き込まれて、今まで抑えて いたものが全て溢れ出したように智也は子供みたいに泣いていた。
智也の気持ちが収まるまで遼平はただ抱いていてくれて、智也が落ち着いた時にはもうラーメンは冷えて伸びきってい た。
「ごめんなさい」
謝ってもラーメンは元に戻らない。
「いいさ」
いつものように遼平は優しく頭を撫でてくれた。
伸びて冷えたラーメンを遼平と哲平は二人で押し付けあいながら、それでもラーメン丼は智也の分まで空になっていた。
一度掴んだら離したくなくて、ずっと智也は遼平の上着を掴んでいた。邪魔だと思うのに、ラーメンを食べながら時々遼平は笑いかけてくれて頭を撫でてくれ た。

「何かあったのか? 」
遼平の手が頭を撫でる。
けれど、その声は向かいに座る哲平に向けられていると智也は思った。
「何もないって智也は言い張るんだけどさ。絶対におかしいよな」
哲平はクッションを抱きかかえていた。
「何かあったのか? 」
耳元で聞こえた声に自分に聞いているのだと思ったから、智也はかぶりを振った。
「な」
哲平が同意を求めるように言う。
「俺に何か言いたいことがあるのか? 」
小さく囁くように言われた声に、智也は小さく頷いた。
「何だよ、二人だけで。俺にも分かるように説明しろよ」
哲平が不服そうに言う。
それは尤もな意見だと思ったけれど、哲平には知られたくないことだった。

「哲平がいないときにも何回か会ったことがあるんだよ。最初は電話だったんだけど」
「電話?」
え? っと智也は思った。それは哲平に知られたくはないことだった。
「哲平がいないとき電話がかかってきて――――」
智也は掴んでいた遼平の上着をぎゅっと引っ張った。気がついた遼平が視線を向けてくる。智也は遼平に向かって何回もかぶりを振った。言わないと約束したこ とだった。
「何だよ、それ。俺知らないよ」
哲平が驚いたような声をあげる。
言わないで――――そう言いたいけれど、言ってしまったら哲平に秘密があることがばれてしまう。智也は唇をかみしめて遼平を見上げていた。
遼平は軽く口元を緩めると小さく頷いた。そして、哲平の方を向いた。
「その時は誰からかかってきた電話かもわからなかったから言わなかったよ。だけど、その後で哲平から紹介されて声で分かった。それから、偶然会って話をし た こともあったんだけど。その時一緒にいたやつが智也のことかわいいって言っていて、まあ、あまり気にしていなかったんだけど……ストーカー……の話を聞い て、もしかしたらと思ったらそいつで。ちゃんと話つけて、智也には話しておいたんだ。あれから後はいないだろ? 」
遼平が智也に向かって首を傾げるように訊いてくるから、智也は頷いた。
ぱったりとあっけないくらいに、あっさり終わってしまったことだった。
「なんだ、じゃあ、俺の出番なんてなかったってことじゃん」
哲平が抱きかかえていたクッションを握りこぶしでへこます。
「いや、でも分からないからさ。俺にはやめるって言っても、どうだかっていうのもあるし、俺が行ったらそいつ信用してないことになるし。だから哲平が適任 だったよ」
「なるほどね」
まだ不満が残っているようでも、それなりに納得したような返事を哲平はした。
「で、あいつが何か言ってきたのか? 」
遼平が訊いてくる。
そんなことがないのは本人が一番分かっているはずだった。だから智也は頷いた。笑いかけてくれた遼平がきっと話の筋書きを用意している気がした。
「あっ、そうか。哲平の携帯を見られたのかもしれない」
「なんで、俺の携帯がでてくるんだよ、ってもしかしたら貸したとき? 」
哲平はクッションを脇にやると身を乗り出してきた。
「ああ、携帯新しいやつだねとか言われて取られて、弟のだから返してくれって言って取り返したんだけど、アドレス帳を見られたかもしれない」
「げっ、とんでもないやつじゃん。どうすんだよ。携帯の番号を知られたなんて厄介じゃん」
哲平が上ずった声をあげる。
「次に会ったとき、携帯取り上げて番号消してやるよ。それでいい? 」
そんな事実はないから反論することもなく、智也は頷くしかなかった。
「大丈夫なのか? 覚えてたりしないのか? 」
「自分の携帯に入ってると覚えないもんだよ。哲平、お前一番かけるやつの番号覚えてるか? 」
「えっと」
哲平が思い出すように顔を歪めて視線を宙へ向けていた。
「……090しかでてこないよ」
がっくりした声を出す。
「そんなもんだよ。だから、大丈夫だよ」
遼平の優しい手が頭を撫でる。智也はまた頷いた。

「遼平」
哲平が険しい声を出した。
「何? 」
「ストーカーやら人の携帯からアドレス盗み見るようなやつなんか、手を切った方がいいんじゃないの? 」
眉を寄せけむたそうな顔をする。
「そうできればいいんだけどな」
遼平は苦笑いをしていた。

「外は寒いから、車で送っていこうか? 」
遼平の言葉に智也は頷いた。

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